僕は銃を執り、学びの路を歩む





 「世界はすべて、狂人によって動かされている」とは誰の言葉だったか。今となってはそれすら朧げだ。

 けれど現在の僕にはそれが理解できる。世界を動かしたいのなら、僕もまた狂わなければならないのだと。







  †  †  †  †  †  †  †  †







 アルドヘルム・ハルドストーン。"僕"の村を焼き、母を殺し、隣人を殺した憎むべきユーヴァンリッヒ伯爵。

 彼が上階へと姿を消すまで、兵士達は直立不動の敬礼を捧げて主君を見送っていた。


「――君達は彼に、いたく忠誠を誓っているようじゃあないか」


 やがて兵士達がコールマン達を、この闘技場の住居区画に連れて行こうとする。

 コールマンはその時、近くにいた兵士に話し掛けた。あの冷血漢に仕える兵士達に嫌みを投げるためではなく、一兵に至るまで曇りない忠誠を捧げる由縁が聞きたかったのだ。

 古代の剣闘士じみた装備の兵士は、コールマンの揶揄するような物言いに、些かも揺らがずに鉄壁の表情で堂々と応じた。後ろめたいものなど何もないと、少年を見下ろす瞳が告げている。


「当然だろう。あの方は王国第一の藩屏、即ち王国と帝国の垣根を越える人類軍の要訣だ。ユーヴァンリッヒ伯爵閣下は決して道を誤らない、あの方を支えることは人類軍の総軍を支えるに等しい。我らの名誉は忠誠なれば、閣下の御為に働く我らは全てを報われている」

「……」

「それに、」


 大袈裟に感じる表現に却ってコールマンの方が当惑させられた。王国、帝国、人類軍の藩屏だって? あの男に仕えることは人類全体に寄与する働きだ、と?

 ……この世界は、果たしてどんな状況なのか。そしてこの発掘闘技都市はどのような役割を担っているのか。

 王国というのがコールマンのいる国なのは分かった。そして帝国という国があるのも。では他に国はないのか?

 知らねばならない。何もかもを知らず、また知ろうともしない姿勢は、コールマンの主観では悪辣である体制への隷属をよしとするのに等しい。何も知らないまま支配を認められるほど、アルトリウス・コールマンは独立心と行動力のない少年ではなかった。


 知識欲を刺激され、義務ではない"知ろうとする意思"を明確に固めつつあるコールマンへと、兵士は一旦切った言葉を面映ゆそうに告げた。


「おれ達はみんな、閣下に感謝している」

「感謝……?」


 慮外の言葉に目を丸くする少年に彼は肯定の意を示す。

 あたかも狂信の徒であるかのような、絶対の忠誠心が彼ら兵士にはあるのだろう。


「そうだ。お前達のように先がない村で生まれ、育ったおれは真綿で首を絞めるように緩やかな死を約束されていた。その状況を打破し、この闘技場へと連れて来てくださったのが伯爵閣下だ。そしてなんの価値もなかったおれに閣下が生きる場所を、生きる意味を与えてくれた。同時に――死ぬ意味をも。閣下はおれ達を駒として利用するが、意味のない使い方だけは決してしない。必ず某かの意味を与えてくれる。おれ達がいずれどこかの戦場で斃れるにしろ、それはきっと大いなる誉れとなるだろう」


 死に意味を……? その言葉に少年が反応する。満面に広がりそうな苛立ちを、無表情の中になんとか押し隠した。

 どの口が言うのだ。母であるアデラインを無意味に殺したアルドヘルムが、母の死に意味を持たせてくれたか?

