桜は、電柱の陰に身を潜めて様子を伺っていた。額に浮かんだ汗をそっとぬぐう。


ここは、陽光学園の裏手にある、新しいビルの建築現場だ。

怪人は確かにここにいるはずだ。

だが、見たところ、作業衣に身を包んだ男が現場をうろうろとしているだけで、おかしな様子はない。


桜は、電柱に寄り添うようにして置かれていた空缶を手に取った。

作業員の向こう側を狙ってぽいっと缶を放り投げる。

カラランとやかましい音を立てて缶が転がり、音を耳にした作業員が、何事かと振り向いてそちらに行こうとした。


桜は小走りに作業員に駆け寄ると、作業員が再びこちらを向こうとするより早く、懐から取り出したマルス133の尻で、その後頭部を一撃する。

作業員は「ムーッ!」と一声上げ、地面に崩れた。


桜は迅速に行動した。

作業員の体を引きずって物陰に引き込み、その作業服を脱がせた。

すると案の定、作業服の下からは青い戦闘員姿が出てきた。


桜は、奪った作業服を、制服のうえから着込んで、悠然と工事現場に入った。


つかつかと進むと、仮設足場で組み上げられた、骨組みだけの階段があった。

階段の前には一人の作業員=戦闘員が立っていて、桜の姿を認めてうなずいた。

「異常はないか?」


桜は、戦闘員がきちんとした言葉を喋ったことに少し驚いたが、戦闘員も元は人間なのだから、そりゃ言葉も喋るしご飯も食べるし恋だってするんだろうと思い、すぐに納得した。


「異常ありません! ムー!」

桜は敬礼した。

「それなら、さっさと持ち場に戻るんだ」


桜は、立ち去るふりをして振り向いたが、マルスを抜くと、もう一回りして元の向きに戻り、戦闘員に照準を合わせた。


「そのままお前達のボスのところまで案内してもらおうか?」

桜は言った。そして、マルスを戦闘員のみぞおちに押しつけた。


「脅しだと思ったら大間違いだね。いま、マルスには、僕が一時間で開発した絶対零度の冷却弾が装填されている。これを打てば、君の体で釘が打てるようになるよ」


桜は、戦闘員を押すようにして歩き始めた。

二人は、仮設された階段を上がっていき、まだコンクリートがむき出しのままの二階部分を抜け、三階に当たる高さまでやってきた。


その空間にいた十人近い戦闘員達の注意が一斉に桜達に向けられた。

「おっと! 動かない、動かない。ね、そうでしょ?」

桜は、ここまで案内させた戦闘員に同意を求めた。

戦闘員はぶんぶんと首を縦に振り、それを見た他の戦闘員達は躊躇した。


暗がりから、薄っぺらい姿が現れた。

目を凝らすと、現れた怪人は、厚さはほとんどなく、正面から見ると、円を歪めたような形をしていることがわかった。


桜はピンときた。

「そうか、お前は、団扇怪人だな!」

「その通り、俺は、納涼怪人、ウチワムー!」


「出て早々で悪いけど、成敗」

桜は小さく言うと、冷凍弾を放った。

氷の糸はウチワムーを見事に包み込んだ。


戦闘員達は、真っ白に凍り付いてまるで氷の天ぷらのようになってしまったウチワムーに驚き、一斉に逃げていった。


「これでなんとか、今日のところは変身せずに済んだかな」

桜は、ほっと息をついた。

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