博斗は、司令室にいた。


日はすでに変わり、陽光祭の最終日となっていた。いまは、すでに丑三つ時というところ。

さすがに遥達も眠りについたはずだから、校内で起きているのはもう博斗達ぐらいなものだろう。


だが、博斗と理事長は、テーブルを挟んで向かい合っていた。


博斗は、危ういところで命を落とさずにすんだとはいえ、その実感はなく、ただ今日一日はとにかく疲れたと、その思いばかりだった。


「さて、瀬谷君。この十二時をもって、陽光祭は最後の一日に突入したわけだが…」

理事長は言葉をきって博斗を見た。

「どう思うかね?」


「どうって?」

「ムーは、もう一度来ると思うかね?」

「たぶん、きますよ」


「…」

理事長は、どさっと紙束をテーブルに載せた。


「今日…昨日の一件について、近隣住民や来校者から、これだけの苦情が寄せられた。もちろんこれはペーパーだけの話だ。電話を含めると、この倍以上に膨れ上がる」


「それで…?」

「今日の陽光祭を、続けるかどうか、君の意見を聞きたい」


博斗は、聞いたことが信じられず、口をあんぐり開けた。

「続けるかどうかって…じゃあ、理事長、あんた、今日は中止するつもりなんですか?」

「あくまでそういう可能性もあるという話だ」


「冗談じゃない! いままで散々、俺に、陽光祭も戦いもしっかりやれだあーだって言っといて、それで、いきなり中止するかもですか?」

博斗は机をバンと叩いた。

「あまりに勝手すぎる!」


「しかしな…。昨日の攻撃では現実に来校者に被害が出た」

「そりゃそうですけど…。しかし…」


「ひとつの学園の体面として、来校者にこれ以上の問題が起きると、陽光祭どころの話ではなくなってしまうのだよ。私も、これまでかなり努力はしてきたが…」


「俺は、断じて反対ですよ。明日の…いや、もう今日か。今日の陽光祭は、きちんと閉会式まで、予定通りやるべきだ。彼女たちのやる気を汲んでやってください。よっぽどのやる気でないと、いままでの攻撃でもうへたってたはずだ! それを、なんとか二日間乗り切ってきたんですから、あと一日だって、きっと、なんとか…!」


理事長は、真っ直ぐに博斗を見た。

博斗は、理事長を見返した。


傍らに立つひかりは息を呑んでいる。


「無茶な選択の結果、誰かが、矢面に立たされることになる。君に、その重圧を負わせたくはないんだよ。わかってくれ、瀬谷君。明日…いや、今日の陽光祭は…やめよう」


博斗は身を乗り出して理事長の胸ぐらをつかんだ。

「それじゃあ奴らの思うままじゃないですか! あなたがなんと言おうと、俺は、陽光祭をやらせます。陽光祭をやって、しかも、ムーも押し返して…そうすれば、彼女たちは、もっと大きく成長できる!」


襟を突き上げられた理事長だったが、皮肉な顔つきで落ち着いて博斗を見ていた。

「私とて、君の考えに異論はないよ。だが、現実にそれが可能かどうか、それを考えるんだ」


「成せばなる、成さねばならぬ何事もって、ことわざにあるじゃないですか。やってみなきゃ…」


「いいかげんにしないか!」

理事長はぎょっとするほど激しい剣幕で博斗を圧倒した。


博斗は度肝を抜かれて一歩二歩と後ずさった。この人もこんなふうに怒鳴るときがあるのか。


だが、再び喋り始めた理事長の声音は、いつもどおりの静かなものに戻っていた。

「戦いは遊びではない。…それは、怪人に殺されかけた君がいちばんよくわかっているだろう? 市民に被害を出すわけにはいかんのだよ。スクールファイブは、学園を守るだけではない。陽光市を、そして、日本を、世界を、すべてを守るのだから」


「また、それですか? 俺は、一度だって日本とか世界とか、そんなものを守ろうと思って戦ったことなんかないですよ。ただ、俺は、身近な大切なものを守りたいだけであって…」


「堂々巡りだな。どうすれば納得してもらえるのかね」

理事長は葉巻を口にくわえた。


「あんたが、俺のいうことを聞き入れてくれたら、ですよ」

博斗は理事長に背を向けた。


「どうしたのかね?」

「俺、タバコ嫌いですから」


「では、私は別の部屋にいくとしよう」

「その必要はないですよ。俺が外に出ればすむ話です。これ以上あんたと話してても埒があかないし」


それまで黙っていたひかりが、完全に溝の入っている博斗と理事長の間をとりもとうと、口を開きかけた。


そのとき、耳につく甲高い警報音が司令室に鳴り響いた。

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