 そんなものはなかった。死人に意味はない。死んだらそれで終わりだ。残るのは"意味"ではなく、生前に関わった者の思い出だけで。遺品となるものは何もない。全てが炎の中に消えていった。


 沸々とこの兵士へ反感が湧いてくる。しかし膨大な熱を秘めた兵士の口振りを聞いていると、何を言っても無駄であるとしか思えない。彼らはアルドヘルムの忠実な僕で、伯爵への些細な中傷すら我慢ならないだろうと、伯爵を前にして反発した村人達への反応で分かっていた。

 無駄に彼らを怒らせるのは愚の骨頂だ。であればこそ、今は日本の"沈黙は金"という格言こそが金言であった。そんな冷めた目を伏せて、コールマンは兵士の言葉に耳を傾けた。


「無意味な死に溢れる世界で、あの方だけは間違いなく意味を与えてくれると信じられる。なら何を厭うものがある? おれ達は閣下のご命令を、例え汚れ仕事であろうと遂行するのみ。それだけだ」

「……」

「なに、いずれ坊主にも分かる時が来る。例えどんな地獄を見ても、ユーヴァンリッヒ伯爵閣下に害をなそうとは思わなくなるだろう。お前も必ずあの方に仕える同志になれるとは言わないが……大きく見れば冒険者も閣下に――人類に尽くしていることに変わりはない」


 分かったようなことを……コールマンは唾を吐き捨てたい心境で唇を噛む。どんな地獄を見ても、だって? 目の前で母を殺された子供の気持ちが、この男には理解できるのか。それとも理解して言っているのか? だとすれば、ますます度しがたい。ふざけるなと声を大にして罵りたかった。それをグッと堪えたが、しかし無意識に問いを投げてしまっていた。衝動的なもので、押さえきれなかったのである。どれほど利発であっても、コールマンはまだ十四歳なのだ。


「君の名前を教えてほしい」

「……?」

「名前を」


 短く繰り返すと、兵士は逡巡したように告げた。


「……ジョシュアだ」

「――大義の名の下に罪もない人を殺しておきながら、それを被害者の目前で正当化するなんて随分と素敵な倫理観をお持ちだね、ジョシュア。私にはとても真似できそうにない。尊敬するよ」


 ――ああ、莫迦ばかなことを言ってしまった。


 我慢するべきだった。我慢できたつもりだった。だというのに、自分で自分を制御できなかった。無用な溝を、目に見える形で作るなんて浅はか極まる。もう少し自分は賢い方だと思っていたが自意識過剰だったようだ。

 しかしその皮肉へ、ジョシュアは何も言い返してこなかった。ばつが悪そうに目を背け、遠いものを見るようにして呟く。


「すまなかった」と。「許してくれとは言わない。おれが直接手を下したわけではないにしろ、同胞の咎はおれの咎でもある。おれ達を恨む権利が、お前達にはあるのだろう。だが――それでもおれは、もしお前が閣下の前に剣を持って立ったのなら、躊躇なく切り捨てるだろう」

「……」


 コールマンはそれを黙殺した。何を言おうにも、険のある皮肉しか出てこない気がしたのだ。


 フロントの西側につき白亜の壁が左右に開くと、そこにはモダンなホテルにあるような通路が現れた。

 上質な絨毯が敷き詰められ、高い天井に付けられた電灯が温かく通路を照らしている。"ホテルにあるような"と例えたが、まさしくその通りな木製の扉が一定のスペースを空けて設置されていた。


 村人達はそれぞれに個室を与えられるらしい。闘技場で生きるか死ぬかの過酷な環境に置かれることを思えば、破格の待遇であると言えた。てっきり劣悪な雑居施設に押し込まれると思っていたから、これには素直に驚かされる。

 入れと促され村人達は部屋に入らされていく。コールマンに与えられたのは111号室だった。そのドアノブに手を触れると、表札に青白い燐光が走り"コールマン"と登録名が浮かび上がる。


 ぴたりと動きを止めたコールマンは、後ろに付き添っているジョシュアに訊ねた。


「……さっきから気になっていたんだがね、今の青白い光はなんだろうか?」

「おいおい……」


 問い掛けに、ジョシュアは呆れたようである。「物知らずか」と呟いてから教えてくれた。


「今のは魔力だ、どんな田舎でも常識のはずだぞ」

「……魔力。は、はは……」


 青白い輝きのあれが、魔力。そういうものだと推測してはいても、いざ他人の口から伝えられると笑ってしまった。

 魔法の源になる精神の力、という奴なのだろう。もはや笑うしかない。しかしそんな笑いもすぐに引っ込んだ。兵士がなんでもないように口にした言葉に、新たな疑問を懐かされたのである。


