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5月3日朝七時。陽光電鉄陽光中央駅北口改札前。
博斗は眩しい朝日のなか、生徒達の姿を探した。平日なら通勤客でごった返す陽光中央駅も、今日は人影もまばらだ。
「せんせーっ! こっちでーす!」
制服姿の遥が手を振っている。
「ちょっと、おやめなさいよ、恥ずかしいじゃないですの」
「いいじゃない! わかりやすいんだから」
「だからわたくしのリムジンでお送りするって言ったのに…どうして貧乏臭い鉄道なんかに乗らなければならないのかしら」
「翠、それは違うよ。旅の醍醐味はその貧乏臭さにあるんだ。なおかつ、学生旅行といったら、電車と冷凍ミカン! これに決まってる!」
と桜が妙に力をこめて言った。
「みんな、おはよう。…あと誰が来てないんだ?」
「燕さんとひかりさんです」
稲穂が答えた。
「あれ? ほんとにきちゃったのかい、稲穂君? お金は自分持ちになるんだよ?」
稲穂は、旅行の話を聞いてから、密着取材するといってきかなかったのだ。
「はい。どうしても、みなさんとご一緒に旅行したかったんです」
「遅れてすみません、博斗さん」
と、ひかりの声がした。
博斗が振り返ると、ブラウスにGパンという、ラフな服装に身を包んだひかりの姿があった。
「あ!」
それを見た稲穂が、何に驚いたか息を呑んだ。
「ん? ああ、そうか。稲穂君は初めてか。…酒々井ひかりさん、陽光学園の校医さ」
「はじめまして、というべきでしょうか」
「そうですね」
とひかり。
二人はしばらく見つめ合った。
「あれ? 二人は、もう会ったことがあるのかい?」
「い、いえ」
稲穂が慌てて打ち消した。
「どこかでお会いしたことがあるような気がしたのですけど…気のせいだと思います」
「そうでしょうね。私のような女性はどこにでもいますから」
「…?」
博斗は、なんとなくこの二人の様子に微妙なものを感じたが、せっかくの旅行のしょっぱなである。細かく詮索するのはやめることにした。
「しかしなあ、ひかりさんがそんな格好をするなんて!」
ひかりの白衣とタイトなスーツ姿しか見たことのない博斗は、その新鮮な姿に、拳に力をこめてガッツポーズをした。
「お、お気に召しませんでした?」
「と、とんでもない! …もう、完璧です。うっひひひ」
そんなふにゃけた博斗を、遥が右から、翠が左から、蹴飛ばした。
「博斗先生のばか!」
「ま、まあそういわないでくれよ。君たちもあるだろ? ほら、美しい絵画を見ると鳥肌が立ったり、くしゃみをした後に『ちくしょう!』って怒鳴ったり…一種の条件反射だよ」
「そうですかしら?」
「う、うるさいなあ。とにかく、これであとは燕だけだな」
「まさかとは思うんだけど…北口と南口を間違えてるとか…燕だったら、やりかねないかなって」
「それですね」
とひかりが手を叩いた。
「集合場所に漢字を十四個も並べたのは失敗でしたね。去年のデータによれば、燕は五個以上漢字が並ぶとダメなようですから」
「な、なんだって! それでよく生徒会書記が務まるな!」
「…あの子は、書くことは出来ますが、自分がどういう文章を書いているかは理解していないんです」
それまで黙っていた由布がぽつりと言う。
博斗は開いた口を閉じることができなかった。
「わ、私、行ってきます」
稲穂が走り出した。
「あ、あたしも!」
遥がそれを追いかけた。
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