竜闘虎争 1
機械化魔導兵。
その名の通り、肉体を機械に置き換えられた兵士を指す兵科だ。
全体を構成する全パーツに刻まれている、情報集積文字の淡い燐光を発する機体に、凡そ生身と言える物は存在しない。頭部を厳重に防護する無骨な兜、その中に漂う脳だけが健常な人間のものである。
この兵科が生まれた所以は自明だった。対魔戦線に於いて取り返しの利かない身体欠損、または身体陵辱呪詛による肉体の異形化が進んだ者を、再び人類戦力として運用する為に機械の体へ差し替える、“人的資源の再利用”こそが機械化魔導兵の誕生理由だった。
例え二種間の絶滅戦争を終えたとしても、彼らはもはや人として生きる事はない。その脳が破壊されるまで、或いは焼き切れるまで戦いに動員される“兵器”に生まれ変わったのだ。故にこそ『魔導兵』と呼称される彼らに、その運命へ否と唱える者はいないとされている。どのみち一度は人間として死んでいるのだ、安らかに眠らせてほしいと願う惰弱な戦士は一人もいないと大本営は発表していた。機能停止するその時まで、彼らはただ敵を殺し続けるだろう。それしか存在意義がないのだから。
そして――どれほど技術力を高めようと、絶大な破壊を撒き散らす兵器を生み出そうと、それでも生身の人間の方が強いのが世の理。音の速さを超える銃弾も、広大な大地を焼き払う誘導弾も、概念位階に到ってもいない戦士を『絶対に殺し切れる』と断言できない以上それは不変の摂理だ。故に元が精強な戦士、あるいは魔導師だった彼らは、肉体が機械化した事で弱体化していると言えた。
だがそれでも元は人類の生存圏を拡大する為に、最前線で戦い続けてきた猛者達だ。負傷を厭う必要がなく、また魔軍の呪詛が通じない無機質な器となった利点がある。部品さえ交換したら幾らでも戦える彼らは人類の立派な戦力の一部であり、魔導兵である彼らを蔑む者はいなかった。
その魔導兵のみで編成されたオスカー連隊を預かる連隊長、シグルド中佐は静かに出撃の時を待っていた。
シグルドを含めた108機が彼らオスカー連隊の総力だ。生身であった頃よりは劣化したとはいえ、彼らの力は第27師団屈指のものである。
『グラスゴーフ・インナーシティにデータベース未登録の高熱源体を確認。同時に“
戦艦ネイルソンに搭載されている管制人格、アビートートの艦内放送が流れるや、自らの機体を
――
戦闘かと機械音声で呟く。肉声を失って以来、声を発するという行為に虚しさを覚えない時はなかったが、有事の際以外はスリープモードで時間を過ごすシグルドである。つい先程外部操作を受けて起動する前は最前線にいたのだ、その意識は戦時のものから途切れる事なく続いていた。
彼とその指揮下にある部隊員にとって、戦闘行為そのものは既に平坦なルーチンの一部でしかない。仮に不測の事態が起こったとしても、それによる動揺は微塵も生じない精神構造をしている。
航空戦艦ネイルソンの管制官の声が艦内に流れる。それに耳を傾け出撃の時を待ち続けた。
格納庫内の冷たい空気の中、部下の誰かが呟く――まだかよぉ、はやく、はやくぅ……殺させて、殺して……はやく、はやく……。
精神の均衡を保つため、戦闘という行為に生き甲斐を見出した者、殺害行為に快楽を感じるようになった者、あるいは一刻も早く機能停止したいと願う者。様々だが、言えるのはまともな精神状態の者は一人もいないという事だ。シグルドもまた、精神的不感症とでも言うべき状態で。入力される命令へ無感動に従うだけとなっている。
それが悪いとは思わない。そんな余分は存在しない。何も考えず、意志を持たない。それもまた自己防衛の一種なのだろうと冷めた意識が分析するだけだ。
『魔力波長照射開始。該当区画インナーシティ。――レーダーに感あり、戦術情報の処理完了まで後3……2……1……敵情報を更新。リンクします』
更新された敵情報が視界を象るモニターに表示される。グラスゴーフを示すマップに夥しい数の赤い点が散見された。
第三幕壁の北門、南東、南西に主な反応が固まっている。そこから分散しており、このまま領都の守備隊に任せていればグラスゴーフの陥落は必至だと思われた。
だがシグルドは即座に発見する。それらよりも差し迫った危機を見つけたのだ。運営本部が崩壊している――シグルドは冷淡に一瞥したのみだったが、部下の一人が喝采を上げた。
