13
「ふげっ!」
博斗はソファから転がり落ちてしたたかに頭を打ち目を覚ました。
どうやら、教員室の絶妙の暖気に誘われてうたたねをしていたらしい。
「大丈夫ですか、先生? なんだかうなされていたみたいですけど」
「お、おお、遥君…。いや、ちょっと、悪夢をみていたらしい…」
「悪夢ですか?」
稲穂が言った。
「おお、稲穂君じゃないか。ありゃあ悪夢なんてもんじゃない。みんなは入れ替わるし、ひかりさんは巨大化するし、シータは理事長だし…」
「シータ? 誰ですか、それ?」
「あ、いや、な、なんでもない。くそ、夢オチか。誤解されないうちに言っとくが、決して手抜きしたわけじゃないぞ。連載当初からプランしてあったんだ」
「なにか言いました?」
「いや。ひとりごとだろう。ときどき口が勝手に喋ってるときがあるんだ」
博斗は大きくため息をついた。
しかし、とんでもない夢を見たもんだな。
危うく理事長と熱いくちづけをかわすところだった。
しかし、まあ…。
個性というよりアクが強いと思っていた五人も、やっぱりそれぞれあのキャラクターだから博斗は好きなんだろう。入れ替わってしまった五人はやっぱりどうもしっくりこない。
おまけに、なんなんだあのシータは…。
やっぱり俺はシータのことをまだ気にしているのか?
仮面の下の顔。
そうだな。
シータの仮面の下にどんな顔があるのかは、出来れば知りたかった…。
まあ、過ぎたことを気にしても仕方がない。
せっかく新しい年が近づいていることだし。
「ねえ、どんな夢見てたんですか?」
遥が無邪気に聞いた。
「遥君が桜君みたいに調子よくて理屈っぽくなる夢だ」
「ええっ!」
「しかもだ! 翠君は遥君みたいで由布は翠みたいで燕は…」
博斗は念仏のように唱えた。
「ひぃええええっ! も、もういいです。なんかすごくイヤそうな夢だというのはよくわかりましたから。あたしがそんなコセコセしちゃうなんてやだな」
「ははっ。まったくだよ。でも、もしかしたら、そういう願望をちょっとぐらい持ってたりするんじゃないのか? 変身願望は誰にでもあるっていうぞ」
「変身願望ですか? どうかなあ。少なくともあたしはいまの自分が好きだから、ないと思いますよ。稲穂は?」
「え? わ、わ、私ですか? 変身願望…えっと…」
突然話を振られた稲穂はしどろもどろした。
「…私は、あると思います。とても、強い変身願望が」
「へえ?」
博斗は意外に思って稲穂の顔を覗きこんだ。
「あ、あの…そんなに近くで見ないでください」
「どんなふうに変身したいのさ?」
「え? ええ…あの…。いえ」
稲穂は口ごもったが、ぼそりと言った。
「もしいまの私が、変身している姿だとしたらどうしますか? ほんとうの私の姿は、もっと全然違っていて…」
博斗と遥はきょとんと顔を見合わせたが、声を合わせて笑った。
「じゃあ、なにか、稲穂君、本当は君は腕が三本あるとか、目が百個あるとか、そんなんだって言うんじゃないだろうな?」
「ち、違いますよ」
稲穂は顔を赤らめてうつむいた。
「真面目に答えてください」
「あたしだったら、別に、変身してるってことはなんとも思わないな。でもね…」
「でも?」
「それを隠してるってことは、あたし、絶対に許さないと思う」
稲穂は、はっとしたように顔を上げて、遥と博斗を見た。
「そうですか…」
「遥君、それはきついなあ。隠すからにはなにか事情があるのさ。そういうことも受け入れてあげないと大人げないぞ」
博斗は、ひかりのことを考えていた。
「はーい。先生って、相変わらず厳しいんだから。ま、いいですよ。ほんとに稲穂が変身してるってわけじゃないんですから。そろそろ生徒会室に戻りません? みんな待ってますよ?」
「ん、ああ、そうだな。えーと…稲穂君はどうするんだ?」
「原稿は遥さんに頂きましたし、私は、自分の用事がありますからここで」
「えー、一緒に鍋食べないの?」
「え、ええ。ちょっと、今日は、そういう気分ではありません」
「そっか。残念。ま、いいや、じゃあ、また来年ね!」
遥は手を振った。
「じゃあな、稲穂君。また、来年」
博斗もビシッと指で挨拶すると、遥に引かれるように生徒会室へと去っていった。
稲穂は、そんな二人の姿をしばらく見つめていたが、やがてぎゅっと手を握り、険しい顔で歩き始めた。
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