3
その日の放課後。
理事長室を出た博斗は、水分を抜かれてからからになったヘチマスポンジになったような気分だった。
理事長も多少は言い方が柔らかくなったとはいえ、相変わらずつらつらと課題ばっかり突きつけてくる。
まったく、自分が現場にいてみろってんだこんちくしょう。
現場じゃ四の五の言ってる暇なんかないんだぞ。
「だが、手はうっていないわけではない。スクールファイブはもっと強くなるぞ」
ぶつぶつと頭の中で一人ごち、むすっとした顔をしてずんずんと大股で階段を駆け上がった。
実験室を覗くと、期待通り桜がいた。
「あ、せんせ」
「昨日頼んどいた奴なんだけど…もう出来てるか?」
「いくらなんでも一日じゃ無理だよ。もうちょっと。あと一日待ってよ」
「明日? まあ、いいや。どんな感じで出来そうなんだ?」
「うん、まあ、よく出来てるから、心配しないでよ」
「桜君がそういうと逆に不安なんだけど…くれぐれも、頼む。あてにしてるからな」
「任しといて!」
桜は請け負った。
実験室を出た博斗は階段を降り、教員室に行った。
教員室に入ると、ひかりが博斗の姿を認めてやってきた。
「博斗さんにお客さんですよ」
衝立ての向こうのソファを覗くと、二人の子どもが座っていた。
「げ! お前達か!」
「お前達とはごあいさつね。わたくしはただ、玉次郎に連れてこられただけですわ」
とあずさが言った。
「はいはい。おうおう、たまちゃんよう。女子校は聖域だぞ。お前のようなガキが来るところではない」
「うんうん。かわいい子がたくさんいていいよね。ハーレムみたい」
「ここは俺だけのハーレムだ。他の男の侵入は許さんぞ。って、そんなことはどうでもいいんじゃないか! 何の用だ、いったい? 俺達の秘密を握ったから脅迫か、ゆすりか、たかりか? 言っとくが俺の給料は安いぞ。聞いて驚け…」
「だれもそんなの聞いてないよ。僕がそんなことするわけないでしょ。本物のヒーローに会えてわくわくしてるんだから」
「そ、そうか」
「あのね、そのゲンガマンショーのときちょっと怪我してさ、んでね、今朝、病院行ってきたの」
「それで?」
「変なんだよ」
「お前の顔がか?」
「うん。…じゃなくって、陽光中央病院がっ」
「陽光中央病院?」
「うん。なんかね、変だったよ」
「なんかじゃわからないぞ。なにが変なんだ?」
玉次郎は顎に手をあてた。
「それがわからないんだ。なーんか、変だなって思ったの。むなさわぎって言うのかな? いちおう、看護婦さんには言っといたけどね、なんかあっさり聞き流されちゃった」
「あのなあ、確かに病院ってのはあんまりいいところじゃないわな。注射とかあるし」
「そんなことないよ。かわいいナースがいていいところだよ」
「うるさい。ナースなんぞお前にゃ十年早い。でな、そういう病院の独特の雰囲気が、なんか変な感じがすると思いこませるんだ」
玉次郎は頑固に首を振った。
「いーや、きっと違う。ゲンガマンショーのときみたいな感じがしたもの。なんとなく寒いみたいな感じ」
「あーあ、わかったわかった。じゃあ調べといてやるから、ほら、帰った帰った。しっしっ」
「僕は犬じゃないぞ。そんなことすると秘密ばらしちゃうぞ」
「だー! 大人をからかうんじゃない。とにかく、話は聞いたから、な」
博斗は、ほとんど追い出すようにして玉次郎達を外に出すと、どっかとソファに腰を下ろした。
ひかりが博斗の前にコーヒーを差し出した。
「どう思われます、博斗さん?」
「探偵ごっこはやめてほしいけどなあ」
「博斗さんは、あの子達が嘘を言っていると?」
「いや、嘘とは言いませんけどね…」
博斗はコーヒーをすすった。
「…なんつーか、子どもって、ああいうもんでしょう? なんか、ちょっと珍しいことがあったりすると、すぐ心が敏感に反応しちゃう…」
「ほんとうに、ただそれだけなのでしょうか?」
「ってもなあ…。モニターには特に反応してないんでしょう?」
「ええ」
「子どものいうことは信じたいとはいえ、確証があるってわけでもないし」
博斗はコーヒーを飲み終えると、立ち上がった。
「どちらへ?」
「いや、コーヒーには利尿効果があるもので」
そう言うと、博斗は、鼻歌を歌いながら教員室を出た。
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