17

ひかりは、体の震えをどうにも止められなかった。

早い。早すぎる。

それに、博斗のこの疲労では、とても勝つ望みはない。

しかし…。


戻ることは出来ない。

退くことも出来ない。


「全力を賭していきましょう。せめて一矢でも」

「ああ」

博斗は応えた。


博斗は、悲壮感という鎧をまとった。

マヌには勝てないぞ。

マヌの存在感にすっかりのみこまれたみたいだ。

いまの俺には、まだ勝てないんだ…。

ひかりさんも、それをわかっているんだ。


だからって、もうどうにもならない。

遥たちも動けないみたいだし、俺とひかりさんしかいない。

やるしかないんなら、せめて恥のない戦いを。


博斗が摺り足で右足から進もうとしたとき、さらに新しい声が辺りに響いた。

「その必要はない!」


博斗には、よく聞き覚えのある声だった。

心のどこかで、その声が聞こえることを期待していたかもしれない。


穏やかなマヌの出現とは対照的だった。

空に黒い影が現われたかと思うと猛烈な速度で舞い下り、交差点を横切っている電柱の上に、力強く着地した。

全身を黒いマントで覆っていて、コウモリさながらだ。


仮面の下から声が発せられた。

「久しぶりだな、博斗。約束を守ってくれたことに感謝する。よもや仮面をつけたまま戦うときが再び来るとは思わなかったが。マヌはまだお前の手には負えん。私が食い止める」


名指しされたマヌがつぶやいた。

「イシスの次は貴様か。こんなところだろうと考えてはいたがな。面白い、私への裏切りは高くつくぞ」


「まだ仮面を外す勇気はない。私は生涯この姿でいろということかもしれない。それもまた定めか」


黒いマントが宙に投げ捨てられた。

極彩色の輝きに彩られた漆黒の鎧が現われた。


博斗はその戦士の名を呼んだ。

「シータ!」

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