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「…つまり、ナポレオンを市民は求めていたということさ。人間は、生物的にも、社会的にも、あまりに急激な変化には耐えられない。急激すぎる変化の直後には、反動で、とても保守的な現象が起こることがある」
燕は、今日も眠っていない。目をぱちくりさせながら、博斗のほうを見ている。
たぶん、話の半分も理解はできていないのだとは思うが、それでも、こう真摯に聞かれていると、なんとなく、教えるほうも気分がいい。
「フランス革命という、自由を求めた運動が、最後には結局、独裁という不自由を招き入れてしまった。歴史は繰り返すって言うけれど、この話に限らなくて、このあとも、似たような話が何回か出てきちまうんで、まあ、ちゃんと覚えておくんだな。ヒトラーの登場も、これと同じように、自由からの逃走が原因の一つだ」
「難しいです、先生~。じゃあ、自由を求めちゃいけないんですか?」
生徒の一人が声を上げた。
「うーん…そんなことはないさ。ただ、自由ってのは、抽象的な概念だろ? だから、自由ってなんじゃらほいってのを具体化しようとすると、どこかで理想と現実の間にほころびが生まれる。で、とくに急にそれを実現しようとすると、ギャップも激しくて、逆行してしまうんだな」
「ふ~ん」
「陽光学園もそうさ。いまみたいに自由な校風になるまでは、ずいぶん生徒会も苦労があったらしいな」
「じゃあ、昔の生徒会ってすごかったんですね!」
「そうだな。でも、いまの生徒会だって、よく頑張ってるんだぜ」
「そうですかあ?」
その言葉の後に、くすくすと、忍び笑いが教室から漏れた。
博斗は眉をひそめた。なんだろう。雰囲気が崩れた。人を小馬鹿にしたような、この笑い声は、気にいらない。
「頑張ってるようには見えない役員もいますよ~」
博斗は、この不快さの原因に気づいた。
燕が、馬鹿にされているのだ。
燕を見たが、本人は例によって自分が話題になっていることなど気づきもせず、ひまわりのような笑顔を浮かべている。
その笑顔が、にこやかであればあるほど、博斗には痛かった。
「…人を外見や振る舞いだけで判断するのは早急だな。人間の価値はそんなものでは決まらない。ここぞというときに、どれだけ勇気ある行動ができるか、どれだけ人のためになれるか、それが価値を決めるんだ。そういう意味で、今年の生徒会は、みんなとてもよく頑張ってるよ」
「そうですかぁ? それって、先生のひいき目ですよ」
「そう思うなら、そう思えばいい」
博斗はつぶやいた。
「ただ、ほんとうの意味で苦楽をともにして、それではじめてわかることもあるんだよ」
「まーた、先生の哲学が始まった。先生の言うことって、難しいんですよね~」
「そうかな…」
博斗は頭を掻いた。そして、ちらりと腕時計を見た。
「…あれ?」
もうそろそろ授業の終わる時間だと思ったのだが、時間はまだ十分以上残っている。
博斗の授業勘が鈍ったのだろうか。
腕時計が遅れているのかと思い、振り返って壁の時計を見たが、これも同じ時間を指している。
「いま、十一時半であってるよな?」
何人かの生徒が自分の時計を見た。
「あってまーす」
博斗は首をひねった。とはいっても、今日の予定はすべて終わっている。余った時間でするようなこともない。
「…ま、いいや。今日やる分は終わってるから。今日はこれで終わりにしよう。とりあえず、勉強しても寝ても雑談してもいいけど、チャイム鳴るまで外には出ないようにな」
「はあーい」
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