『ッ……艦長、未確認の熱源が魔力濃度危険域に突入! これは……主砲級の攻撃、来ます!』
『
『位置直上! シールドの展開、間に合いません!』
反応が二秒遅い。所詮は内地の弱卒か。――第27師団に編入させられた元エインヘリヤル連隊内から冷笑が起こる。しかし彼らは決して弱卒などではない。現オスカー連隊の基準が、最前線の精鋭のものであるが故に嗤えたのだ。
凄まじい衝撃を受けて、格納庫内も激しく震動した。駆け抜けた莫大な熱量に、三機の部下が安全バーに固定されたまま機体を破損させる。
死んではいない。脳は無事だろう。だが今回の戦闘には参加できまい。冷徹にそれだけを見て取り、シグルドは黙って指示を待つ。もう自分で考えるのも億劫なのだ。
ただ面倒だなとは思った。疑似皮膚感覚に感じた今の熱量と魔力反応から、最低でも今の攻撃の主が爵位持ちの魔族であると割り出せたからだ。経験上の推測でしかないが確度は高い。爵位持ちともなれば、グラスゴーフご自慢の結界も意味を成さない。的確に先制攻撃を放ってきた点から見ても、戦慣れした古強者であると見切った。
『ダメージリポート!』
『40.6cm45口径MkI3連装砲3基。15.2cm50口径MkXXII連装砲6基。12cm40口径MkVIII単装高角砲6基。2ポンド8連装ポンポン砲2基。いずれも大破! 左舷AからCブロック損傷! 待機していたアルファからエコー部隊壊滅! 左舷、右舷の損傷したブロックより外界情報流入、拡張空間維持のため隔壁を下ろします!』
『――並行して断層障壁の展開、及び迎撃を実行せよ。12.7mm4連装機銃だ。当てなくていい、弾幕を張れ。懐から追い出すのが最優先だ。操舵、取り舵一杯。船首をバンディットに向けろ。管制員、魔導兵の発進を急げ。中佐の隊に艦の周りを掃除させる』
『了解。断層障壁、発動。出力がダウンしているので65%で展開。――
機体が格納庫からカタパルトデッキにスライドしていく。出番か。シグルドは内心そう呟き通信に応じた。
「こちらオスカー連隊のシグルドだ。我々を出すのは構わんが、他は出すな。邪魔だ。出た所を狙い撃ちにされるぞ」
『承知しています。中佐が掃除を済ませた後に他を降下させ、都市部の清掃に当てるつもりです。中佐の仕事のクオリティー次第でグラスゴーフの明暗が別れる、奮起を期待します』
「……ふん。俺は綺麗好きでな、仕事の出来は期待していい。……聞いていたな? 死にたい輩から飛び込め。殺したい輩は死にたがりごと殺れ。仕事は仕事と割り切れる者は死にたがりと殺したがりごと殺れ。以上」
いっそ酷薄な台詞に一部の部下達は歓声を上げ、そして大多数が無感動に了解した旨を告げる。それでいいのだ、所詮は替えの利く部品で出来た体である。脳さえ無事なら何をしてもいい。それに……味方に撃たれて堕ちる間抜けなど、自分の隊には無用だ。そんな輩がいれば早々にスクラップにして廃棄してやる。
『戦術データリンク・アクティベート。システム・オールグリーン。ホールド・オープン!』
機体に掛けられていたセーフティが次々とアンロックされていく。そしてデータベース内の情報が更新され、麾下の部下達と意識が繋がっていくのを知覚した。
機体を固定する安全バーが外れ、カタパルトデッキの隔壁が開けられる。見えるのは夜空。艦から射出されるのを待ちながら、視界の外にある高熱源体が急速に近づいてくるのを感じた。オスカー連隊の出撃を察知し、出てくる前に叩こうというのだろう。その手口で実際に戦艦内にいた第27師団の半数が削られたのだ、脅威度は極めて高い。
「オスカー
『了解。オスカーA1緊急射出、繰り返す、オスカーA1緊急射出――!』
「おい、寄越せ」
管制官の声に弾かれるようにして、機体脚部を固定していた動力付き発射台が高速で滑り出す。それに載せられている機体が加速していく中、擦れ違い様に僚機となる副官からブレードユニットを引き剥がした。
中佐ァ! 副官の野次を無視しながら一気に虚空へと射出される。展開されていた断層障壁――第四位階魔術相当の風と空間系統の複合術式に穴が空き、そこから飛び出す形となった。
