13
校門を出た博斗は、黙々と歩いた。
博斗には、理事長の言い分がよく分かっている。
だが、シータの言い分もよく分かっている。
人間は本能で生きる動物ではない。人間は論理と理性があるからこそ人間なのであり、博斗の理性もまた、理事長の考えを支持する。
だが同時に人間は感情の生き物である。感情と心があってはじめて人間なのであり、博斗のハートは、あろうことかシータの考えを支持している。
博斗は、いまの社会の矛盾と理不尽さをよく理解している。だからこそ、シータと子どもの訴えに反論が出来ない。
考えれば考えるほど博斗は苛立ってきた。これは、まさに理不尽な怒りだ。罪もない子どもの命が平然と奪われる現実。
その現実に生きなければならない博斗。その現実を擁護しなければならない博斗。
博斗は、魔のT字路に再びやってきた。
気配を感じて見上げると、塀の上にシータが立っていた。
「やはり戻ってきたか。瀬谷博斗」
「戻ってきたら、なんだよ?」
「…ふん。命拾いしたな」
博斗は気付いた。いるのは、シータだけだ。ゲンガイオーの姿が見当たらない。
「あの子はどうした?」
シータは博斗の足元を指差した。博斗の足の先に、ゲンガイオーのオモチャが転がっていた。
「オモチャに戻った。…消えたよ。どうやっても、もう呼びかけに応えない」
博斗は半信半疑でオモチャを拾ったが、ほんとうに、ただのオモチャのロボットでしかない。あの、絶望的な声の一つも聞こえない。
博斗は、オモチャを静かに花束の横に並べた。
「どういうことだ?」
シータはふんと鼻を鳴らした。
「その子どもは、怨みを晴らしたと言った。一通り暴れただけで、満足してしまった。まったく、とんだ計算違いだ」
博斗は、拍子抜けしたような、ほっとしたような、なんともわからぬ複雑な感情で、これという反応を返すことも出来ずにぼうっと突っ立っていた。
「じゃあ、あの子は、もういないのか?」
「二度と現れない」
シータが不機嫌な声で言った。
博斗は頬を緩ませた。シータには、子どもの変わりやすい心は理解できなかったに違いない。それが、幸いした。
「だが、勘違いするな、瀬谷博斗」
シータは冷徹に言い放った。
「おまえ達は、猶予を与えられただけだ。おまえ達の文明の不当性に対する告発は、なんら免罪されたわけではない」
博斗は唇を噛みシータを凝視した。まさしくその通りだ。
運良く博斗は、あの子自身と対決することを回避できただけであって、シータに突きつけられた問題は、博斗のなかで消化不良を起こしている。
シータが突きつけた問いには、博斗はなんの答えも出せていない。
…もし、いま、ゲンガイオーが再び博斗の前に現れたら、博斗はどうすることもできないだろう。
なんら、大人らしい誠意を示すことも出来ず、ただ、君の死は無駄にはしないとなだめるしか出来ないだろう。
「私は、いつでもお前の弁明を聞く用意がある。…せいぜい、この退廃的な文明をベールで覆うような美しい言句でも考えるがいい」
そして、シータは言った。
「戦いに勝つことが、文明の優位を証明するとには必ずしもならない。それを、充分肝に銘じておくがいい」
博斗はシータを睨み続けていた。悔しいが、いまはシータに言い返せる言葉がない。
「私は、お前に期待している、瀬谷博斗」
シータはマントを顔の前にかざした。
「…?」
「お前は、私たちと来るべきだ」
シータはその言葉だけを残し、空中に消えた。
博斗は、ただその場に立ち尽くしていた。シータのその奇妙な言葉に、震えていた。
シータが、俺を誘った? 俺に、ムーに来いと?
俺が、理事長の態度に象徴されているこの社会に疑問を抱いていることを知って…?
騒々しいクラクションの音が、博斗の思考を破った。
はっと我に返ると、目の前すれすれのところを、どこからともなく現れたトラックの荷台がかすめていくところだった。
それを皮切りに、次々と大型車が博斗の前を通りすぎていった。消えていた車が戻ってきたのだ。
博斗は、通り過ぎていく車をやり過ごしながら、どこを見るともなく、寂しい視線をさまよわせた。
こうして、また、何事もなかったかのように、車がこの道をわがもの顔で走り出す。
これで、いいはずがない。
車の振動で、カタカタと、小さなゲンガイオーがわびしい音を立てた。
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