「お前の村にもあっただろう。夜に点る街灯、テレビやラジオぐらいは。最寄りの都市にある魔力施設で魔力を精製してもいたはずだ。例え悪魔ストリゴイ――魔族との最前線にいたとしても、人類の生存圏に暮らしていたのなら当たり前に見られるものだ」

「――は……?」

「それとも登録名が表札に現れたのが意外だったのか? これは受付の名簿とリンクしていてな、部屋番を割り振られたら名前が表札に現れる。ドアノブに触れた者の魔力の波長をキャッチして、部屋の主以外は入れないようにしてある。最低限のプライバシー保護だ。尤もここの管理者側の人間にはそのロックも簡単に外されるがな」

「――」


 まるで、魔力が電力か何かのように扱われている言いぐさだった。思わずジョシュアへと振り返る。

 なんだとでも言いたげな顔に、コールマンは質問した。


「魔法は……ジョシュアも使える?」

「は……? いや、何を言ってる。当たり前だろう。たかが魔法など、そこらの子供にだって使えるさ。お前だってそうだろう、コールマン? まあニュアンスから聞きたいことは分かったが、魔導騎士の扱うような魔術は無理だな。あれは相応の才能と、相応の訓練を要する。おれには才能がない」

「魔術……。では魔力は営みの中で消費されるエネルギーか何かなのかな」

「……コールマン。お前は勉強が嫌いだったんだな。分かるよ、気持ちは。だが馬鹿には生き辛い世の中だぞ。勉強をしろ、勉強を。部屋にはネット環境がある。それで調べるといい。使い方が分からなかったら、備え付けの人工精霊の端末に魔力をやって質問すればいい。ほら、もう入れ。お前にばかり付き合えるほど、おれも暇ではない。鍛練の時間を削りたくないんだ」


 説教臭く言うジョシュアに促されるまま、コールマンは部屋の中に押し込まれた。その時には既に、ぐるぐると疑問がコールマンの頭の中で踊りはじめている。


 ――魔法の他に、魔術というものがある? 魔法の上位が魔術ってことか。そしてそれは惑う・・騎士……いや魔導Sorceryか。ともかく、魔導騎士とかいう人でないと魔術は扱えないみたいだね。……知ってはいたけど日本語のニュアンスは難しい……"魔法"も"魔術"も一緒でいいじゃないか。なんだって名前を変えるんだ……。


 疑問と愚痴は手を取り合って仲良くダンスを踊っている。しかし自分に与えられた部屋に入っていくと、そのダンスも急遽停止させられた。今日何度目かになる小さな驚きがあったのだ。


 元の世界と比較しても、普通の部屋だったのである。ベッドが一つあり、デスクの上に液晶テレビがある。バスルームもあって、リビングも一人で暮らすと考えれば充分過ぎるほど広い。台所まであるではないか。

 ホテルというよりマンションの一室のようである。暗かった部屋はコールマンが入るなり明るくなって、その全容を過不足なく見渡せた。コールマンのいた村と比べて、かなり様相が異なっている。"アルトリウス"がコールマンになる前の村の姿は知らないが、焼かれる前の村もこの都市の最低水準にも及ばないのは明らかだ。ここまで差があるものなのか、と愕然としそうである。


 ふらふらと歩み、ベッドに座る。


 するとドッと疲れが出てきた。日本へ留学に向かうための飛行機に乗ろうと空港に来ていたはずが、突然異世界の自分に成り代わっていて。村が焼かれていて。母が殺されて。この発掘闘技都市まで連れてこられた。

