3-16 産業超革命しよう

 九月一日

 町の器が完成したことで、優喜は産業の開発に着手する。

 作る物として優喜が掲げたのは、自動車、通信機、紙、印刷機の四つだ。

 もちろん、さすがの優喜もこれをいきなり作ることはできない。


 まず、チームを幾つかに分けて、基礎研究から開始である。

 エンジンチームは茜を中心に魔法動力の研究をしていく。

 優喜は以前は蒸気機関と言っていたが、考えてみれば魔法で運動エネルギーは得られるはずなのだ。それを動力機関として実現するための研究である。

 二酸化炭素その他の有害物質を放出することの無いクリーンなシステムである。


 次に幸一を中心とした機械製作チーム。

 自動車はエンジンとタイヤとボディがあれば良いという物ではない。

 制御しやすい操舵システムやブレーキシステムは、自動車で走行する上で絶対に必要だし、スプリングやショックアブソーバーといったサスペンション機構は居住性だけではなく、走行性能にも大きな影響を及ぼす。

 エンジンの性能・特性次第ではギア式変速装置も作ることになるだろう。

 それらの基礎技術は、他の機械製品の製作にも転用、応用が可能だと思われる。というか、優喜はそう思っている。


 そして、材料チーム。

 これは、森に行って様々な木や草を集め、煮たり焼いたり潰したり混ぜたりて、タイヤの素材を得ようというものである。ハッキリ言ってこれが一番手探りだ。ひたすら根気よく作業を続ける彼らのリーダーは楓である。

 また、彼らには森で果物や木の実などの食料の調達という役割もある。


 そして、どうしても理系的労働が苦手な者には個別に役割を与えていっている。小島明菜と園田愛梨はコンビで道路や防壁を作っているし、『メシア』は渡辺直紀を加えて五人で周辺の魔物狩に出ている。


 優喜は芳香と二人で移住者募集のために周辺の町を回った後、通信用魔法道具の解析に当たっている。現在使われている物は、王宮と領主の通信用でも数十秒のメッセージを一日に一回送れるという低性能っぷりである。

 優喜はこれを何とか改善し、一日に何度でも、話者や魔力提供者の魔力が続く限り使えるようにしたいと力説している。

「目標は高く! できれば携帯電話です! 将来的な目標はやはり、いつでも、どこでも、だれとでも!」


 優喜はどこかのベンチャー企業の社長のように事業の夢を語り、配下の者たちに一日十時間の労働を強いる。

「酷い!」

「ブラック企業だ!」

「長時間労働反対!」

「働き方改革を求める!」

 などと言う文句に優喜は耳を貸さない。

「この国には労働基準法など無いのです。」

 何とも酷い言い分である。


 この世界での十時間は、地球時間だと、約八時間十四分だ。それだけで考えると一日の労働時間は大した問題ではない。

 ただし、週休一日なのだ。この世界には土曜日も日曜日も祝日も無い。

 屋内でもできることは結構あるため、ハンター家業の頃のように、雨が降ったらお休みになんてならない。

 やっぱりブラックだ。



 九月七日。

 初の移住希望者がやって来た。

 若い木工職人二名だ。

 恐らく、来年の春まで税金免除という餌に釣られて来たのだろう。

 優喜は『独立して親方になるチャンス』というような謳い文句は使っていない。とにかく税金免除一押しである。

 というのも、優喜は工場制機械工業を目指しているのだ。古臭い親方なんて要らないのである。


 木工用の工作機械は、自分たちが使うように幾つか既に作られている。

 手っ取り早く作ることを主眼に置いているため、動力は蒸気タービンエンジンで使い勝手はあまり良くないが、回転丸鋸に旋盤、プレーナーなど、家具類を作るには十分な動力付き工具が揃っているのだ。

 元々がドアや窓枠、ベッドなどを作ることを目的にして作った物のため、特に大型の家具の製作に威力を発揮する。

 もはや、手で一生懸命やる時代ではないのだ。


 凛太朗が木工職人に使い方を教えてやると、二人とも涙目になって見ていた。

 今まで一日掛りで頑張って行っていた加工が、僅か数分で終わってしまうのだ。もちろん、蒸気機関のため、機械に火を入れて圧が上がるまでの時間は別に必要なのだが。


 職人たちは、ティエユ卿の各種事業体の職員となる。ティエユの町の工業分野には資本主義経済は無いのだ。今は人が居ないから当然なのだが、優喜は人口が増えてもティエユ卿の完全独占状態を維持する心算である。

