3-24 ゲレム帝国の帝都 ゲリミク

 帝都南門前に一台のトラックが到着すると、順番待ちの商人たちが揃って間抜けな顔をして振り返る。

 二度見、三度見とかではない。口をポカンと開けて、ガン見しているのだ。

 そんな行列を無視してトラックが進んでいくと、門から何人かの兵が駆け寄ってきた。

「何者だ!」

「これは一体何だ!」

 槍を突き付けて口々に喚く兵士たち。

 優喜は運転席を降りて、荷台に積んであった槍を取り出して告げた。

「私はこの国の新しい主です。そこを通すが良い。」


 絶句する兵士たちに向かって優喜はさらに言う。

「ゲレム帝国はウールノリアとの戦争に敗北し、前皇帝は我が王城に捕らえられています。今日より私がこの国を治める帝です。跪き刃を収めるならば、今、私に向かって刃を向けたことは特別に許しましょう。」


 優喜の言葉に三人の兵が跪くが、一人は優喜を睨んで槍を構える。

「き」

 兵士が何か言いかけたが、言葉の続きを口にする前に、優喜の放ったファイヤービームが一瞬にして息の根を止めた。

 力なく地面に倒れこむ同僚を見て兵士たちに動揺が走るが、彼らが何かをする前に優喜が言葉をかける。

「心配しなくても、私は跪く者を処刑したりはしませんよ。誰か、宮殿まで案内してもらえますか? 立ち上がることを許します。」

「畏れながら、陛下はその乗り物で、宮殿へ?」

 兵士が立ち上がりながら聞く。

「ええ、そうですが、何か問題でも?」

「いえ、こちらからだと道幅も狭く通りづらいので、それに下町を通ります故、陛下のお気に触るような事も多かろうと思いまして。馬車で行くならば、西門から入るのが通例でございます。そのため、この南門からご案内する用意がございません。」


