4-09 札幌から大阪くらいあるんです

 東の方が白んだ空が、段々と明るくなってきた頃。

 ラジオ体操をしている怪しげな一団が国境関門の前にいた。


「イチ、ニィ、サン、シー、ゴー、ロク、シチ、ハチ……」

 謎の詠唱を繰り返す、やたら元気の良い声が山間に響き渡る。

 そしてそれに合わせて、三十五人の男女が怪しげな踊りを踊るのだ。

 これは一体全体、何の儀式だと言うのか。


「何だお前たちは。そこで何をしている。」

 我慢ができなくなったのか関を守る兵の一人やって来て、怪しげな集団に声を掛けた。


「おはようございます。門が開くまで時間があるようだったので、ちょっとみんなで体操でもしようかって。」

 津田めぐみが爽やかな笑顔で答える。

「体操? 何かの呪術か儀式ではないのか?」

 兵士は胡乱げな目で見まわす。

「違います、違います。硬いところで寝ていて身体が強張っているから、ちょっと運動をしていただけですよ。」


「ところで、お前たちはゲレムに行きたいのか?」

「はい。皇帝の優喜様に呼ばれているんです。」

「ユウキ様? ゲレムの皇帝はミシュエピアだったはずだが。」

「あれ? ご存知ありませんか? 先日、戦争があったのは知っているでしょう?」

「戦争というか、ゲレムから攻め込んできたことは知っている。元々此処を守っていた者たちは皆殺されてしまった。」

 兵士は一度視線を落とし、関門を見上げる。


「戦争はウールノリアが勝ったんですが、向こうは皇帝指揮だったらしくて、それを捕らえたんですよ。それで、新しい皇帝をウールノリアから出したんです。」

 めぐみが経緯を簡単に説明する。

「で、私たちはその新しい皇帝になったティエユ卿の部下で、早く来いと言われているんですよ。そろそろ日の出ですし、通していただけますか?」

「一人、通行料として銀貨七枚だ。」

 兵士は一瞬考えた後、事務的に答える。


「高くない?」

「済まんが、そう決まっているのだ。」

「仕方ないなあ。三十五人だから、ええと、金貨二枚に銀貨四十九枚だね。」

 めぐみが通行料を全員分まとめて支払い、出国証を受け取る。


「出国証って言ってもさ、ゲレム帝国ってウールノリアになったんだろ? これって必要なのか?」

 堀川幸一が疑問を口にする。

「ゲレムがウールノリアになった……?」

 兵士は寝耳に水といった表情で呟く。

「だから、今のゲレム帝国の皇帝はウールノリアの第一位爵のティエユ卿なんですってば。」


「それは本当なのか?」

 怪訝そうな表情で、部隊長と思しき女性が問いかける。

「こちらにはまだ情報が来ていないんですか? 秘密にしている事じゃないはずだし、近いうちに連絡なり通知が来ると思いますよ。」

「あ、それなんだけど、此処の責任者の方ってどちらの方ですか? 王太子殿下と宰相閣下がお話したいと言っているんですが。」

 楓が割り込んでくる。体操を終えて、王宮へと無線で報告をしていたようだ。


「私が部隊長のランツデミですが。殿下がいらっしゃるのですか?」

 ランツデミは突如、王太子との話と聞いて困惑している。

「こちらにいらっしゃる訳ではありません。遠隔地の会話ができる魔法道具で殿下とお話できます。」

「そんなものが有るのか?」

 半信半疑でランツデミはトラックに案内されていく。


「関門の部隊長のランツデミ様をお連れしました。」

 楓が言うと、直ぐに無線機に応答があった。

「宰相のヨコエメズだ。聞こえているか。」

「あ、は、はい、聞こえております。宰相閣下。私はエイネス街道国境関門守護隊長のランツデミであります。」

 無線の前で背筋を伸ばして答えるランツデミ。

「いきなり呼び出して済まんな。このティエユ卿配下の一行が通るという事で都合が良いのでな、各関門に出している命令を直接伝えようと思ったのだ。正式な命令はギオグミア卿経由で出しているので、明日には届くだろう。」

 宰相は前置きが長い。


「話しているだけでどんどん魔力を消費していくのだ。速やかに済ませろ。」

 横からドクグォロスのお叱りが入った。

「申し訳ありません。では、エアネス街道関門への命令を申し渡す。ティエユ卿配下が通った後は、門を閉ざし何人たりとも其処を通すな。以上である。」

「門を閉ざす?」

「戦争を画策している輩がいるらしく、そのような者の息が掛かっているものは通すわけにはいかない。既に入り込んでいるものは出してはならぬ。しつこく食いさがる者は引っ捕えよ。」

