第70話 ミルクココア

 冬になるとココアがよく出る。


 私の店のココアは特にどうということは無い、何の変哲もない、ただのミルクココアであるが、この店では小さなバタービスケットを2片添えて出している。


 これは先代からの継承である。


 ビスケットとクッキーの違いを私は知らないけど、聞いた話ではビスケットが英国でクッキーは米国なのだそうだが…


 これも正しいかどうか…


 私的には、クッキーという方が何だか今風の様な気がするが、こればっかりは先代からのメニューなので、やはりビスケットなのである。


 しかし、実は先代の時から先代が買ってくるビスケットの袋には○○のバタークッキーと書いてあるのだった。


 そのことで私は今でもちょっぴり複雑な気持ちになる…


 ともあれ、この、ビスケットを2片ココアに添えるということで、冬はココアを飲んでくれるお客も多い。


 私の記憶では、幼い頃、コーヒーは大人の飲み物という印象があり、家でもコーヒーはなかなか飲ませてもらえなかった様な気がする…


 しかし、ココアは何故か許された。


 特に牛乳を注いで飲むミルクココアはO.K.だったので、私は好んで飲んでいた。


 なかなか溶けないココアの固まりを必死になってスプーンでかき混ぜていた様な記憶がある。

 そして、なかなか溶けずにスプーンにくっついているココアを口に含んで、カプッと食べると口の中にココアの苦みが広がって、慌てて牛乳で少し茶色っぽくなっているミルクココアを飲む…

 やたら大きなマグカップ…

 それを両手でしっかり持って口に含み、口の中でクチュクチュとココアを溶かして飲んでいたような…


 今となっては遠い昔の、セピア色というかミルクココア色の思い出である…


 そう云えば、その頃から私は砂糖は入れないでミルクココアを味わっていたような気がする。


 この店でも、ミルクココアには砂糖を入れない。

 その代わりのビスケットなのだ。


 ビスケットの甘さとミルクココアのほろ苦さ…

 それを好んで来てくれる客も多い。


 それぞれの幼い頃のココア体験を思い出しながら飲んでもらえれば最高である。


 カウンターから窓越しに外を眺めると、雪混じりの冷たい雨が降っているようで…


 幼稚園帰りの子供が小さな黄色い傘を差して、前を行く母親の足元を追いかけように通り過ぎていくのが見えた…


 


 

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