 ということで、優喜は西門から入ることにした。

 畑の畦道を一台のトラックが走っていく。その前を馬が先導している。

 なかなか不思議な光景だ。

 南門から西門まで、馬で七分程度。とはいえ、かなり飛ばして来たので、馬も相当疲れているようだ。

 優喜としてはノロノロ運転に疲れていたりするのだが……


 西門に到着すると、南門と同じように、跪かない者が数名。やはり同じように優喜に瞬殺された。


「逆らう者は処刑ですよ?」

 刃を向ける兵士に向かい、顔色を変えることもなくそう言って、腰に差した魔導杖に手を伸ばす優喜。

 そして、その指が魔導杖に届く前にビームが放たれたのだ。

 敵意を剥き出しにして、身構えている者に対しての正面からの奇襲。

 いつでも殺せる、という示威行為のためには、抵抗を許さず一撃で決める必要がある。一人や二人を相手に梃子摺るようでは、十人全員で掛かれば何とかなると思われてしまう。

 しかし、優喜と相手の力量差を考えると、 確実に勝てる攻撃タイミングは他に無いだろう。相手が無意識的に油断している瞬間を狙って撃つのがベストである。


 圧倒的な強さを誇るように見える優喜だが、実は別に強くはない。

 パワーもスピードもスタミナも大したことがないし、魔力もかなり低い。それでも優喜が勝つのは、その力の使い方が凶悪なまでに絶妙なためだ。

 とにかく、相手の想像の遥かメカ次元の彼方から攻撃をする。


 二人の死体を見下ろして、残る兵士に告げる。

「さあ、どうしますか? 跪きますか? 死にますか?」

「ケルモス、意地を張るな!」

 跪いた兵の誰かが叫ぶ。と、槍を持った兵の一人が苦渋に満ちた表情で跪いた。

 数秒おいて、残る兵士たちもそれに続く。


「私はユウキ・ティエユ・サツホロ・ウスイ。この街を破壊しに来たのではありません。無駄な抵抗をされると本当に面倒臭いのでやめて欲しいですね。」

 優喜は相変わらず相手の気持ちを考えずに言う。

「平民を一々殺すのは面倒なんですよ。これから帝室とか貴族とか殺さなきゃならない人たち盛り沢山なんですから、平民に手を煩わせないで欲しいものです。」

「俺たち平民なんぞどうでも良いってのか……」

「生きていても良い、と言っているのです。死すべき、私が殺すべき人間は、あの宮殿にいるのです。分かったらさっさと案内してください。」

 優喜はそう言って、トラックに乗り込む。


「ねえ、もう終わった? 目隠しもう良い?」

 助手席の茜が聞く。芳香と理恵は途中の町で待機しているため、優喜にここまで同行しているのは茜だけだ。

「まだ死体が転がっていますが、それで良いですか?」

「それグロい? スプラッター? 血の海?」

「ファイヤービームで心臓を貫いたから、比較的綺麗ですよ。」

 そんなやり取りをしている間にも死体が片付けられていき、厩から馬が二頭出されてトラックの前に来た。

「宮殿へご案内いたします。」

 緊張した面持ちで、兵士が声を張る。

 優喜は片手を挙げて進むよう促すと、騎兵が街に向かって歩き出す。


 さすがに街中をカッ飛ばして走るわけにもいかず、外門から城門まではゆっくりと進んでいく。

 曲がりくねった道を何度も折れて進み、一時間ほどで、宮殿の正門前に到着した。


 そして、優喜はまた同じ口上を繰り返す。

「私はこの国の新しい主だ。そこを通すが良い。」

 しかし、兵士の反応は違った。

「陛下が亡くなられたのなら、帝位はソフュメキス殿下が継がれる。断じて貴様のものではない。」

「莫迦ですか? 皇帝は死んでいません。この国が敗北して、私の下に収まったのです。皇帝がそれに同意したのです。あなたごとき一介の兵がゴチャゴチャ言うことではありません。さっさと門を開けなさい。」

 だが、それでも優喜を通そうとしない。

「もう一度言います。門を開けなさい。」

 優喜が高らかに命ずるが、兵士たちは頑なに動こうとしない。

「茜、やっちゃってください。」

 しびれを切らせた優喜が、どこぞの女ボスのような命令を出す。

「はーい。」

 助手席の窓から手と杖だけを出して、茜が土魔法を放つと、城門が砂となって崩れ落ちる。

 強力な魔法攻撃に耐えるはずの城門がレベル四の魔法の前に為す術無く崩壊していく。木と鉄を何重にも貼り合わせた堅牢な扉も、砂の柱では支えられない。轟音を立てて倒れ込む。

 近くにいた兵士たちは巻き込まれ、下敷きになりそうになり、慌てて逃げて行く。

「私は流す血を最小限にしようとしてあげているんですよ。これ以上逆らうならば処刑しますので、そのつもりでお願いします。」

 真っ青になっている兵士たちに、優喜の冷たい言葉が突き刺さる。


 馬車置場にトラックを停めると、優喜は皇帝の槍を手に、城内へと歩みを進める。

 その後ろに従うのは、帝国の旗を抱えた茜だ。たった二人で敵城に乗り込んで来たのだ。

 トラックには他にも色々と積んでいるが、とりあえず置いておくようだ。まずは城内の掌握を先に済ませることを優先する。それが済ませねば、着替えもできない。


「お前たちは何をしに来たんだ。この国をどうするつもりだ?」

 優喜たちを取り囲む兵の一人が声を張り上げる。

「何って、戦争を引き起こした愚かな帝室とそれに賛同した貴族を処刑するんですよ。この国は別にどうもしませんよ。普通に平和に暮らしていただければ良いんじゃないですか? どうしても戦争をしたいと言うならば滅ぼしますけど、別に民草はそんな事は望んでいないのでしょう?」

 優喜の言葉に、兵士たちは呆気に取られている。

「じゃあ、アンタは、いや、陛下は俺たちに何もしないと?」

「あなたたちが跪くならば、私は皇帝として臣下の兵を庇護しますよ? 反逆するなら処刑しますけど。そんなのどんな王だって当たり前でしょう? 自分の兵や民を虐げても何の得もありません。」


 優喜は面倒くさそうに言う。

 何度も何度も、繰り返し同じようなことを言い続けなければならないのも大変だ。

 だが、政治家ってのはそんなモノだろう。

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