第四十九話「盗まれたパンドラキー」ピラコチャ登場

第四十九話「盗まれたパンドラキー」 1

「博斗さん…」

ひかりはかすれた声で繰り返した。


すでに博斗はひかりの声が届かないところにいる。

ひかりの歪んだ視界には、もう博斗の姿ははっきりと見えなかった。


結局、自分は失敗した。

博斗が死ねば、マヌを倒すことは出来ない。


無限とも思える時を超えてようやく手に入れた安らぎと、幸せを、無駄に費やし、すべてが終わってしまう。


博斗はグラムドリングを正眼に構え、唾を呑みこんだ。

いよいよ、ほんとのほんとに、死ぬときが来たのかもしれない。


オオダコムーはぴーっと蒸気を噴き上げた。

「お前ごときが僕とイシスの邪魔をしようなどムリなのですよ!」


「黙ってろ、蒸しダコ! タコの分際で人間様の言葉喋ってんじゃねえ!」


オオダコムーの全身が見る見る赤く染まった。

ホルスも変わったことにこだわる、と博斗はぼんやりそんなことを考えた。


「それならば、死になさい!」

オオダコムーの漏斗が回転をはじめた。


博斗は、由布の教えを忠実に守って、右足を前に、左足を後ろに、グラムドリングを真っ直ぐ構え、自分の勇気と怒りと情熱と、そして愛をすべてぶつけて、猛々しく吠えながらオオダコムーに斬りかかった。


一撃しがチャンスはないだろう。


オオダコムーの核が頭部にあることははっきりしている。

そして、頭部を下半身に収納することでその核を防御しているということも。


ならば、その頭部に、逃げる隙のない速さで渾身の一撃を!

「砕けろっっっっっっっ!」


グラムドリングの刃は、弓なりに美しい弧を描いて、オオダコムーの頭頂部に叩き付けられた。


すさまじい衝撃があり、博斗は弾き飛ばされて宙を舞い、地面を転がった。

ごろごろと転がって、倒れているレッドアローに背中を打ちつけてようやく動きを止めた。


オオダコムーは不沈だった。


頭頂部から青と白の入り交じったスパークが出ていて、金属部分が剥げ、内部の機械構造がある程度見えているが、基本的な機能には支障がなかったようだ。


「よくモ、ブくのからダニ傷オ! お前ハ、絶対に許しマサン!」

機械的な音の入り交じった奇妙な声を出した。


「はは。言語回路がちょっといかれたんだな。ざまあみろ、この酢ダコ」

博斗は力なく笑った。


オオダコムーが、一歩、二歩と博斗に近づいてくる。


だが、博斗はもう精根尽き果てていた。

せいぜい体を起こして立つのがやっと。


そのとき博斗は、オオダコムーの背後に、一台の車を見た。


あれは、アンドロメダだ。


そうだ!

確かアンドロメダには強力な自爆装置が組みこんであるって、前に桜君が言っていた。

アンドロメダの自爆に巻きこめば、いまの傷ついたオオダコムーなら、倒せるはずだ!


まるでその博斗の考えをよみとっているかのように、アンドロメダのエンジンの回転数が急上昇している激しい音が聞こえてきた。


よし、いいぞ、オオダコムーはまだ気付いていない。

そのまま一気に突っこめば…。


…待て。


自爆するんだぞ。


いったい誰が運転しているんだ?

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