くすくすくす。


かすかな笑い声が聞こえ、博斗はトイレの入り口を睨み付けた。

桜は博斗に並んで立ち、マルスに手を添える。


博斗は、トイレのドアを蹴り開けると、トイレに身を躍らせた。桜が続いた。


闇に包まれたトイレには、誰もいない。二人が入ると同時に、笑い声はやんでいた。


桜が手探りで明かりのスイッチを探り当てると、蛍光燈の陰気な明かりが、静かなトイレを照らした。

奥から二番目の個室のドアが、閉まっていた。


「さてと。桜君、その、花子さんを呼び出す手順とやら、君はどんなのを知ってる?」

「僕が聞いたことがあるのは確か…ドアを二回ノックして花子さんを呼ぶと、返事するっていう奴」

「俺がガキの頃に知ってたのは、水を三回流すって奴だったな」


博斗は一歩二歩と個室に近づいた。

花子さんの呼び出し方と、ウノのやり方については、学校の数だけルールが存在するものだ。ならば、手当たりしだい試すしかない。


博斗は、問題のドアの正面に立った。


こん、こん。


続けて、ささやいた。

「花子さん、いますか? いなかったら返事してください」


言い終わるや否や、突然ドアがバンと手前に開き、博斗は、何が起きたかを確かめる余裕もなく、弾き飛ばされた。


桜が駆け寄り、博斗を助け起こした。

「せんせ、大丈夫?」


「いてて…なんだってんだ、いったい?」

ドアにぶつかった肩を押さえ、博斗は開いた個室を眺めた。

やはりそこには誰もいない。

「ちぇっ、花子さんにはご冗談が通じないらしい」


博斗と桜は、恐る恐る個室に踏み込んでみた。


もちろん人影はおろか、人のいた気配すらない。

ざっと見回してみたが、テープレコーダーのようなものもなければ、ドアを勢いよく放つための仕掛けもない。


桜は懐中電灯で便器の中まで照らしていたが、鼻をつまんで顔を上げると、博斗に首を振ってみせた。

「誰のイタズラかな?」

「イタズラとは思えないな。個室にはなんの仕掛けもない。ほんとに、花子さんでもいるんじゃないか?」

「まっさか。僕はそんな非科学的なもの信じないよ」


「もし花子さんがいないとしよう」

「うん」

「そしたら、いまのドアの跳ねっ返りはいったいなんだ? 何の仕掛けもない、風もないってのに、あんな開き方があるか?」

「うーん。それは…」


「ひかりさんが、一つの可能性を考えていた。だから俺も出向いたわけだが…」

「?」

「この事件が、ムーの仕業じゃないかってことさ」


「ムーがいったい何の目的で?」

「そんなもん知らないよ。ただ、そうとでも考えないと説明つかないだろ?」

「ま、そりゃ確かに、ムーの怪人ならこういうこと好きそうだけど…」


「うふふふふふ。大正解」

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