第64話 師走の初雪


 静かにチラチラと雪が舞い降りてくる。


 サックスを首にかけたまま、彼女は、両の手のひらでそのひとひらを受け止める。


 河原―


 風は無く、空は雲に覆われた鉛色。

 

 一緒に散歩に来ていた老犬はしゃがみ込み、彼女のサックスを聞いていたが、彼女が吹くのを止めたので、ふと顔を上げる。


「やっぱり、寒いはずだよね」

 彼女は手の温もりの中で静かに溶けていく雪を見つめ、老犬にそう呟く。

 そして、少し残念そうに、

「仕方ないなあ…」

 と、サックスをケースの中に片付けてる。

 僅かではあるが、サックスを濡らすわけにはいかない。


 サックスケースのジッパーを閉めると、彼女は少し丸めた手に息を吹き込む…


 確かに寒い。

 しかし、彼女はむしろその寒さとチラチラ舞う雪を楽しんでいる様でもあった。


 そんな彼女がふと気配を感じ、河原の土手の方を見上げて、ようやく、新聞紙にくるんである小さな包みを抱えている私に気づき、

“どうしたの?”

 と、いう風に私を見上げている。


「あんまり、遅いからさ」

 と、私は彼女たちの所まで降りていく。

 私は両手で持っている新聞紙の包みを転んで落とさない様に、いつもよりも慎重にゆっくりと河原の土手を降りていく。


 新聞紙の包みをまるで宝物のように、慎重に慎重に降りていく。


 ようやく無事に、彼女たちのもとに到着。


 私があんまり大事そうに新聞紙の包みを抱えて降りてきたので、彼女たちは私がいったい何を持ってきたのか興味深々…


 私は、そんな興味深々の彼女たちの前で新聞紙の包みをゆっくりと開いてみせた。

 

 新聞紙に包まれている物は、なんと、温かくてホクホクの”焼きいも”。

 

 ここに来る途中で、商店街の八百屋さんが冬季限定で始めた“焼きいも”である。

 それを見た途端、彼女と老犬の目がキラキラと輝きを増した。


 そして、贈り物を届けに来てくれたサンタクロースを見るかの様に、幸せそうな顔をしてくれた。


 土手に腰を下ろし、アツアツの”焼きいも”をポッカっと二つに割る。

 湯気と共に甘い香りが拡がる…

 その一つを彼女に。


 彼女は幸せそうに受け取ると、その芋のひとかけらを取ると、ふーッと冷まし老犬に…

 老犬は、待ってました!と言わんばかりにパクリ。

 その様子を優しく見つめる彼女…


 老犬に何度かあげた後、残りの芋を温かそうに両手で持ちながら美味しそうに口にほおばる。


 河原で、二人と一匹が並んで”焼きいも”を幸せそうに…


 初雪が静かに師走の空に舞っている…



 

 



 


 



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