 その間に見聞きした情報だけで頭がパンクしそうなのに、さらに氾濫した大河のように知らないものが多すぎる。しかも冷静に考えてみたら、厳密にはこの世界では天涯孤独のはずなのに、父や殺された母に対して元の世界の父母に懐くものと同じ感情がある。

 頭がおかしくなりそうだった。ここまでよく頑張った方だろう。休んだって罰は当たらない。


 ――僕が乗せられていた馬車は、防音処理がされてたんだろうな……。


 休もうと思うのに、横になっても目は冴えていた。つらつらと思考してしまう。馬車から降ろされた時、突然この都市の喧騒が耳に入った時の衝撃は計り知れない。

 そしてユーサーやエイハブが馬車の中で壁を殴打するなり暴れていたのに、びくともしなかったのにも疑問がある。見た目は木製だったのに、どうして小揺るぎもしなかったのだろう。魔法か何かで強度を上げていて、人間の力だと破壊するのは不可能だったのかと想像するしかなかった。


 ――青白い光は魔力……都市ここにはそれがどこを見てもあった。電力としてだけじゃなくて、十八世紀までの主要エネルギーの水力、風力、鯨油、炭、薪……産業革命以降のエネルギー源である石炭、石油、天然ガス、原子力、太陽熱とかの代わりにもなるのかな……? エネルギー資源に悩まなくてもいいのだとすればとんでもなくエコだね。全てのエネルギー性質に置換できるのかもしれない。……じゃあ魔法は? 魔法と魔術のエネルギーも魔力……なんだよね。いや想像だけで決めつけちゃダメだ。調べないといけない。いけないんだけど……調べる? どうやって?


 染み一つない天井を見上げながら全知を振り絞るも、やはり分からないものは分からない。コールマンは起き上がる。どうにも眠れそうになかった。


 ――ジョシュアはここにネット環境があるって言ってた。ネット……どうやるんだ?


 見渡すも、それらしき設備は見当たらなかった。液晶テレビはあるが、パソコンがない。キーボードもマウスもない。これでどうやってネットに……。


 ――ああ、そういえば"人工精霊の端末"って奴に聞けばいいって言っていたっけ……。魔力をやって、って。


 その魔力をやる、というのはどういう意味なのか。

 やる・・というのは『あげる・与える』という意味なのか。それともなんらかの形で干渉するのか。

 曖昧なニュアンスの日本語は本当にやめてほしい。そもそも魔力とはどう扱うのだろう。どうやらかなり一般的なものらしいが、そんなものがコールマンに分かるはずもない。

 魔力の使い方はどうするのだろう。それが分からない。とりあえずその人工精霊の端末というものを探してみた。

 部屋の中をうろうろと散策する。ベッドの下を覗いてみたり、デスクの上や下、テレビの裏、バスルームの中。水洗トイレや台所。くまなく探してみたが見つからない。冷蔵庫なんてものもあったから開いてみると、ミネラルウォーターがあったので手に取った。


 ――ペットボトル……あるんだ、これ……。


 まあいいかと深くは考えない。それより端末とやらを探さないといけない。しかし虱潰しに探しても、それらしきものはどこにも見当たらなかった。

 どういうことだと若干苛立ちはじめた時である。不意に、コールマンの目の前へ半透明の球体が現れた。これにコールマンはひっくり返りそうなほど仰天する。


「Oh dear!?」


 それは日本の怪談で出てきそうな人魂、鬼火のような球体である。ほんのり発光していて半透明のそれである故に、どことなくおどろおどろしい印象があった。

 人魂めいたそれは、コールマンの前でゆらゆらと揺らめいていて、思わずそれを注視してしまう。コールマンの視線を受けてなのか、それはシステムチックな機械音声を発した。


『はじめまして。ワタシは"人工精霊アビー"の百十一号室担当端末です。闘技施設登録者"コールマン"ですね? 確認のため照合を開始します』

「え、あ……」


 戸惑うコールマンを置き去りに、人工精霊アビーの端末を名乗る人魂からレーザーポイントのような赤い光が発されてくる。それが額にあてられた。


『照合開始。――魔力形質、一致。魔力波長、一致。登録者"コールマン"の照合データに一致しました。"コールマン"に伝達。闘技施設にて労働へ従事するにあたり、武装の習熟に移行するのを推奨します』

