12

ちょうど昼頃だろうか。

撮影が終わり、遥達が、車のそばで喋りながら待っていると、ぱたぱたと足音が近づいてきた。


「おまたせ!」

「待ったわよ、燕」

遥は、燕のおでこを突っついた。


「へへ。おまたせ、由布!」

「ひさしぶりです。燕さん。…なんにも変わってないですね」

「うん。燕は変わってないよ」


「ちょっとは勉強した?」

桜メダルが聞いた。

「ありゃ? これが桜?」

「そうだよ」

「ふーん」

「わ、わわっ、こんこん叩かないでよ」


「勉強ね、少しずつしてるよ。漢字も増えたし」

「うんうん。感心感心」


「さ、四人揃ったわね。じゃ、陽光学園に行きましょ?」

「え、翠は?」

「翠は学校のすぐそばで働いてるのよ」


陽光学園に続く、三年間通った坂道を、遥達は車で登った。

第三小学校のそばを通り、そして、陽光学園までまだもう少し距離があるところで遥は車を止めた。


「近くまで車で行くとね、翠、怒るのよ」

と言いながら、遥は先に立って小道に入っていった。


「あれ、この先にあるのって、ようこう保育園じゃなかったっけ?」

「よく覚えてるわね。そうよ」


「そうよ、って…それって、まさか…」

桜は絶句した。


「あら。誰か、いますね」

由布が指差した。


保育園の門柱のそばで、学生服の中学生が、ぼけーっと口を開けている。


「…またやってる。懲りないのね、あの子も。しょうがない、今日も追っ払うとするか」

遥は腕まくりをして、鼻息を鳴らしながらその中学生に近づこうとした。


ところが、それより早く、向こうから女の子の怒鳴り声がした。

「た~ま~じ~ろ~う~!」


中学生がびくっと反応して、声のしたほうを見た。

そして、文字どおり飛び上がった。


「う、うわっ、待って、タイム、ちょっと、これには富士山の火口より深~いわけが!」


「なに言ってんのよ! 毎日毎日こんなところで! なによ、あんなおばさんのどこがいいのよ!」

「おばさんじゃないやい!」


「問答無用!」

「げっ、来た!」


玉次郎は一目散に逃げ出した。

遥達には目もくれずに通り過ぎ、そしてすぐに角を曲がっていった。

一刻して、今度は、ふわふわのウェーブヘアーをした、かわいい女生徒が、金切り声をあげて通り抜けていった。


「…も、もしかしていまのは、たまちゃんとあずささんですか?」

由布が恐る恐る聞いた。

「そうよ。たまちゃん、いっつも帰り道にここでぼけーっとしてるんだから」


「ねえ、もしかしてさ、たまちゃんが見てたのって…」

桜が言いかけると、門から、泥だらけの手をエプロンでごしごしとこすりながら保育士らしき女性が現れた。


「はあ。今日もみんな帰ったし、仕事は終わりね」

彼女は、誰も見ていないと思ったのだろうか、一人でそう言うと、幸せそうにうーんと背伸びした。


そして、はじめて、自分を見つめている人間達がいることに気付き、はっとして、あたふたと取り乱した。

「は、は、遥さん…?」


遥は手を振った。

「おひさ、翠!」

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