第53話 with シフォンケーキ
朝夕は多少涼しくなったが、昼間はまだ暑く、夏から秋にかけてのこの時期は、“お天道様”もいったいどうしていいのか分からない様で、突然の激しい雷雨。
こうなると私の店では、閑古鳥が鳴く。
新たに入店する人も無く、私はテーブルを拭きながら、窓の外、急に降り出した大雨に慌てて戸惑う人々の様子を見ていた。
激しい夕立の後、店の中に再び陽射しが差し込み始めた頃、ずぶ濡れになった彼女がやって来た。
服も髪も荷物も全てずぶ濡れ。
しかし、片方の手が制服の中にあり、何か物凄く大切の物を雨から守るかの様に抱え込んでいた。
「ずぶ濡れじゃないか。どうしたの? 」
と、聞く私に、
「エヘヘ…」
と、笑う彼女。
幸い客も居なかったので、奥からバスタオルとフェイスタオルを持ってきて渡す。
「ありがとうございます」
と、言いながら、ずぶ濡れの荷物をカウンターの隅に置き、それから、制服の中から、なにやら物凄く大切そうに紙で出来た箱をそーと取り出した。
私にはそれは、ケーキを入れた箱にしか見えなかった。
果たしてそれは、将に、ケーキを入れた箱であった。
中にはシフォンケーキが!
「どうしたの?」
と、彼女に聞くと、このシフォンケーキは街外れにある専門店で今すごく流行っているシフォンケーキらしい。
「絶対、ここのコーヒーと合うと思って‼」
なんと大胆にも、よその店の商品を持ち込んで、この店でコーヒーを飲もうというのか‼
そのために、わざわざ遠回りし、夕立に打たれ、それでもケーキを必死に守りながら走って来たというのか⁉。
「とにかく、美味しんだから。マスターも絶対好きになるよ!」
と、箱を開けてくれる彼女は、まだ髪を濡らしたまま。
あまりの展開に戸惑っている私であるが、まずは彼女に、
「先にちゃんと髪を拭きなさい‼」
と、少しきつい口調で言うと、
「はーい!」
と、渋々従いながら髪を拭く。
彼女がわざわざ買って来てくれたんだから、その行為は有り難いが、それが原因で風邪をひかせては元も子のない。
かと言って、私の服に着替えさせるわけにもいかない。
なので、私は店の冷房を切って、ホットコーヒーを入れてあげることにした。
夏のホットコーヒーとよその店の商品のシフォンケーキ。
少し落ち着いたところで、せっかくなので、彼女が買ってきてくれたシフォンケーキを頂くことに。
彼女の言う通り、なかなか美味いシフォンケーキで、ほのかに甘い。
このほのかな甘さがコーヒーと合うのかもしれない。
でも、これならどんなコーヒーとでも合うのではないかと思うが、彼女が、
「ねッ‼ 合うでしょう!」
って、キラキラした目でこっちを見ているので、
「う、うん。よく気が付いたね」
と、言うのがやっとだった。
「ねえッ‼ そうでしょう! 絶対合うと思ったんだ‼」
と、満足げにケーキをひと口。
幸せそうな顔で微笑む。
その笑顔を見ると、私はもう何も言えなくなり、彼女と調子を合わせてこのシフォンケーキを楽しむことにした。
ほんのちょっぴりだけど、老犬にもお裾分けして。
確かにケーキも美味しかったが、それよりも、このケーキのお供に私の店のコーヒーを選んでくれたことが嬉しかった。
彼女は、シフォンケーキとコーヒーを味わいながら、部活の事やクラスの事などを楽しそうに喋るだけ喋って、大満足して帰って行った。
店の表で彼女を見送りながら、
“あれだけ元気なら、風邪も逃げ出すだろう”
彼女が帰った後の店内は、やたら静かに感じた…
商店街の歩道にある花壇から、秋の虫の音が…
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