礼を済ませ、博斗はしきりに首をひねりながら廊下に出た。

もう一度腕時計を見たが、やはりあと十分以上時間が残っている。

しかしなにかか、変だ。


教室の後ろのドアが開く音がした。

「ちょっと、トイレだよ」

教室の中にささやきながら、燕がちょろんと出てきた。


「燕君…出ちゃ駄目だって言ったろ?」

博斗は燕に近づくと、頭を軽く小突いた。


「だって、はくと、見てこれ」

燕は左の腕を持ち上げて、博斗の顔の前に突き出した。


「?」

博斗は目を凝らして智恵たんデザインのC-ショックを見た。


なにか、おかしい。

自分の腕時計を見たときと同じ違和感がやってきた。


「とけい、止まっちゃったの」

燕が顔を曇らせた。


「そうか。電池が切れたんだな」

博斗はふと、自分の腕時計を見た。

秒針が、ぴくりとも動いていない。


「俺のも電池切れか?」

博斗は指で自分の時計を示した。

「どうなってるんだ、これは?」


博斗はガラス窓から教室を覗いた。黒板の上の時計も、いまだに半を示している。

「どうなってんだ? どの時計もそろいも揃って止まったみたいだ」

博斗はつぶやくと、肩をすくめた。わけがわからない。そういえば、チャイムもいまだに鳴らない。


くいくいと博斗の服の裾を燕が引っ張った。

「はくと、あれ」

燕は廊下の片隅を指差した。


そこには、大きな固まりがあった。

木の箱のようだ。一辺二メートルはあるのではないか。黒に近い茶色で、表面はてかてかと輝いている。


燕はひょこひょこと走り、木の箱に近づいた。

「はくとー、これ、とけいだよ」

「時計?」


燕の時計も、博斗の時計も、教室の時計もすべて止まっている。その代わりといってはなんだが、廊下に巨大時計。


「燕君、待て、その時計は、ひょっとすると…!」

博斗は燕を制したが、遅かった。


「つんつくつん」

燕は巨大時計のガラス張りの文字盤をつついた。

突然、箱の横からにゅるりと手が伸び、燕の両腕をつかんだ。

「にゃーーっ?」


時計はひとりでにがたがたと動き、のっそりと起き上がった。手だけではない。二本の足もある。間違いない。これは、怪人だ。


怪人は、燕の抵抗をものともせず、ぐっと文字盤を燕の手首に近づけた。おそらく、文字盤が顔になっているのだろう。


「ねえちゃ、ん、かわい、い時計だなあ」

奇妙な息の継ぎ方をする怪人だ。


怪人は、ぺたぺたと燕の智恵たん仕様C-ショックを撫で回した。

「俺は、時計のこ、とは詳しいんだ。これはわ、ざもんだな」


「つばめの智恵たんにさわるなっ!」

燕はようやく怪人の手を振り解くと、二転三転と宙返りして距離をおき、博斗のそばまで戻ってきた。


「乱暴なね、えちゃんだな。嫁の貰い手がな、くなるぜ?」

「だいじょうぶだもん! つばめ、はくとのおよめさんになるから!」

「あ、ありがとうございます! い、いやっ! と、とにかく、お前は何者だっ?」


怪人は立ち止まった。ガラス張りの文字盤は、短針が12の直前、長針が11を指している。博斗は直感した。11時55分。これが、いまのほんとうの時間に違いない。

「時計、怪人タイムー!」

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