戦艦ネルソンの断層障壁は、物質界に生じる諸変化の原因、つまりは物理干渉を“遮断”するもの。物質に拠った攻撃の類いは例外なく遮断してしまえる。外部は元より内部からも同様だ。故に戦艦ネイルソンの兵装周辺と、戦艦から出撃した者の為に障壁の一部へ穴を空けるのは必然である。
部下達も後から出てくるだろう。それまでにやらねばならない事があった。――艦の至近にいると思しき脅威の撃退である。
黒い機体の各部に備え付けられているスラスターから、青い魔力光を吐き出し推力として、紅いカメラアイを左右に走らせながら飛翔する。
中世騎士の全身甲冑をより機械的なフォルムとした機体『タイフーン』は、左腕部に張り付け設置したブレードユニットへと魔力を送り込み、刀身を精製して上方へ振り翳した。
ユニットから滑り出た実体剣を魔力でコーティングしたレーザーブレードが、真上より叩きつけられてきた豪炎を受け止める。灼熱の炎槍と光剣の鬩ぎ合いで凄まじい光量が迸り、局地的に夜の闇が駆逐され真昼の眩しさが周囲を照らした。
「ほう」
まるで天が堕ちてきたかのような衝撃力。受け止めた腕部が軋み、肘関節から火花が散った。膂力の差は明白である。
意外そうな声に反応する無駄はない。摂氏5000℃を優に超える激熱の槍を、レーザーブレードを斜めに傾けて受け流し、シグルドは機体のスラスターを噴射して急下降した。左右へ不規則に急旋回する戦闘機動“シザーズ”を直後に行ない敵を撹乱し、自身を掠めて地上に堕ちていく炎熱の槍を回避。炎槍の着弾した地上の家屋が溶解し、大爆発と共に周辺へ地獄絵図とも言える火の海を生み出す。
『中佐! 地上への被害を抑えるよう念頭に――』
「黙れ」
管制からの苦言を一蹴する。出来るならやっていた。今のは不可抗力だ。カメラアイの残光が紅い線を引き、機械の瞳は敵性体を捉える。
――体長2m超にまで肥大した溶岩の人型。赤熱し不気味な光を発する二つの光点が眼に、その下にある一つの光点が口に相当するのだろう。真横に走った亀裂が醜悪な弧を描き、あからさまな嘲弄を表現していた。
魔族。改めてその姿を目視するも、人類種の怨敵を捉えたというのに不感の心はさざ波ほどの揺らぎも生じさせない。距離を稼ぐや否や反撃に出る。
背部に広げた機械翼、機体各部に内蔵されたスラスターから、小刻みに魔力を噴射して的を絞らせない機動を取りつつ、右腕の尺骨に位置するパーツをスライドさせる。内部より三つの魔術式を投下し標的を設定した。
投下された魔術式。シグルドの通り過ぎた軌道に三つの魔法陣が花開き、そこから飛び出すのは短距離空対空ミサイル“サイドワインダー”が二発ずつの計六発。
蛇行した軌跡を描き、名も知らぬ溶岩の巨漢にサイドワインダーが殺到する。溶岩の男は一直線に急上昇して追尾より逃れながら腕を一閃した。発される熱波が衝撃波となり、サイドワインダーを悉く爆砕する。
上空に咲く爆炎の徒花。その爆風に紛れるようにして、
「グッ……!?」
油断していたのか、人型の溶岩はシグルドの一撃をまともに受けるや墜落していく。その様を見ながら呟いた。硬いな、と。今ので脳を破壊できれば良かったのだが、そう簡単には殺せないらしい。この隙にシグルドは母艦に通信を入れた。
「
『……了解。全機発進させます』
直後だった。
墜落していっていた魔族の男が急制動を掛け静止し、上方のシグルドを見上げる。
その手に自らの体躯に倍する長さを誇る溶岩の巨槍を顕し、一切の油断を排した眼差しで告げた。
「所詮は肉の器を失った負け犬だと、そう侮った俺の不覚か。だが今度は見縊らんぞ。我が名はクラウ・クラウ伯爵、誇り高き炎熱の系譜。せめて貴様の名を訊いておこう」
「………」
「………ふん。戦の作法を解さんか、魔人ッ!」
――時折り魔族の中にはこうした時代錯誤な名乗りを上げる輩がいる。間抜けと罵っただろう、クラウ・クラウとやらの言う肉の器を失う前のシグルドならば。だが無駄に言葉を発する億劫さが勝り誰何を黙殺した。
右腕部の配線内に貼り付けられている術式を解凍、最新の魔導銃“M61バルカン”を展開し発砲。
その巨体からは想像できない機敏な動作で回転した巨槍が、銃弾の悉くを薙ぎ払う。外部に熱を発さぬ獄炎の槍は、触れた物を容赦なく一瞬にして塵も残さず灼き尽くしているのだ。滅気薬弾は着弾した生物の気力を減じさせ、集中力や正常な思考を鈍らせる効果があるが、当たらなければ意味がない。
