10
湿っぽい黒土の壁をした下向きのトンネルを少し行くと、石造りの扉があり、その先の小さな部屋に出た。
「博斗さん。具合は?」
「あれから、静まったみたいだ。…コツを覚えたのか、うまく気分を落ち着かせられるようになってきた」
ひかりは、部屋の隅に行った。
さっきと同じような、腰の高さほどの石柱が、地面からせり出している。
ひかりが言う前に、博斗はひかりに近づき、石柱の手前の床に立った。
「こいつで、あっという間に転送だな」
「わかるのですか?」
「俺も、これを使ってあちこち…宮殿とアカデミーなんかを移動したことがある。だんだん、思い出してきた。近づけば近づくほど、昔の記憶が確かになる。田舎に…帰るみたいな気分だ」
ひかりはいたわるように石柱に触れた。
ぶるっと震えたような気がした。
自分が霧散していくような感覚。
やや顔をしかめて瞬きをすると、途端にもうそれは止んでいた。
同じ部屋のように見える。
だが、さっきまで山の内側にいた温かさがなくなっている。
寒い。
温度よりむしろ、静けさ。
耳の痛くなるような静けさが、それが、ここは寒い場所なのだという主観を植え付けてしまったようだ。
「…ここは、地下か」
「そうですね。…海底。寒いところ」
博斗は、ぽっかりと開いた部屋の出口に向かって歩き始めた。
「ここに来たのは、始めたみたいだ。それだけ、マヌに近い場所ということかな?」
「はい。総帥の広間は、すぐそこです」
外は、幅数メートルはある広い通路だった。
天井はアーチ型で、高いところにある。
左右の壁には、びっしりとレリーフが刻まれている。
「寒い。人が住んでいるという感じがしない」
博斗は、つぶやいた。
「ホルスが死んで、戦闘員も維持できなくなってしまったのでしょう。まさかとは思いましたが、ここまで静かになってしまっているとは…」
「ここまで、あの歩哨の他には誰もいなかったしな。マヌの帝国はもはや抜け殻か。民なく主だけが、君臨している」
「それと、力です。生きている人間が一人しかいないとしても、軍事力をはたらかせることは出来ますから」
まったく静かだ。
博斗は、ぼんやりと通路の四方を見回しながら歩いた。
この場所そのものに来たことはない。
始めてみる通路だが、様式といい、壁に刻まれている模様といい、決して、違和感を覚えるものではなく、確かに、このような場所で長いこと過ごしたことがあるのだ、と博斗は思った。
「人がいないというのに、こんなに寒いというのに、匂いは乾いている。潮の香りも、カビの臭いもなにもしない。気味が悪い通路だ。自然の香りがしないんだ」
「人間がいないというのに、管理は綿密に行われているのです。そして、それが、この宮殿の最も恐ろしいことなのです。動力炉が動き始めているであろういま、総帥一人がいれば、世界など、たやすく滅びうるのです」
「死神に憑かれてる、ひかりさん」
博斗はつぶやいた。
「駄目だぜ、死にに行くみたいな顔してちゃあ」
「もし、ご自分の顔を見ることが出来れば、博斗さんにも、同じ表情が見えると思いますよ。…私達は、二人とも、死神に魅入られているのです」
ひかりは疲れた笑いをした。
「それは、そうかもしれないな…」
だが…。
博斗は、その先は言わなかった。
二人は口をつぐみ、さらに通路を奥へと進んだ。
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