「う、美しいでっす」

セルジナは繰り返した。


「おい、まさか…」


「ミスタ博斗っ! そ、そのヤマトナデシコとお知り合いなのでっすか?」

セルジナが、博斗の襟首をつかんで揺さぶった。


「お、おおえっ。お、落ち着け、セルジナ。まあ、知り合いといえば知り合いだけど、他人といえば他人だ。これから深くお知り合いになる予定だったの」


当のあやめが後ろから博斗の頭を叩いた。

「いてっ」

「ちょっと、勝手に知り合いにしないでいただけませんか? 私とあなたはまったくの他人、ただあなたがしつこいだけでしょう?」


「いやいや。俺はやめさんの鞄を取り返してあげたぞ」

「それはこの人のお陰じゃない」

そう言って、あやめは、セルジナを指差した。


「オウ? ワターシ?」

セルジナは、なにを勘違いしたかしらないが、にこにこと笑いながら進み出て、あやめの手を取ると、そっとくちづけた。


「ちょっ…」

あやめは硬直した。

あやめの鞄が円を描いてセルジナの頭に炸裂した。

「オオーーウ!」


「まずい…」

博斗は言いかけたが、遅かった。


たちまち黒スーツが動き、あやめと、ついでになぜかよくわからないが博斗をつまみあげた。

「お、おい、なんで俺まで捕まえるんだ? 俺はなにもしてないぞ」


「ちょっと、なんなのよ、あんた達、もう、誰かーーっ!」

「無駄だよ、あやめさん。あんた、この国で二番目ぐらいに偉い人を殴ったんだぞ」

「え?」


セルジナは、首を振りながら二人を指差し、黒スーツに何か言った。ぱっと黒スーツの手が離され、博斗とあやめは床に落ち、尻餅をついた。


「いてっ。痔になったらどうするんだよ!」

博斗は悪態をついた。


「いたーい」

あやめは顔をしかめたが、横を向き、博斗を睨んだ。

「どういうことか説明してよ、この変態はいったい誰? なに、国で何番目とかって…?」


「だからあ、こいつは王子様なの。お世継ぎ。この次の国王」

博斗は、セルジナを指差した。

「王子様…?」


セルジナが、腰を落とし、あやめに手を差し伸べた。

「申し訳ないですー。ガードが悪いことしましった」

セルジナは、にっこりと笑った。


浅黒い肌に青い瞳と、こげ茶色っぽい髪をもつセルジナは、端整なマスクをしている。

その笑顔は、女性に好印象を与えないわけにはいかないようだ。


あやめは、ぽーっと、夢でもみているようにセルジナの手を取り、体を起こされた。


「あの…すみませんでした」

あやめは、セルジナに向かって深く頭を下げた。


「オウ、ノー。ワタシが軽はずみでしった。でも、ユーがとてもチャーミングでしった」

「はあ…。あの…あなた、王子様なんですか?」


「あいー」

セルジナはにっこりと笑った。

「…いまのところは、でっす」


「ほんとに、ごめんなさい。私、とんでもないことしたみたいで…」

あやめは、何度も頭を下げた。うむ。さすが接客業。謝ることには慣れているのか。


「もう、いいのでっす」

セルジナは言った。

「それより、ユーは、セルジナに遊びに来たのでっすか?」

「は、はい…」


「なるほどー。では、ワターシに、セルジナをごあんなーいたてまつるでよいですかばってん?」

セルジナは、はたの博斗が見てもよくわかるほどカチカチに固まっていた。


「え…あの、でも、その…」

あやめはためらった。

「ほんとによろしいんですか?」


「ハイ! ユーでなければ駄目なのでっす」

セルジナは目を輝かせてあやめをみた。

あやめは、浮かされたようにうなずいた。

「はい。お願いします」


なんなんだこの展開は。

これじゃあ、まるで俺は…恋のキューピッドじゃないか。

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