「え?」

『武装の一覧をご覧になりますか?』


 その問いを、コールマンはたっぷり十秒間かけて呑み込んだ。

 ……どうやらこれが、人工精霊の端末らしい。魔力をやる・・ことはなくても、向こうから勝手に出てくることもあるらしかった。嘆息してコールマンは言う。試しに英語で言うが反応はなかったので、仕方なく日本語で言った。


「……その前に、魔力の使い方を教えてほしいね」

『"コールマン"からの質問に基づきデータベースを検索。検索終了。アビーより発問、理論に基づいた回答と曖昧で体感的な回答、どちらを提示いたしますか?』

「……後者で頼もうか」

『回答いたします』


 機械的で女性な音声に、コールマンはなんとか落ち着く。アビーはあくまで求められるまま述べた。


『魔力の操作を可能とするのは、一般的に五歳からとなっております。彼らは体感的に、主に指先から魔力エネルギーを放出し、その際に指先に微かな痺れを感じるそうです。またこの時、指先から発火・漏水・漏電する例もありますのでご注意下さい』

「……痺れ、ね」


 日本人大学生の友人に、長時間正座なるものをさせられた時に感じた脚の痺れをイメージし、それが指先にあるような感覚を想像する。

 が、まったく何も分からない。コールマンは肩を竦めた。


「分からないな。どうやら私には、魔力を扱うのは無理なようだよ」

『不可能ではありません。生きている人間ならば必ず使用を可能とします。現に魔力形質、魔力波長を確認できておりますので』

「……」


 このアビーという人工精霊、人工知能だとすればかなり凄まじいのではないか。コールマンはそんなことを思う。

 さておき、コールマンは諦めて投げ槍に言うしかない。


「無理なものは無理だぁね。アビー、よければ扱い方を教えてくれないかい? 無理だろうけどね」

『可能です。"コールマン"は魔力発現不調症にあたると推定し、治療法を検索。検索終了。治療を開始』

「え?」


 当惑するコールマンへ、アビーは再びレーザーポイントのようなものを放ってコールマンの全身を二秒で読み込んだようだ。虚空に浮かび上がったモニターが、コールマンの生体図を映し出している。

 そんな場合ではないはずなのに、コールマンは感心した。いよいよもってこの世界の文明は自分の理解を越えているらしい、と。


 するとアビーが点滅した。


『患部は魂魄。レッドカラーの魔力形質に異常を発見。微かな痺れを感じるかもしれませんが、なんの問題もございませんのでご安心を』

「ああ、うん……あ、なにかビビッと来た……」


 痺れというより、何やら気持ちのいい感覚がした。形容するとしたら……ほどよい力加減でツボを圧された感じ、だろうか。コールマンは目を細める。もう少しこうしていたいと思う感覚だ。


『治療完了。魔力の使用が可能となりました』

「……?」


 言われるも、特になんの変化も感じなかった。――いや何かおかしい。体温が上昇していくような……体が火照っている気がする。次第にそれが高まっていくのに、得体の知れない不安を刺激された。

 コールマンは浮き足だってアビーに助けを求める。


「あ、アビー……体の調子がおかしい、どうすればいい?」

『塞き止められていた魔力が噴出しようとしています。オペレーティングシステムを起動。魔力行使を補助いたします』

「助かるよ……」


 球体から触手のようなものが伸びて、それがコールマンの額に当てられた。物質的な接触はないと感じるのに、確かに触れられている。不思議な接触だ。

 体の中に生じた熱へ、指向性が与えられる。アビーが言った。『魔力を右手人差し指に伝達。逆らわず熱を吐き出してください』と。コールマンは素直に従った。なされるがままだ。


