イシスは、煙と、流出したエネルギーを回避しながら階下へ進んだ。

階段に、気を失った同志が何人も寝ていたため、イシスはそのたびに助け起こし、逃げるように伝えた。

奇妙なことに、オシリスという男は、一人も殺していないようだ。


通路の先に、白い輝きが見える。

あのような輝きを出すことの出来る武器の心当たりが、一つだけある。

総帥から、アカデミーの主席修了生に贈られる剣だ。

帝国の地盤を支えよという意味で与えられたその剣が、帝国の地盤を揺るがすために振るわれている。

その皮肉に、イシスは唇を歪めた。


白い輝きが動きを止めた。そして、注意深く身構えたまま、オシリスが姿を現した。


「やあ。またあなたに会えるとは思わなかった。いま、そこのコアを破壊してきた。これで、この塔は終わりだろう? そして、ここのシステムが壊れれば、四つの塔すべてが混乱するはずだ」


言った途端、いままでとは比べ物にならない揺れがフロアーを襲い、床が斜めに傾いた。


イシスは憎しみをこめてオシリスを睨んだ。


「ははは、これは参ったな。やっぱり、巻き込まれて死ぬのか」

「これほどの破壊。油断した私の失敗です。…あなたを、許しません」


オシリスは、いままでの飄々とした口調から一転して、毅然として言った。

「やめろ! 私は無益な争いはしたくない。あいにく、爆発は私が想像していたものよりも激しかった。このままでは私もあなたも塔とともに死ぬだろう。そんなときにまで血を流すのか?」


「あなたは、危険です。オシリス、あなたのことをやっと思い出しましたよ。アカデミーを主席で出たというのに、帝官にもならずにふらりと消えてしまったおかしな男が何年か前にいましたね」


「思い出してもらえて光栄だ、イシスさん。私も、あなたのことを知ってたんだ。何度か、講義を聞いたこともあった。私とたいして年も変わらないのにたいしたもんだと思ってたけど、でも、才能も間違ったことに使っちゃおしまいだよ」


「間違ってなどいません。あなたこそ、帝国を守るために与えられたその剣で、帝国を滅ぼそうという大逆を犯しているではありませんか」


「私は、帝国の繁栄のためにと、この剣を与えられた。私は、いまの総帥達を滅ぼして、新しい国を創る必要があると信じている。それが、ほんとうの繁栄だと」


イシスはまたも自分の意志が揺らぐのを感じたが、無理にその揺らぎを抑え込み、オシリスを睨んだ。

「なにを言っても無駄ということですね。では、この塔とともにあなたを倒します」


「あなたとは戦いたくないのにな」オシリスは渋い顔で剣を構えた。


そのとき、イシスの背後の床が、ぶうと持ち上がったかと思うと、破裂した。

そして、それが引き金となり、フロアーの天井が、壁が、床が、すべてが崩れ始めた。


イシスの足元の床が崩壊した。オシリスに意識を集中していたイシスは、対処する間もなく床に開いた穴に飲み込まれた。


イシスは、こうして私は死ぬのだと悟ったその瞬間、深い安堵を覚えた。

もう、なにも悩むことなどなくなる。


帝国のことも、兄のことも、戦うことも、オシリスのことも。

なにも、悩まなくていい。


それは、なんと心休まる甘美な誘惑だろう。

イシスの意識は、遠のいていった。

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