ちょっと前、望に、笑われたことがある。


遥が小学生のときの作文をどこからか拾い出してきた望が、遥にその作文を渡した。

「読んでごらん、遥。…あなた、いまでもそう思ってる?」


遥は声に出して読んでみた。

「わたしのおねえちゃん。2-1中つ川はるか。わたしのおねえちゃんはかっこいいです。わたしと八つとしがちがいます。おねえちゃんは中がく生で、いつもべんきょうしてます。おねえちゃんはわたしがいじめられるとたすけてくれます。いじめるひとをやっつけます。おねえちゃんはわたしのヒーローです。はるかは、おとなになったら、おねえちゃんのおよめさんになりたいです」


読み終わった後、遥は赤面してうつむいていた。

「な、な、なんでこんなの引っ張り出してくるの、望さん? 恥ずかしいじゃない!」


「ごめんなさい。たまたま目についちゃったから」

望はくすくすと笑った。

「遥は私のお嫁さんになりたかったのね?」


「ずーっとちっちゃい頃のことでしょ。それに、あたしが書いたのは昔の望さんのことだからね。いまの望さんは、もう、変わっちゃったから」

「やっぱり遥は、前の私のほうが好きなのかしらね」


そう。望は、変わった。

遥が、それに気付き始めたのは、望が高校二年の半ば頃…つまり、いまの遥と同じ頃だった。


それまで、うなじより下には決して髪が伸びないようにしていた望が、髪を切らなくなった。

高校の三年になった頃には、望の髪は肩を越えていたが、それでも望は髪を切らなかった。


そして、遥は、望の態度と言葉使いまで変わってしまったことを知った。

男としか言いようがない言葉使いで喋っていた望が、気がつけば誰よりも丁寧な女性言葉を使うようになっていた。

突っ張った態度も、男っぽい言動もなくなり、一人の、どこにでもいる女性よりもさらに女らしい女性となった。


なにが望をそう変えたのか、遥はいまだに知らないし、両親も知らない様子である。

ただ、その変化と、望の進路の選択が、なにか関係があったとは遥にも推測できた。


望は、親の期待を裏切った。高校を卒業した望は、誰もが進むだろうと期待していた帝大医学部に進まずに、看護専門学校に進んだ。同じ医の道とはいえ、親にとっては、その落差はあまりにも激しい。


その頃まだ小学生だった遥には、望がどんな考えで華やかな進路を蹴ったのか知る由もなかったし、その選択が二人の両親に及ぼした、遥への態度の微妙な変化も、ただ気分のいいものとしか受け取る事は出来なかった。


そのときから、それまで二番目だった遥が、おまけ扱いされてきた遥が、はじめて、親から期待の言葉をかけられるに至った。


遥は発奮した。中学校に進む頃には、泣き虫で臆病でひっこみやの遥は姿を消し、一本気で、快活で、男勝りの遥が生まれていた。


遥は、必死だった。今までとは違う。頑張れば、頑張った分、見返りがある。両親に、認めてもらえる。


成績こそ平凡だったが、課外活動に東奔西走した遥は、推薦一発で陽光学園へと進学した。


その頃には、遥は、家族の中で確固たる地位を得ていた。

そして、望と両親の確執もかなり解消され、遥は、やっと、自分が、どこにでもあるような平和な家族の中に居場所を見い出したことに安堵した。


そしていまでは、遥は、生徒会長だ。生徒会長として、学園の先頭に立ち、学園を引っ張っている、リーダーになった。

遥にとって、それは、自分が強い人間になったことの、何よりの証だった。

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