16

唯一、博斗だけは、かろうじて声帯だけ動かす事が出来た。


「や、め、ろ」


かすかに喉から声が漏れたが、マヌに届くにはあまりにも小さく情けない抗議だった。


マヌの指がシータの顎にかかった。


「や…まだ私は…」

仮面の下から細い声が漏れた。

戦闘時のシータのものではなく、明らかに、稲穂を彷彿とさせるか細い声が。


マヌの指に力が入り、仮面がずっと上に動いた。

白い首筋が見えた。


「いや…やめ、て……」

シータの拒否の声がまた聞こえた。


だがそれはすぐにマヌの高らかな笑い声にかき消された。

「ふぬっふっははははは。聞いたか! このシータが! 私をすら見下すかのような態度を取り続けたこの女が! 私に懇願しているのだぞ! こんな面白い見世物があるか!? ええっ?」


マヌの指がさらに動いた。


ついに口までが露出した。

仮面は不格好にシータの頭についている帽子のように見える。

仮面と首の隙間からはらりと髪の束が垂れた。


間違いなく、稲穂の髪だ。

博斗とて、シータが実際に仮面を外すところ、稲穂が実際に仮面をつけるところはいまだ見ていない。

こうして一つずつその証拠を確かめられることは、どんな拷問よりも苦しい。


「では、一息に最後といく」

マヌが、博斗達を眺め回し、狂気の笑みに顔をさらに歪めた。


声が聞こえた。

それまで仮面の下から、ややくぐもって聞こえていたシータの声が、今度ははっきりと、意味を成す言葉になって聞こえた。

シータの唇が動くのも目で見えた。


それは、シータが心の奥底からすべてを委ねられるたった一人の男に向けて、魂そのものを絞り出したかのようだった。

「たすけて……は く と」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る