15
マヌはシータに猫なで声で言った。
「シータ。なにを血迷う。考え直すならいまのうちだ。いまの貴様には心に迷いがある。かような心では、私には勝てんぞ」
シータは直刀を抜いた。
「もとより勝てるとは思っていない。お前を討つのは博斗だろう。お前に一刀でも浴びせることがかない、その助けが出来れば本望」
マヌの声が、耳障りなしわがれたそれに戻った。
「天晴れな覚悟だ。ではやってみるがいい」
シータが跳んだ。
驚くべき速度でマヌに迫り、風音がここまで伝わろうかという勢いで円弧を描いて剣を振った。
「弾け!」
マヌが一声言い放ち、よける様子もなく手をかざした。
剣は見えない壁にあたったように弾かれた。
シータの手も跳ね上がり、よろめいて後退した。
第二打を放とうとしたシータの首に、マヌの腕が亡者のごとくにゅっと伸び、骨ばった指が首に食いこんだ。
瞬きを忘れていた博斗でさえ、ほとんど眼に収めることが出来なかった。
シータの足が地面から浮いた。
つれてマヌの足も浮き、二人の体は空に上がっていった。
「う…くっ」
「シータ。なにぞ心に迷いがある貴様では、私にはなにも出来ぬ。誠に惜しい。貴様はもっと強い剣士だというのに」
マヌはシータの首を締め上げたまま、不自然な動きでゆっくりシータの後ろにまわりこんでいった。
「気にいらんな、シータよ。この仮面の下で、私にどんな顔をしていたのだ? 私を笑っていたか? 私をののしっていたか? かような不忠の結果が、いまの貴様のこのていたらく」
マヌの指が、シータの仮面をつついた。乾いた音がした。
「この仮面だ。これが悪さをしていたようだのう、シータ?」
博斗は、マヌがなにをしようとしているのか、悟った。
マヌは、シータに最大の屈辱を与えようとしている。
シータは、カタカタと鎧を震わせたが動かなかった。
動くことが出来ないのだ。
博斗には、マヌの体からシータの体を包むようにして広がる妖気が感じられた。
シータは、人形も同然だ。
シータには、死ぬ覚悟はあったのかもしれない。
だが、自らの意志ではなく仮面を剥がされ、衆人の環視のもとにさらけ出されるとは、それは、いまのシータにとっては死よりも耐え難い苦しみであるかもしれない。
止めさせなければ。
いまそれが出来るのは、俺だけだ。
博斗は体を動かそうとした。
だが、脚はまるで根でも生えたように地面から動かない。
いまごろになって、ピラコチャに打ちのめされた体中にガタがきていた。
マヌが、シータの耳元で囁いた。
「シータよ、その薄汚い仮面を剥ぎ、身も心も新たに我が元で働くがよい」
遥達も、ひかりも、ピラコチャも、ホルスも、一様に誰もが、完全に静止していた。
マヌが術をかけたわけでもないというのに、誰もが呪縛にとらわれていた。
すべての視線が、シータの仮面に集中していた。
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