第81話 つばくろ大将
新緑と青い空が、香る風の中にある。
世間はゴールデンウイーク真っ只中。
それとは逆にこの店は開店休業中。
と、言っても、お客さんが全然来ない訳でも無いので店の扉には“OPEN”の札だけは下げている…
私も特に行きたい所がある訳でも無いので、これはこれで、この店なりのゴールデンウイークの過ごし方になっている。
お客の居ない店内で、普段は使わない陶器のコーヒーカップにブレンドを注ぐ
ほのかな香りが立ち上る。
まことに静かなブランチタイムである。
特製のピザトーストをオーブンに。
ゆったりとした時間が過ぎてゆく…
ふと、窓の外、何か黒い物がスーッと横切ったような気がした。
最初はあまり気に留めなかったが、
“あっ、また!”
よく見ると、燕である。
“もうそんな季節なのか”
私は店の扉を開ける。
少し離れた電線に一羽、ツバクロの大将が長旅帰ってきた若者の様に少し誇らしげに天を仰いだ様子で停まっている。
また、新たな季節の始まりを感じる。
何年も代り映えしないレトロな商店街には、何軒か毎年燕が子育てのための巣を作る。
少し時代からおいて行かれたようなこの街並みも、燕にとっては大切な故郷なのかもしれない。
何でもかんでも新しくするのではなく、無理に変えなくてもいい物もこの世にはあるんだろう…
燕が毎年来てくれるこの街の方が、無理して時代に追いつこうとして変わっていく街よりも、うんと“豊かさ”を持っているのではないか…
そんな気がする…
私はしばらくの間、心静かに、店の扉を開けたまま電線の燕を見ていた。
大海を渡って来たツバクロの大将。
なんだか、私自身も大海原を飛び渡って来た様な気になってしまう…
そんな時、老犬が“ワン”と吠えた。
“アッ‼”
慌ててカウンターに戻ったが、特製のピザトーストは真っ黒に焦げていた。
「あ~あ…」
老犬がこちらを見てシッポを振って笑っていた。
電線に停まっていた燕も、スーッと皐月の空へ舞い上がって行った…
抜けるように青い皐月の空へ…
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