2-14 戦いの準備

 優喜たちが部屋に通されると、疲れた顔を五十代と思しき男が椅子から立ち上がって挨拶をする。

 男はこの町を治める領主で、シンゲイ・グリカイゼ・エルトイ・ノズイアシュと名乗った。王族もそうだが、この国では、貴賤問わず、自ら名乗るのが通例のようだ。

 王都の正規兵や魔導士団の衣服を着ている優喜たちは、王太子からの書状もあり、王宮からの使いとして扱われている。

 事前に王宮から連絡を受けている領主と、直属の従者たちは優喜ら『ヤマト』の四人が、王宮に所属してすらいないただの平民のハンターであると言うことは知っているが、他の者達の前では体面上は貴族に準じた扱いをすることになっている。


「こちらの状況を詳しくお教えいただきたい。」

 簡単に挨拶と自己紹介をすると、優喜は単刀直入に切り出す。

「あなた方も見たと思いますが、強力な魔物に町を取り囲まれていてどうすることもできません。申し上げにくいのですが、王都から兵は動かしていただけないのでしょうか。」

「王都周辺も魔物が溢れ、現在討伐の真っ最中です。今、王都の兵を動かせば、留守になったところを落とされてしまいます。近隣の町すべてが似たような状況かと思われます。」

「では、我々は」

「だから、情報が必要なのです。無駄に犠牲を払っている余裕はありません。最小限の犠牲で最大限の戦果を上げて行かねばならないのです。国王陛下が兵に命令すれば確実に勝てるならば、とっくに命令していますよ。」

「勝てないと、我々はもうダメだと言うのか?」

「無策では勝てません。まず間違いなく敗けます。だから、私たちが来たのです。必勝の策を練るために。ですから、可能な限り、詳しく教えて頂けますか? ハンターを含めたこの町の残存兵力、神官達や魔術師協会を含めた後援能力、備蓄されている食料、予備の武器、松明用も含めた燃料」

 指を折りながら把握すべき事項を挙げていく優喜だが、シンゲイは苦い顔をしている。

「ハンターや神官のことなど知らぬ。」

「では、知ってください。死にたくないのならば。」

「私を脅すのか。」

「脅すも何も、手を拱いていたらこの町は滅んでしまう。ただその事実を申し上げているだけですよ。」

 シンゲイは優喜を睨みつけるも、反論の言葉は出てこない。


「それで、領主殿の手持ちの兵はどれほど残っているのです?」

「七百八十四いたのだが、今はその半分も残っておらん。」

「魔法を使える者は?」

「三人だ。」

「どの程度使えますか? って、三人なら直接会った方が早いか。兵士の中で、特に武勇に優れている者はいますか?」

「武勇に優れていると言うのはどの程度を言うのだ?」

「あの魔物を一匹なら一人で倒せる、という程度で良いです。」

「一人で、だと?」

 領主は顔を曇らせる。

「畏れながら、発言をお許しいただけるでしょうか。」

 領主の後ろに控える従者の一人が声を上げる。

「良いだろう。」

「はい。兵隊長ミルノギ以下、直属の十四名なら」

「だめだ。あ奴らはまだ負傷から回復しておらぬ。戦場に出せる状態ではない。」


 シンゲイによると、名を上げたいものはさっさと王都に行ってしまうため、あえてこの町で兵士やハンターをやっている者は然程の実力は無いのだと言う。王都から最も近い町というのも困った立場で、優秀な人材が定着しないのが最大の課題なのだとか。ハンターや神官の能力も期待しない方が良いと言う。

「では、とりえあえず、魔法を使える三人に会わせていただけますか? どの程度なのか、実際に見てみるとします。それと、ハンター組合にも、各チームのリーダーに集合してもらうよう声を掛けることはできますか? とにかく町の戦力の向上を図ります。それで魔物を撃退できるならそれに越したことはありません。」


 三人の魔導士が呼ばれると、優喜は各人に適性や使えるレベル、魔力量、得意な魔法、魔法関係なく得意な戦い方を確認していく。

 二人が火属性、一人が水属性が使えると言うことで、火属性の一人がレベル三まで、もう一人はレベルにまで、水属性の者が辛うじてレベル三を使える程度で、全員、魔力量は多くはないようだ。

