さっきの遥の何気ない言葉は、桜に深く突き刺さっている。

…たとえIQがいくつだろうと、桜はやはり高校生なのだ。


「それを言うなら、そのへんの高校生から比べれば、遥も、翠も、由布も燕も、みんな特別だろ?」

「スクールファイブだから?」

「そう」


「スクールファイブは僕、自分で決めたことだもの! でも頭の良さなんて、僕、自分で望んだわけじゃないよ! 僕、そんなものほしくなかった。そんなのいらないから、普通の友達とかほしかったし、普通の子どもでいたかったよ」


博斗は慎重に選びながら言葉を続けた。

「桜君。スクールファイブは自分から選んだ道だ。だから、変な奴等と戦っても、死ぬかもしれない目にあっても、特別だとは思わない。…でも、最初から自分の身に備わっていることで誰かに文句を言われると、特別だと思い込む。そりゃあ、ずいぶん、自分ってものに勝手すぎるんじゃないのか?」

「…」


「誰だって、自分の姿とか、頭の中身とか、生まれてくるときに自分で決めるなんて出来ないだろ?」

「そりゃそうだよ」


「人間に出来るのはさ、自分がどんな姿で、どんな頭の中身であってもさ、それを好きになるか、嫌いになるか、どっちかじゃないのか?」

「…」


「桜君は、いまの自分が嫌いか?」

「ううん。…結構、好きかな」

「じゃあ、それでいいじゃないか。他の誰かが、桜君のことを特別だと思ってたからって、かまうもんか」

「…」


「たぶん桜君は、まだ自分のなかにわだかまりを持ってるのさ。何か、自分に好きになれないところがある。だから、理由をつけて、自分に文句をつけようとする」


「…」

桜は押し黙っている。


「なんか、俺、心理学者みたいだな。これはあくまでも俺の考えだから、それで桜君にどうしろとか、言えないけどさ…」

「せんせの言うこと、わかるよ。…僕、まだ自分に、イヤなところあるもの」

「?」


「博斗せんせ、聞いたでしょ? なんで僕たちが腕章を受け取ったか、って」

「確か桜君は、グッズを作るとかなんとか」

「へへ、そう。あれね、恥ずかしいから、半分嘘ついたんだ」

「嘘?」


「僕、ヒーローになれるのがうれしかったんだ。正義とか、平和とかのために、戦うヒーロー。ほんとはひょろひょろの僕だってね、スクールグリーンになれば、燕みたいに、元気に戦えるんだもの。…それが、うれしかったんだ」

桜は顔を伏せて、床を蹴るしぐさをした。

「そういうの、なんか、遥とか、燕みたいに言えなくてさ。…僕ね、自分の、そういうじめじめしたところが、やっぱり嫌いなんだ」

「…じめじめ、ね」


「博斗せんせはどうか知らないけど、僕は、スポーツの出来る子がうらやましいんだ。テスト100点とか、成績の5なんてほしくなかった。逆上がりが出来るようになりたかったし、飛び箱飛べるようになりたかった。それに、ほんとの友達もほしかった。よけいショックだったなあ。遥に、あんなふうに言われて」


「まあ、君もわかってるだろ? ありゃあ、遥君の言葉のアヤさ。あの子は、自分の感情を抑えるってのが、まだ苦手らしいからね」

「どうせ『だが、それが遥君のいいところなんだ』とか言うんでしょ?」

「う…言われた」


「うん、いいんだ。…僕はただ、何か理由をこじつけて、誰かに僕のことを聞いてほしかっただけなんだ」

「んで、たまたまそこにかっこいいお兄さんがいた、と」

「誰が?」

「いや、だから、頼りになる青年教師」

「じゃ、せんせ、僕はこれで」

桜は手を振ってすたすた歩き出した。


博斗は声を上げて笑い、桜を呼び止めた。

「オッケ、オッケ、いつもの桜に戻ったな」

「うん。…さんきゅ、せんせ。ダテに長生きしてないね。ただのスケベ教師じゃなかったよ」

「う、うーん。誉められているのか馬鹿にされてるのかよくわからん」


「見て、せんせ。すっかり陽が沈んだよ」

桜が窓の外を指差した。


ほぼ午後七時である。

「よし。そろそろショータイムだ」

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