「ああ――なんてことだよ。はは……私は魔法使いになってしまったのか……」


 目の高さに掲げた人差し指からライターのように火が吹き出ている。いやライターというよりも、点火されたガスバーナーと言った方が適切か。

 自身の体からそんなものが出ているのを目にして、コールマンは呆然と呻く。アビーが言った。


『以上で"コールマン"の質問への回答、魔力発現不調症の治療、および魔力行使の補助を終了しました。武装の一覧をご覧になりますか?』

「……どうしても見てほしいんだね」


 感動やら、失望やら、高揚やら。混沌とした情動に犯されていたコールマンは、アビーの言葉に苦笑する。

 なんとか自身の感情を抑制して、コールマンは頷いた。一覧を見せてほしい、と。どうせ荒事をするなら、こうしたものにも手は抜けない。命がかかっているのだから。


 再び虚空へモニターが投影される。剣や槍、楯……様々な種類があった。剣で言えば長剣、短剣、刀、カトラス。槍は長槍、短槍、薙刀、鎌。楯は円形の小楯、手楯、大楯、壁楯などで多様な形状。防具もある。古今の国々の様々な鎧甲冑だ。それぞれに重さや長さを示すグラフがある。

 中には銃器もあった。魔導銃というものだ。拳銃からライフル、ショットガンまであり、弾速は一番速いもので950m/秒らしい。弾丸は、これまた魔力で固められた非物質で対実体・対霊体にも有効なのだとか。それは剣や槍などにも言えることらしいが。


『闘技施設内でなければ支給武装は攻撃能力を持ちません。刃物には刃引きがなされ、重量も零とされます。銃器におかれましては引き金は引けず、魔力の装填も不可能』

「……アビーはどの武器がいいと思うんだい? 私は銃にしようと思うのだけどね」

『銃器の使用は推奨いたしておりません。貧弱な武装です』


 銃が貧弱……? 素人だから詳しくないけど、決して弱いカタログスペックではないように思うのだが。


「なぜ弱い? 私の目には充分強いように映る」

『回答します。魔力を使用し身体機能を強化した戦士は、一部を除き弾丸を視認してから回避、防御、切断を可能とします。また着弾しても一発で行動不能になる戦士は存在しません。付け加えますと、弾丸よりも速く走行を可能とする戦士も多数存在します』

「……」


 なんだそのスーパーマンは。コールマンは眩暈がした。そんな化け物と戦わされるのか? それにそんなスーパーマンが命の危険を感じる難易度のダンジョンに挑戦させられるとか、初日で死ぬ未来しか見えない。


「なんで、それで銃器なんかが残ってるんだい……? 作るだけ無駄じゃあないか」

『無駄ではございません。銃器の持つ特性により、一部魔族には有効となる場合があります。しかし闘技施設においては無用の長物かと』

「なら一覧に載せる必要はないね」

『訓練器具として使用することは可能です。無駄ではございません』

「……とりあえず拳銃を一つ、試しに貸してくれないか?」

『武装発注申請を受理。武器庫より転送。訓練しますか?』

「できるなら」

『訓練の申請を受理。仮想空間を展開します』


 アビーが言うや否や、コールマンの手に平均的な拳銃が転送されてくる。顔を引き攣らせてグリップを握ったコールマンは、室内の様相が一瞬にして様変わりしていくのに卒倒しそうになる。

 室内が長方形の射撃場となっていたのだ。遠くに的が見える。なんだそれは、なんだこれは。悪い夢でも見ているようではないか。あるいはもう、実は眠ってしまっているのではないかと疑って、頬をつねってみる。痛みがあった。


「……はあ。現実、これが現実か。とんでもないね」


 銃を両手で構える。引き金に指を添え、的を狙い引いた。

 しかし弾は出ない。首を捻ると、魔力を充填してくださいとアビーに言われた。無茶を言う……しかし先程の感覚を思い返しながら魔力を銃に込めてみると、撃てる気がして引き金を引いた。


 発砲。


 反動はない。百メートルは離れていた遠くの的が、掠めただけで消し飛んだのに……これが貧弱な武器かと苦笑した。



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