 面談が終わると、優喜たちは魔導士の三人を連れてハンター組合に向かった。受付で王都支部の所属を示すプレートを提示するとともに、領主からの書状を出して、支部長との面会を求める。


「こちらで把握している限りの状況をお教えいただけますか?」

 自己紹介を終えると、優喜は端的に切り出す。

「状況とは?」

「魔物に対してどう対応しているのか、何級のハンターがどれだけいるのか、治癒魔法を使えるのは何人いるのか。その他諸々、魔物との戦況に関わりそうなことですよ。」

「そんなものは知らん。」

「何故知らないのです?」

「何故知っていなければならんのだ? だいたい、町を守るのは領主の仕事だろう。」

「いえ、ハンター組合も町を守りますよ。」

「そんな義務は」

「ありますよ。加担しなくて良いのは、人間同士の戦争です。魔物が相手ならば、ハンター組合として町を守る義務があるとされていますよ。それは、明確に規約に書かれています。だから、あなたは支部長としてこの支部に所属するハンターを統括して、指揮を執る責任があります。だから、あなたに訊いているのですよ?あなたがしないというなら、あなたを殺して私がやりますが、どうしますか?」

 この国で最後の戦争があったのが四百年ほど前。魔物の大群に襲われたというのは千年以上も前のことであり、これは完全に昔話と化している。そういう意味では、この国は日本以上に平和ボケしているようだ。護衛として、街道を行く旅商人が魔物や盗賊にへの対策はあっても、町そのものが敵の脅威に晒された場合の対処法など残っていない。

「私を殺してみろ。後でどうなるか分かっているんだろうな?」

「どうもなりませんよ。私が動かないと、この町が滅ぶのですから。何もしなかったハンター組合の支部長のことなど、誰も気になどしません。」

 狼狽えて視線を泳がせる支部長を、優喜は鼻で笑う。

「私はね、最悪の場合、ここの領主も殺すつもりでこの町に来たんですよ。幸い、領主様はお話の分かる方でしたので、普通に協力関係を築けそうですけどね。無理なら殺すだけですよ。もたもたしていたら、本当に町が滅んでしまいますから、速やかに手を打っていかなかればならないのです。ねえ、支部長、魔物との戦況はどうなっていますか? 一時間以内にお答えいただけますか? できないとか言うのは認めません。やってください。」

 約一時間半後、組合の会議室には六級以上パーティーのリーダーたちが集合していた。


「さきほど王都から来ました、五級パーティー『ヤマト』のリーダーの碓氷と申します。こちらの町の戦況がかなり悪いと窺っているのですが、実際の所を皆さんにお聞きしたいと思います。」

「何で俺たちだよ、まず領主様の所の兵隊に」

「ああ、それは先刻行って聞いてきました。」

「何でハンターが兵隊みたいな格好してるんだよ。」

「王太子殿下のお願いでこちらに来たものですから。私のことより、魔物のことをお願いしますよ。」

「戦況って何が知りたいんだ? 門を塞いでもう七日だ。外に出られないし、俺たちは何もできねえ。」

「ふむ。では、実際戦ってみてどうでした? 外に出られれば、勝てますか? そうですね、目の前に、四、五匹の魔物がいるとして、自分たちのチームは万全であるとして。」

 部屋の中にざわめきが広がる。誰も、自信を持って勝てると言う者がいない。

「わかりました。では、二匹程度ならば、どうです?」

「二匹くらいなら何とかなると思う。」

 一人の男が顔を上げて言う。

「失礼、何級のチームですか?」

「四級だ。」

「ありがとうございます。他にはいらっしゃいますか?」

 優喜は部屋を見回すが、他にはい無いようだ。

「では、勝てない理由は? どうしたら勝てると思いますか?」

 全員が力なく項垂れる。

「刃が通らねえ。多少の傷はつけられても、それだけだ。殺せるほどの傷となると……」

「魔法はどうです?」

「詠唱している余裕が無い。無理だ。」

「なるほど。分かりました。そうしましたら、火と水、そして土属性の魔法を使える者を集めてください。便利なレベル二魔法をお教えいたします。」

「土を使える奴なんていねえよ……」

「いないなら仕方がありません、火と水だけで良いです。」

「風は?」

「有効な戦術が思いつかないので、風属性しか使えない者は必要ありません。」


 優喜たちは、領主配下の魔導士とハンターから集めた魔導士に、ビーム魔法を教えていくのだった。

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