第61話 枯れ葉の落ちる音…
秋が色づき始めた木々。
黄…
赤…
白い季節を迎える前の青い空とのコントラスト。
彼女風に言うと、
“瞬きするのも勿体無い”位の色鮮やかな時期である。
風のない秋の午後…
河原にある大きな木。
何という木なのかは知らないけれど、その木の下で…
私と老犬を連れだした彼女は、老犬の”シッポ・タクト”に合わせておどけながら秋のメロディを奏でている。
私は腰を下ろし、老犬は伏せたまま目を閉じて、心地良さそうに彼女の演奏をリードしている…
彼女が自然体で吹くメロディは彼女独特のテンポがあり、それが妙に心地よい。
彼女は無意識にそう演奏していて、それが実に自然なのである。
その事を教えて褒めてあげたいなと思うのだが、そうすると、逆に意識してしまって折角の演奏がダメになってしまうのではと思い、言えないでいる…
木の枝から一枚の枯れ葉が離れた時、彼女はそれを見て演奏を止めた…
そして、静寂の時…
彼女は目を閉じて、耳を澄ます…
静かに落ちてゆく枯れ葉…
そして、枯れ葉が地面に落ちる…
彼女は眼をあけて、
「聞こえた?」
と、私に問いかけてきた。
「エッ? 何が?」
と、不思議そうな顔をする私に、
「今、枯れ葉が舞い落ちる音、聞こえたの。落ちる音。地面にフワッと落ちた時の音…聞こえなかった?」
私はびっくりした様な、呆れた様な顔をした。
「今ちゃんと聞こえたよ!」
と、ちょっと悪戯っぽい顔で私を見つめ返してきた。
あどけない、おどけたその瞳は天高く澄み切った秋空そのものであった。
そして、その瞳は彼女の母親が時折り私に見せてくれた表情と本当にそっくりで、私は少し照れくさくなってしまい、彼女から目をそらし、更に、それを悟られない様にちょっとだけ不機嫌そうな顔をわざとして立ち上がった…
戸惑いの彼女…
老犬も顔を上げ私の方を見る…
私は天を仰いで目を閉じた…
“このままではいけない。このまま帰ってしまうと、なんだかずっと気まずいま
まになってしまう…何か言わないと…”
しかし、何も思いつかない。
彼女は少し寂し気に、
「ちゃんと聞こえたんだけどなあ…」
と、つまらなそうに言った。
老犬は、その寂し気な彼女を察したのか、ク~ンと彼女に寄り添う…
彼女は老犬を撫でながら、
「ありがとう。君にも聞こえたよねえ」
更に尻尾を勢い良く振る老犬。
老犬の軽い裏切りを感じる私。
私は不機嫌そうに、
「…大人になるとね、大人になると、そういうの聞こえなくなってゆくものなんだよ…」
すると彼女が、
「ふ~ん…そうなの…アッ、それって、モスキート音みたいなもの?」
と、意表を突く質問!
「いや、それとは絶対違う‼」
と、大きく首を振る私。
「そうよね」
彼女は、自分でも馬鹿な質問をしたなあと思ったのか、ペロッと舌を出して、また、あどけなく笑って見せる。
私も何だか馬鹿々々しくなって、秋空に向かってひとつ大きく背伸びをして、
「さあ、そろそろ帰ろうか」
と、彼女を促す。
帰り支度を始める彼女を見ながら、
“そうか…モスキート音か…”
彼女の言った言葉を思い出す。
彼女には聞こえて、私には聞こえなかった…
”そうだなあ…これは、私の心の中のモスキート音なのかもしれないなあ…”
彼女には確かに枯れ葉の落ちる音が聞こえていたのかもしれない…
私はいつの間にかそういう感覚を忘れてしまっていて…
”もう少し、感受性の豊かさを持っていたいものだあ…”
と、感じた…
彼女はもうすっかり機嫌を直し、
「さあ、帰って、温かいコーヒーを飲みましょう」
と、老犬に語りかけながら、サックスケースをひょいと担いだ。
秋の日は釣瓶落とし…
少し長くなった二人と老犬の影が、家路へ…
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