 他者の参入を妨害する意図はないのだが、まともに競争相手として成り立つ者はいないというただそれだけのことだ。


 ところで、これまでは、全員分の食事を野村千鶴が一人で作っていた。今までは全員が身内のようなもので、お金を採ったりはしていなかったのだが、さすがに移住してきた者に対してまで無償で出していたのでは、経済体として成り立たない。

 ということで、チヅル食堂が正式にオープンした。尚、店名は千鶴だが、オーナーは優喜である。

 一食なんと銅貨四十二枚! 安いんだか高いんだかよく分からん。


 九月も半ばになろうかと言う頃、魔導エンジンの試作品第一号が完成した。

 これは、直接的に回転エネルギーを得るタイプで、チーム内ではロータリー式と呼ばれているらしい。直線的な前進エネルギーを得るタイプはリニア式だ。

 色々やってみた結果、魔法により動力を得る場合、リニア式の方が簡単にできるらしい。やってみたら一日でできてしまったほどだ。だが、その出力の向上は注ぎ込む魔力を上げる以外に方法が無く、また、出力の微調整がとんでもなく難しいということが分かり、取り敢えず諦めることにしていた。

 ロータリー式の場合では、ガソリンエンジンや電気モーターと同様、ギア機構と組み合わることでの制御が可能だ。

 機械動力として利用するにも、ロータリー式の方が組み込みが容易であるという理由も大きい。


 車体の方は、シャーシフレームにトランスミッションが搭載された状態にまでなっている。実用重視のトラック用だ。

 オートマもパワステも無いかなり古いタイプのものになりそうだ。さすがに二十一世紀の技術を再現するのは難しいようである。

 クルマなんて大半がオートマだろうと言う人もいるだろうが、大型のバスやトラックにオートマは普及しているとは言い難い。二十一世紀の今時にパワステを搭載していないのは軽トラくらいのものだが。

 一見すると順調に進んでいるのだが、もちろん、苦戦していることもある。特に、オイルが全く足りていない。潤滑用、ブレーキフルード、ショックアブソーバーに使用する予定なのだが、なかなか良いものが手に入らない。そもそも、油自体がそう大量に流通していないのだ。


 金属加工だけで済むギアやフレームなどの機械部品は、割と簡単に完成している。

 これは魔法による金属加工能力の問題だ。魔法での金属加工は、木材加工よりも簡単で精度も高い。しかも、細かい金属片を集めて大きな塊にするのも自由自在である。

 その加工能力のため、何度も試作品を作っては壊してのトライアル・アンド・エラーのサイクルが異様に短いのだ。現代地球の最先端の金属加工技術では、鋳造でも鍛造でもこんな短時間に部品をポンポンと作り出すことは不可能だ。

 ちなみに、トライ・アンド・エラーではない。トライアル・アンド・エラーだ。覚えておくが良い。そして、誰かが間違って言っているのを見たらドヤ顔で指摘するのだ。

「それは英文法的に間違っています。」

 とな。

 関係ないけど、スクラップ・アンド・ビルドを試行錯誤の意味で使う人がいるが、それは間違いだ。

 スクラップ・アンド・ビルドとは、古いものを完全にぶっ壊して新しく作ることを言う。失敗作を壊して作り直すことではない。

 建築物や制度を一度まっさらにしてから改めて作り直す時に使うようにすると良い。

 イリーシャの町が、ティエユの町として作り直されているが、これはスクラップ・アンド・ビルドの良い例だろう。


 ティエユには、元のイリーシャの面影などまるでない。

 その余りの変貌ぶりに、訪れた商人たちも驚きまくっている。

 何しろ、見たことも無い様式の建造物が立ち並んでいるのだ。しかも、中央通りの真ん中には鉄道線路が敷設されている。

 ちなみに、線路を走るトロッコにはマストと帆が付いている。動力はまさかの風である。魔導エンジンが完成するまでの暫定措置だそうだ。

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