第55話 モーニング ラッシュ
ミス・モーニングとの別れの日、いや、ミス・モーニングの旅立ちの日が近づいている。
どう噂が広がったのか分からないが、この店では、私がミス・モーニングに片想いしていて…その想いをミス・モーニングに伝えられないでいる…
という事になっているらしい。
そんな折に起きたミス・モーニングの婚約話。
常連さん達は、
「もう…マスターがモタモタしてるから。あんな美人、二度と現れないよ」
「向こうだって待ってたんだよ、マスターのプロポーズ。きっと」
みんな無責任に言いたい放題。
からかい半分で、この店のコーヒーを楽しんでくれている。
私も冗談と分かっているから、別に悪い気はしない。
そうだなあ…例えば…
恋に破れたミス・モーニングが雨に濡れて店の前に佇んでいる…それに気付いて店の外に出てくる私…ミス・モーニングが私に気付く…目には一杯の涙…堪え切れなくなったミス・モーニングが私の胸の中に飛び込んでくる…そして、私の胸に顔をうずめて泣く…
なんてね…
そんなドラマチックな事は一切起こらず、ミス・モーニングの恋愛物語は順調に進んでいる様である。
噂は噂を呼び、遂には、私がこの店を閉めて故郷へ帰ってしまう事になっているらしい…
全く困ったものである。
そして、私をそんなボロボロにした女の人とはどんな女性なのかを確かめたくて、朝になんか来たことのない常連さん達まで集まっていて…
今この店はちょっとしたモーニングラッシュになっている。
しかし、常連さん達もちゃんとわきまえていて、ミス・モーニングに話しかけたりはしない。
みんなバレないように、チラチラとミス・モーニングの方を見ては、コーヒーをすすっているのである、が…
“みんなバレてますよ”
やがて、一目見て気が済んだのか、そのうち、“朝の一見さん”達は、一人減り、二人減り、暫くすると普段通りの朝の風景に変わっていた。
しかしそれでも…確実にミス・モーニングとの別れの朝、“ラストモーニング”は近づいている…
私自身、“へえ~、こんな気持ちになるのかぁ~”…
少し自分の心の有り様が自分でも不思議に感じる…
寂しいというか…
よく世間の人が”心にポッカリ穴が空いた感じ”とか言うけれど、なるほど、こういう事を言うのかなと思ってしまう位に、胸の奥底が痛む…
私にもまだこういう感情が残っていたんだなあ…
つい、自分で自分に照れ笑いをしてしまう…
ミス・モーニングの”ラストモーニング”は笑顔で送り出してあげよう。
と、思うのだが…
朝夕の風の冷たさが私の心には少し辛い…
近くの神社のイチョウの木が黄色く色づき始めていた。
季節は確実に移り変わっている様だ…
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