だが所詮は魔導銃。魔族は元より魔導師でもない魔法使いですら視てから回避も叶う代物だ。工夫もなしに当てられるとはシグルドも思っていない。故に、その工夫を凝らすのが当然の手法だ。シグルドは右腕部よりバルカンを放ちつつ左腕を動かし、バルカンから弾の束を毟り取る。それを纏めてクラウ・クラウへ投げつけながらカメラアイから熱線を放った。
滅気薬弾に着弾し、爆発する。内部の薬品が空気中に散布された。クラウ・クラウはそれを避けるように一気に飛翔する。そして拡散した薬品の煙を目晦ましに、シグルドもまたスラスターの魔力をカットし推力を無くすや自然落下していく。その際に艦を一瞥すると、次々と部下が射出されてきていた。
視線を戻し、そしてレーザーブレードを一閃する。
機械の体に滅気薬弾は通用しない。故に単なる目晦ましでも有効だ。だが、煙を突っ切り突如現れたシグルドの刃を、クラウ・クラウの炎槍は当たり前のように迎撃する。
「二番煎じが通じるとでも!?」
「………」
機体をも震わす大喝に、筋肉があれば眉根を寄せていただろう。豪快な槍捌きで巨槍が振るわれるのをレーザーブレードで受け止め、その衝撃に左腕がイカれた。鍔迫り合う愚は犯さず落下の衝撃を殺す急制動を掛け槍を受け流し、脚部のスラスターを操作して浮上する。逃さんとばかりに猛追してくるクラウ・クラウだったが、直後に横合いからの攻撃を察知して踏み留まった。
クラウ・クラウの進もうとした軌道上に無数の銃弾が過る。オスカー連隊の魔導兵のものだ。数はザッと見ただけで百を超える。数の差は明白だ。急行してくる魔導兵を一瞥し、しかしクラウ・クラウは嗤う。
「――数の利を得て優位に立ったつもりか?」
「………?」
「殺る気の無い敗残兵如きが、この俺を阻めると思うなッ!」
退けぬ者の気迫が炸裂する。
大喝され、意図の掴めない台詞に反応したのではない。機体内部のセンサーが、自身の周囲に熱源が散らばっているのを掴んだのである。
瞬時に脳内で記録映像を再生する。視覚で得た情報を一秒で再確認し、シグルドは内心舌打ちして自身を第五位界魔術“結界”で包み込む。記録映像の中で、クラウ・クラウが槍を振るう度に火の粉が周囲に飛び散っていたのに気づいたのだ。
四散していた火の粉が意志を持ったように、シグルドを取り囲むようにして集束し、そしてこれまでの規模を遥かに超える極大の爆炎が巻き起こる。結界が軋み、シグルドは無言で護りが破られたのを受け入れた。
機体を蹂躙する灼熱。システムを作動して全身に受けた損傷を一点に集中させ、大破するところを右脚部を全損させるに押し留める。右脚部を根本から喪失して配線から火花を散らしながら、シグルドは難を逃れるべくM61バルカンで弾幕を張った。
追撃が来た。クラウ・クラウはシグルドが魔導兵の中で最たる難敵だと判断したのだろう。オスカー連隊の魔導兵が射撃を加え、次々と自身の背中に着弾する滅気薬弾を無視してまでシグルドを狙う。飛来した数十の炎槍が滅気薬弾の絨毯を溶かし突き進んでくるのに、シグルドは両腕を交差させ頭部を守った。
だが、今度はまともに受けてしまった。ダメージ量を管理するシステムにより重要度の薄い部位を順次自壊させていくも、処理が間に合わない。
(――遠距離専用の機体ではこんなものか。次があれば白兵戦仕様にしろと言わねばならんだろうな……)
白兵戦よりも射撃の方が得意である故の装備だったが、緊急的に開いた戦端で近距離戦闘を強いられれば時間稼ぎが精々である。
得意な間合いでの戦闘ならもう少し食い下がれたものを、と。肉の体を失った故に、こうまで劣化した自身の戦闘力を自嘲しながら、シグルドは頭部だけを残して地上に墜落していった。
堕ちていく中、指揮を引き継いだ副官の指示の下、クラウ・クラウに襲い掛かるオスカー連隊を一瞥し。そして地上に堕ちた彼は、
そしてガラクタを踏み潰そうとしたゴブリンの首を刎ね飛ばし、怪訝な眼差しを向けてくる少年を、シグルドは無感動に見詰めるのだった。
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