4-17 もうボッタクリするしかない
「工場作る前に、取り敢えず、教科書の製本しちゃいたいな。せっかく印刷までしたんだからさ。」
木村純はやりかけの仕事が気になるようだ。
「あれ? 教科書って今どういう状態だっけ?」
ゲレム帝国入りしてそれどころじゃなかった理恵としては、ティエユの町での事業はあまり頭に残っていないようだ。
「でかい紙に印刷しっぱなし。切って製本しないと。原稿とかも苦労して書いたんだからさ、完成させたいよな。」
結城雄介も同意する。
「それって今どこにあるの? トラックに積んだまま?」
「トラックだね。」
「他に何持ってきたの?」
「ロール紙に、作った刷版全部。」
「サッパン?」
「ほら、印刷の元になるヤツだよ。字とか絵とか焼き付けてあるアルミ板。」
「ふうん。他は?」
「魔石は半分くらい持ってきてる。あとは、魔物素材とか薬草とか色々積んでたはずだな。それに、緑星鋼の鍋だかなんだかと、あとはみんなの服とか武器とかと布団とか。」
「武器は、まあ、必要ないけど、魔石かあ。何個くらいあるか分かる?」
「さあ。そっちはあまり関わってなかったからな。ちょっと数とかは分かんねえわ。」
「ごっちゃり有ったよ。十とか二十って数じゃない。百個単位で持ってきてるよ。」
「他のチームとの兼ね合いもあるし、優喜様に相談する必要あるね。」
少し考えてから理恵は言った。何やら色々と企みがありそうだ。
「印刷工場って、人数どれだけいれば良いかな?」
「現状だと殆ど要らないですよ。原稿書く人の方が足りないから。」
「あああ、作家ね。それと出版社か。工場作りながら考えないとね。取り敢えず、製紙工場は絶対作るから。本にしなくても、紙なら使い途はあるからね。羊皮紙ってバカ高いし、数出回ってないし。」
理恵は書類をひらひらさせながら言う。
ここにある書類は羊皮紙か木簡だ。羊皮紙は高価だし、木簡は場所を食って仕方がない。優喜の西洋紙は、少なくとも役所では需要がある。多くの商人にとっても、紙はあった方が嬉しいだろう。
羊皮紙屋さんが死ぬけれど、それは仕方がない。
理恵としては、羊皮紙職人が文句を言ってきたら、製紙工場で雇ってやるつもりでいる。
だからこそ、工場用地を下町にしか考えていないのだ。
「印刷してある教科書って、算数のなんだよね? 方程式とかは全く入っていない感じ?」
理恵は今まであまり教科書作成に関わっていない。彼女は文系であり、算数だの数学だのはあまり得意ではない。
「入っていません。基本的な計算と面積とか体積とかの話が第一巻です。」
「二巻って原稿は書き終わってるんだっけ?」
「まだです。そもそも、どこまで書くのかも決まっていない状況です。」
「そんな状況か。」
雄介の説明に納得し、理恵はうんうんと頷いている。
「とにかく。やること一度整理しよう。私たちがやらなきゃならない事と、下の文官に任せてしまえる事と分けてやらないと。」
理恵は拙いながらもトップとして考え、指示を出す。
「トラックの荷物回収は私たちがやるので良いんだよね。」
「運転は多分、言ってもできないから、平民組のドライバーチームだね。重い物を実際に運ぶのは職員にも手伝ってもらう感じで。」
「工場の場所なんだけど、この書類じゃ分からないよ。一度、見に行った方が良いんじゃないかな。」
雄介がこめかみを中指でリズミカルに叩きながら唸る。
「そうだね。でも、ええと、ちょっと違う。」
理恵は頭を抱えて頭を捻る。
「ええとね。そうそう。何か問題があったときは、何がどう問題なのかをハッキリさせるの。アレもコレもごちゃ混ぜにしないでちゃんと切り分けて考えて下さい。って優喜様が言ってたよ。」
「問題は、この書類じゃあ工場の場所を決められない。で良いのかな。」
雄介が、難しい顔をしながら再確認する。
「何で決められないの?」
理恵は優喜のモノマネをする。
「だって、こんなんじゃ分かんないよ。」
雄介はそう言うが、それでは具体性に欠けるのだ。
「あ! 分かった!」
突然、理恵が大きな声を出す。
「何があれば分かるの? だよ。だよ! 優喜様なら必ずそう言うってばさ!」
理恵は興奮のあまり、いろんなキャラが混じっている。
「何がって言われてもな。」
「じゃあ、何を見に行くの? 自分で見て、それぞれの場所の何を比較するの?」
理恵は決め顔で言うのだった。
なるほど、本当にちゃんと分かったようだ。
「そう言われると困るな。」
雄介は腕を組んで考え込む。
「お話になりませんねえ。って優喜様に言われちゃうよ。」
「うあ、それ、言いそう。」
「絶対言うよね。超腹立つけど言い返せないんだよね。」
優喜って、どんだけ嫌われてるんだよ。
