7
ひかりが出ていった静かな保健室。
博斗は、こんこんと眠っている由布を見つめていた。
由布は、いつも、どこか遠くを見据えるような寂しげな視線をしていた。
君は、どんな過去を背負っているんだい?
君は、俺の知らないどんな苦しみを味わってきたんだい?
俺は、君に何をしてあげられるんだい?
俺は、ほとんど何も知らない。
由布はもちろん、五人の心に秘められた悩みも、悲しみも、苦しみも。
どうすれば、彼女達のほんとうの心の支えになってやることが出来るんだ?
ふと、博斗はひかりの机を見た。
こういうときのための、仲間達じゃないのかな。
博斗は、受話器を取った。
四本目の電話を終え、受話器を置くと、ちょうどひかりが戻ってきた。
「博斗さん…どうも、気になることが出てきました」
「気になること?」
「由布の父親ですが…」
ひかりは声をやや潜めた。
「前科があり、おととい刑期を終えて出所したばかりです」
「前科? おととい出所?」
「しかも、傷害事件です」
何かが、博斗の頭の中で動きはじめた。
「はじめて彼が逮捕されたのが、四年前ですから、ちょうど、由布の母親と離婚した直後なんです」
「離婚した直後…」
「これが、由布の父親の写真です」
「どれどれ。どんな悪人面してるんだ?」
博斗は由布の父親を見た。
そして、見なければよかったと後悔した。
「こいつは…」
倒れた由布のかたわらにいた男だ。
あの男が、由布の父親だというのか?
「もしやと思いますが…」
ひかりが重く口を開いた。
博斗は、はっとして思わずひかりの言葉を遮った。
「待ってくれ、俺もたぶんそうだと思うけど、ひかりさん! そんなことが…」
一瞬だけ見た由布の父親の視線。
博斗は、その目の輝きに異常さを見て取っていた。
あれは、権力と力、暴力をもって支配する人間の目だ。
博斗なら、理性と誇りをもってしっかりと抑えている、暴力への欲求。
人間の宿命であるが、宿命であると言う理由では決して許されない、特に身近なものへの身勝手で傲慢な愛情表現。
「由布の家、わかりますか? 俺、由布の母親に会ってみます。きっと母親なら、すべて知ってる気がする」
「私もご一緒します。おそらく女がいたほうがいいでしょう」
ひかりは、眠りつづける由布に手を伸ばすと、頬にかかった髪をすいてやった。
「では、由布を、どこか手近な病院にお願いしましょう」
「その必要は、ないですよ」
博斗は言った。
「あと少し待てば、みんなが来るはずです。由布には病院よりも、彼女達がそばにいてやるほうが支えになるような、そんな気がして電話しときました」
「…それは、とてもよい判断だと思いますよ」
ひかりは微笑んだ。
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