6
「う、美しいでっす」
セルジナは繰り返した。
「おい、まさか…」
「ミスタ博斗っ! そ、そのヤマトナデシコとお知り合いなのでっすか?」
セルジナが、博斗の襟首をつかんで揺さぶった。
「お、おおえっ。お、落ち着け、セルジナ。まあ、知り合いといえば知り合いだけど、他人といえば他人だ。これから深くお知り合いになる予定だったの」
当のあやめが後ろから博斗の頭を叩いた。
「いてっ」
「ちょっと、勝手に知り合いにしないでいただけませんか? 私とあなたはまったくの他人、ただあなたがしつこいだけでしょう?」
「いやいや。俺はやめさんの鞄を取り返してあげたぞ」
「それはこの人のお陰じゃない」
そう言って、あやめは、セルジナを指差した。
「オウ? ワターシ?」
セルジナは、なにを勘違いしたかしらないが、にこにこと笑いながら進み出て、あやめの手を取ると、そっとくちづけた。
「ちょっ…」
あやめは硬直した。
あやめの鞄が円を描いてセルジナの頭に炸裂した。
「オオーーウ!」
「まずい…」
博斗は言いかけたが、遅かった。
たちまち黒スーツが動き、あやめと、ついでになぜかよくわからないが博斗をつまみあげた。
「お、おい、なんで俺まで捕まえるんだ? 俺はなにもしてないぞ」
「ちょっと、なんなのよ、あんた達、もう、誰かーーっ!」
「無駄だよ、あやめさん。あんた、この国で二番目ぐらいに偉い人を殴ったんだぞ」
「え?」
セルジナは、首を振りながら二人を指差し、黒スーツに何か言った。ぱっと黒スーツの手が離され、博斗とあやめは床に落ち、尻餅をついた。
「いてっ。痔になったらどうするんだよ!」
博斗は悪態をついた。
「いたーい」
あやめは顔をしかめたが、横を向き、博斗を睨んだ。
「どういうことか説明してよ、この変態はいったい誰? なに、国で何番目とかって…?」
「だからあ、こいつは王子様なの。お世継ぎ。この次の国王」
博斗は、セルジナを指差した。
「王子様…?」
セルジナが、腰を落とし、あやめに手を差し伸べた。
「申し訳ないですー。ガードが悪いことしましった」
セルジナは、にっこりと笑った。
浅黒い肌に青い瞳と、こげ茶色っぽい髪をもつセルジナは、端整なマスクをしている。
その笑顔は、女性に好印象を与えないわけにはいかないようだ。
あやめは、ぽーっと、夢でもみているようにセルジナの手を取り、体を起こされた。
「あの…すみませんでした」
あやめは、セルジナに向かって深く頭を下げた。
「オウ、ノー。ワタシが軽はずみでしった。でも、ユーがとてもチャーミングでしった」
「はあ…。あの…あなた、王子様なんですか?」
「あいー」
セルジナはにっこりと笑った。
「…いまのところは、でっす」
「ほんとに、ごめんなさい。私、とんでもないことしたみたいで…」
あやめは、何度も頭を下げた。うむ。さすが接客業。謝ることには慣れているのか。
「もう、いいのでっす」
セルジナは言った。
「それより、ユーは、セルジナに遊びに来たのでっすか?」
「は、はい…」
「なるほどー。では、ワターシに、セルジナをごあんなーいたてまつるでよいですかばってん?」
セルジナは、はたの博斗が見てもよくわかるほどカチカチに固まっていた。
「え…あの、でも、その…」
あやめはためらった。
「ほんとによろしいんですか?」
「ハイ! ユーでなければ駄目なのでっす」
セルジナは目を輝かせてあやめをみた。
あやめは、浮かされたようにうなずいた。
「はい。お願いします」
なんなんだこの展開は。
これじゃあ、まるで俺は…恋のキューピッドじゃないか。
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