 随分と荒っぽい命令であるが、ヨルエ教がどう動くか分からないため、確実な方法を取るしかないのだろう。



 ウールノリアの関門を抜けたティエユ卿配下一行は、エアネス街道を道なりに進んでいく。

 この道は、最近、ゲレム帝国軍が通ったばかりなので、横から伸びてくる草や枝葉は切り落とされ、割と綺麗に整えられており、比較的通り易いものの、見通しの悪いカーブが続くためにスピードは出せない。

 流石に、バスやトラックで、山道のコーナーを攻めるような事はしない。

 道も狭いし、ガードレールなんてものも無いため、何かミスったら死亡確定だ。

 とは言っても、注意しながらゆっくり進んでいても最低でも時速二十キロほどは出ているのだが。徒歩や馬車と比べたら段違いのスピードである。

 ゲレム帝国軍が退治したからなのだろうか、途中で山賊や魔物に襲われる事もなく走り、一時間ほど山道を走るとゲレム側の国境関門が見えてきた。


「全部で三十五人だ。通してもらえるか。」

 詰所の前にバスを停め、運転席の窓を開けて堀川幸一が兵士に向かって声を張り上げる。

 ゲレムの内情がどうなっているのか分からないので、取り敢えず、ティエユ卿の名前や新皇帝配下とか余計なことは言わない。

「そんな大勢で一体何の用だ。」

「私たちはウールノリアからの使節団で、皇帝陛下に御目通り願いたくやって来ました。」

 これは予め考えておいた、それっぽく聞こえる大義名分だ。もちろん、それっぽいだけで事実ではない。

「使節団? そんな話は聞いていないな。」

 デマカセのデタラメなのだから聞いたことが無くて当然だ。兵士さんは悪くない。

「先日、ゲレムからウールノリアに兵が出されたのはご存知ですか? その件ですよ。兵が戦ってそれで終わりなんて話はないでしょう。」

 めぐみも窓を開けて、更なるハッタリをかます。

 とっくにゲレムとウールノリアの間の話は終わっているのだが、下っ端の兵士はそんなことは知らないだろう。

「戦後処理として話し合うことがいっぱいありますから、各方面の者たちを連れてきているのです。」

 よくもまあ、平然と嘘八百並び立てられるものだ。


 だが、めぐみの勢いに押されて、兵士が引き下がっていく。

「ちょっと待っていてくれ。」

 そう言って詰所に入っていった。


 二分ほど待たされた後、詰所から数名の兵士が出てきた。

「人数だけ確認させていただきます。一度、全員その乗物から降りていただけますかな。」

 そう言われると、反論のしようがない。ぞろぞろとバスを下りる。トラックにも声を掛けて全員で一列に並ぶ。

「これで三十五人、全員です。」

 人数を確認して兵士は、書類を一枚幸一に差し出した。

「こちらで間違いが無いか確認をお願いします。」


 人数に入国目的、滞在期間、その後の出国先予定などが、書かれている。

「問題ないよ。」

「では、こちらにサインを。代表お一方だけで問題ありません。」

 言われて幸一は書類にサインをして渡す。


 その後、人数分の入国証が渡されてから門を通過することとなった。

「やっとゲレムに入れたね。」

 楓が疲れた声で言う。ただクルマに揺られているのも疲れるものだ。

 小野寺雅美は、疲れが取れないと言ってトラックの荷台の中で布団に潜り込んでしまった。

「あと四百キロくらいか?」

「優喜様の話だと、それくらいのはずだね。」

「って言うか、一度無線で連絡しておいた方が良くないか?」

「そうだね。無事に国境を越えたってだけでも言っておこうか。」


 トイレ休憩を兼ねて、開けた場所で車を停めると、無線機をゲレミクに繋げる。

「もしもし。こちらティエユヤマトの宅配便の堀川だけど。」

「一体何? そのふざけた名前は。こっちは忙しいんだけど。」

 朝から理恵はやたらと不機嫌だ。

「ゲレム帝国に入ったから、その連絡だよ。」

「ああ、国境を越えたんだ。じゃあ、もうすぐだね。」

「もうすぐって言ったって、そっちに着くのは夕方になるぞ。まだ何百キロだかあるんだから。道だって分かんねえし。」

「関門越えたら道なりに進めば大きな町に着くから、そこで聞いてよ。ロクな地図ないし、道案内とかは無理だよ。」

「分かった、そうする。晩飯用意して待っててくれ。」

「三十五人で良いんだっけ。」

「ああ、頼むな。着いたらメシ抜きとかマジ勘弁してくれよ。」

「料理人に作っておくよう言っておくよ。」


「こっちはそれだけだ。優喜様から何か有るか?」

「今のところ特に何も無いよ。」

「分かった。また昼にでも連絡するよ。そっちは無線の番はいるのか?」

「私、今日はここで書類作業だから大丈夫だよ。」

「何か大変そうだな。」

「大変だよ。早く来て手伝ってよ。」

「へいへい。じゃあ。またあとで。」

「はーい。切るよ~。」


 こうして朝の報告を終えると、バスとトラックは再び走り出した。

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