11


ピラコチャは、決して敏捷な動きはしていなかった。

むしろ、緩慢というほうが適切だった。

力を全開にしても、速度は以前のピラコチャに比すれば落ちていた。


五人が、ピラコチャの四方からパンチを繰り出すと、ピラコチャはよけもせず最初の四発を受けた。

ズドム、ズトムと鈍い音とともに、ピラコチャの身体は局所的に大きく陥没していく。

だがピラコチャの緩慢な動きも、ついに五人目をとらえた。


ピラコチャは翠の肩を掴むと、恐るべき速度で真下―地面に叩き落とした。

翠はバンと地面で跳ね返り、宙に飛んだ。


遥はその瞬間にピラコチャの戦術を悟った。

身体を頑強にしたピラコチャは、確かにその犠牲として速度を失った。

だが、自分の体躯の強靭さに任せて、最初の数撃は回避もせずに、最後の一人の攻撃だけに標的を絞っていたのだ。

そうして、一人ずつ、個別に撃破していくつもりだ。


遥は跳躍し、空を舞っている翠の身体を抱きとめた。

「接近戦は控えてっ! 武器を! 武器で叩いてッ!」


遥は戦術の変更を命じると、戦地からやや離れたところで、翠を地面に寝かせた。

翠の身体を優しく包んでいた変身が解けた。


ふぅ、ふぅ、と小さく息をしているから、いまのところは無事ということのようだ。


遥はピラコチャを睨んだ。

ピラコチャの力が限界に達するのと、自分達が全員やられてしまうのと、どっちが先だろうか。


こっちは、一人減るたびに戦力がガタ落ちしていく。

おそらく、その減少の速度より、ピラコチャの体力の低下の速度のほうが、ゆっくりとしているだろう。

あと、四人か…。


桜がピラコチャの前面から吹雪のようにペン先を飛ばす。


だがピラコチャはそれを避けもせず、すべて胸板で受け止めた。

「んくくくくくっ、痒い、痒い」


嘲笑するピラコチャに、側面から燕が蛍光色のバーを叩き付けた。

だがバーは一度大きくしなると、そのまま破裂した。


由布はほぼ同時に、冷酷ともとれる一閃を、ピラコチャの頚椎に振り下ろしたが、刃先はピラコチャの皮膚を裂きわずかに埋まったところで、脆くも砕けた。


「かたいね」

燕がつぶやく。


「並の攻撃は、通用しない…」

由布は、新たなだんびらを手に持った。


「スクールフラッグのスピードと一点集中があって、やっと貫通出来たんだ。普通の攻撃じゃ貫通はしないさ」

「しかも、貫通したところでピンピンしてる。いくらダメージを与えてもダメ」


「ダメージを与えるんじゃなく、物理的に行動不能にすればいいのさ」

桜が、なにかのボトルを取り出した。


「強力な接着剤が入っている。中は真空に密封されていて、空気に触れると膨張する。ただし膨張してからは接着効果は持続しない。だから、こいつでピラコチャの動きを封じている間に、脚を斬る」


「でも、わたしの刀では切れない!」

「燕の力を足せばいいのよ! 燕が由布を投げる!」

「そう。それも、普通の投げ方じゃなくて、遠心力を生かせるように振り回してから…」


ドゴン。

と音がして、桜の身体が震えた。

続けて、地面が一度、大きく上下に揺れた。


「こいつは、きついよ…」

苦笑しながら桜の身体が、傾く。


遥があわててその身体を抱き止め、手からこぼれたボトルは燕が取った。


「ちょっと、リタイヤ」

桜の変身が解けた。


遥達の視界には、地面にまっすぐ転がっている電柱が現われた。

電柱の延長上には、腕をぶんぶんと振り回すピラコチャの姿がある。

ピラコチャが、電柱を破城槌のように繰り出したのだ。


「どこ向いてんだ。俺様はこっちだぜ」


「…こ…のぉぉぉぉっ!」

燕が走った。

数歩走って踏み込むと、ボトルを放った。


ピラコチャは相変わらず回避せずにボトルを身体で受けた。


ガチャン。


ピラコチャは、中に入っていたものがどんな効果を現すのか、興味津々という余裕の表情で待った。


投げた燕と、由布も、その刹那、すべて忘れたようで、静止した。


遥だけは、静止しなかった。

リーダーとして、作戦を実行に移すために後ろに走った。


遥は、横たわりながらも意識を回復している翠の横に滑りこんだ。

「翠、ネットを!」


「ネット…そんなものを、なにに…?」

「いーから! ぐだぐだ言わずに手を出して! あたしを信じて!」


「…ん!」

翠は、ぶっきらぼうに右手を出した。

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