ー3ー

「別に仕込まなくても良くない? 丞尉何でもできるんだから」

 リビングに移動している波那は早速親友に物申す。

「先のことを考えてる以上、生活となるとさすがに厳しいなぁ……ただ仕方無い面もあるんだよ、小さい頃から受験戦争の中にいて、参考書と筆記用具しかまともに持ったこと無いらしいんだ」

 丞尉は恋人の家事仕事のできなさを一概に批判している訳ではなかった。彼女の両親は特に語学教育に熱心だったそうで、日替わりで外国語の家庭教師を付けての勉強漬けだったようだ。

「それでもたまには息抜きしたいだろ? せめて家事仕事なら将来的に必要になるから手伝いをさせてくれって言っても、そんな暇があるなら単語の一つでも覚えなさいって」

「じゃあご両親は一生傍に付いててあげるおつもりだったのかしら?」

「だと思います、ただ俺が家事できるのを知って変に安心されちゃって。それでも本人は何とかしなきゃって気持ちはあるみたいで、最近ゴミの分別はするようになったんです」

「大丈夫だよ、ちゃんと前進してるじゃない」

 波那はキッチンを覗きながら小声でそう言った。

 その頃愛梨はゆっくりながらも根気良くシチュー作りに取り組んでおり、時折本を真剣に読んでは作業をするを繰り返している。三人とも一切の手出しをせずに待つこと二時間、彼女にとって人生初の手料理が完成し、四人は早速試食してみることにする。

 盛り付けだけは波那も手伝い、二人で四人分のシチューをテーブルに並べた。薫りは美味しそうに仕上がっており、具の形はともかく見た目もほぼ問題無い。

「いただきます、美味しそうだよ」

 波那は皿を覗いている丞尉を促す。緊張した面持ちの恋人の前でシチューをすくって口に入れる。そしてじっくり味わうと嬉しそうに笑顔を見せた。

「美味いじゃん、練習したらすぐ上達するよ」

「ホントに?」

 愛梨は安堵の表情を浮かべ、波那と早苗もシチューを食べ始めると、思いの外上出来で全員あっという間に完食してしまった。

「俺より才能あると思うなぁ」

 特に丞尉は彼女の料理の出来に感激しておかわりをするほどだった。仕掛人早苗はこの出来映えを予測していた様で、味には満足していたが二人ほど驚きの表情を見せていない。

「やっぱり思ってた通りだったわ」

「えっ? どういうこと?」

「愛梨さんみたいに本来仕事のできる女性は家事仕事だってお手の物なのよ。これまで誰にも教わってこなかったからできなかっただけ」

 早苗は幸せそうにシチューを食べる二人を見ながら波那にこっそり耳打ちする。

「これが自信に繋がってすぐに料理上手よ、とても美味しくできてるわ」

 麗未より上手よ。早苗は娘を引き合いに出して笑う。その頃麗未は母の話のダシにされていることなど露知らず、十年交際している恋人とのデートを楽しんでいた。


 ある火曜日、波那は小田原、奈良橋、望月と共にお弁当を持参して、会社に併設されている公園でお弁当を披露する昼食イベントに参加している。週に一度開かれているこの会は自身の弁当であれば誰でも参加出来るので、メンバーはかなり流動的だった。

 この日は奈良橋のキャラクター弁当が人気を呼び、多くの参加者が写メを撮ったり作り方を教わったりしてかなり賑やかになった。

 その頃昼食から戻ってきた畠中はその光景に、付いてけねぇと嫌そうに避けていった。小田原だけが気付いていたのだが、彼に声を掛けると空気が壊れてしまうのは目に見えていたので、そのまま見なかったことにした。


 そんな畠中を追い掛けていた先日の美青年、この時彼は波那に近付く計画を立てていた。

「あんま邪魔されたくないんだよね……」

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