「だから、必要なのは見に行くことじゃなくて、判断に必要なのは何なのかをちゃんと考えること。じゃないと、見に行っても本当に決められないと思う。」
「で、製紙の事業計画なんだけど。紙ってどれだけ売れると思う?」
理恵は話を次に進める。
「一トン作ったらA4で何枚くらいになるんだ? ティエユと同じにするんだとしたら、一日にそれくらいは作れることになるけど。」
これは佐藤孝喜が答える。
紙の量を枚数ではなく、重量で表されている時点でもうダメだ。何かが間違っている。
「二百枚で一キロくらいだったはずだから、一日で二十万枚くらい作れるってことか。」
「ちょっと待って。そんなに作れるの?」
「材料があればな。」
「まじかー。ちょっと思ってたのと桁が違うなあ。産業革命ってこういう事なんだね。って言うか、優喜様はそんなに作ってどうするつもりだったの?」
作ろうとしている製紙工場の生産能力は、理恵の想像を超えるものだったらしい。半ば呆れ気味に訊く。
「何も考えてなかったって言ってた。紙を笑えるくらい作り過ぎたから、本作る事にしたらしいよ。」
「ちなみにこっちでは羊皮紙って、幾らなの?」
純が素朴な疑問を投げかける。
「一枚で銀貨三枚くらい。宿代より高いんだよね。」
「その値段で売ったら、ええと、一日で銀貨六十万。ざっくり計算すると金貨六千万枚。バカじゃないの? 一日金貨六千万って頭オカシイよ!」
純は計算してみて大騒ぎをする。
「羊皮紙の半額にしても、三千枚だぞ。」
「一割にしも、その数は売れないよ。冷静に考えてみてよ。一ヶ月二十日働くとして、一日に金貨三百枚で、一ヶ月幾らだい?」
理恵が興奮しながらも冷静に言う。
「一万二千だね。十二人でやって、一人金貨一千枚」
「それ、宰相の年収。」
「え?」
「めぐの年収がそれくらいの予定なんだけど!」
「俺ら大金持ち?」
孝喜は考えなしに言うが、そんなに上手くはいかないだろう。
「そんなに紙いっぱい買う人いないって。その量を市場に出したら、値段がもう一桁落ちるでしょううね。」
理恵は現実を見てるが、それでも甘いと思う。現行の羊皮紙より三桁は値段が落ちるだろう。
「ちょっと待って。これどうすれば良いの?」
想定を超え過ぎた生産能力に、理恵は半ばパニックになっている。
「大半は市場には出さないで、宮廷で引き取る感じ? しかも、生産能力を大幅に抑えて。」
木村純が何とか打開策を考える。
「そうだね。毎日フル稼働なんてさせられないよ。って、製紙工場って何で動くの? 薪? 魔石?」
「魔石だよ。薪で動くのって、最初の木工機械だけじゃないの?」
「魔石一個当たりで、紙ってどれだけできるか分かる?」
「満タンの小型五個で、余裕で二十万枚作れる。」
「なんという省エネ!」
「そんなに省エネか?」
雄介が疑問を口にする。
「A4用紙一枚当たり銀貨一枚とします。それを二十万枚作って売ると金貨二千枚になります。」
「高くねえか?」
「いきなり、そんな莫迦みたいに安く出すわけにいかないよ。」
確かに、帝室主導の事業で市場を崩壊させるわけにもいかないだろう。
「で、小型魔石が一個金貨二十枚です。丸太が一本金貨一枚とします。掛ける十してみます。なんと、原価率二パーセントもありません。どんな製造業だよ! ありえないボッタクリだよ!」
理恵は頭を抱えて叫ぶ。
「工場で働く奴の給料は?」
孝喜が経費を加算しようとする。
「一人当たり、一ヶ月で金貨二枚から三枚くらいかな。」
その程度で、理恵の表情が晴れることはない。
「安すぎね?」
「アンタさ、私らみんなでハンターやってた頃、どれだけ稼いでたと思う?」
「一ヶ月で金貨一枚に届かないくらい。」
さすがに点滴穿石で帳簿を付けたりしていただけのことはある。純がかなり正確なところわ答える。
「多い時でそれくらいだね。最初の頃はもっと少ないよ。銀貨七十くらいじゃないかな。」
「え? マジ? 月収金貨二枚って結構高いの? 津田って年収金貨千枚なんだろ?」
「金貨一枚が日本円で十万円以上だと思って。それと、勘違いしないでよね! めぐは国家の宰相なんだから、年収一億円以上だよ。日本の総理大臣はもっと安かったと思ったけど、そこは気にしない。」
平民の一般市民と第一位爵の宰相の報酬が一緒のはずもない。
「いいなあ。年収一億かあ。」
「優喜様はティエユの町に行く前の時点で、それ以上稼いでたけど?」
そういえば、魔導杖を売ってたな。金貨二千枚くらいは稼いでいるはずだ。
特に他の人に言ったりはしていないが。
しかし、雄介たち三人はその辺りは知らなかったようで、しばらく絶句することとなった。
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