2-02 苦戦

『ヤマト』と『翠菖蒲』は軽く食事を済ませてから、連れ立って西門に向かっていく。

 その正面から、『点滴穿石』と『カエデ』、『メシア』が午前のウサギ狩を終えて帰ってきた。

「みなさん、無事ですか?」

「まあ、ウサギなら何とかね。」

 めぐみが何事もなかったことを示す返事をする。

「今日はどの辺りで狩を?」

「西門出て南側だよ。北側って魔物が来てるんでしょ?」

「さすが津田さん。大正解です。午後は南門から出て下さい。かなりの数の魔物がこの近くまで来ています。気を付けて下さい。」

「分かった。そっちも気を付けてね。」


 優喜たちは、めぐみたちと別れて魔物狩に向かう。

「寺島さん、山口さん。午後はビームは控えめで、できるだけ他の魔法を使うようお願いします。」

「え? 何で?」

「戦い方がワンパターンになってしまうと、何か想定外の事態が発生したときに対応ができません。色々な手札を使える状態で用意しておくべきです。ビームは万能でも無敵でもありません。通じなかったときに、その時点でなす術がないのでは困りますから。」

「なるほどね。確かにワンパターンかもね。あの魔法結構便利だからね。」

「それに、風も少しは練習しないと、か。私、火と偏ってるからなあ。」

「得意分野があるのは良いことなんですよ。それだけではダメっていうお話でございますね。で、伊藤さんの得意分野も早めに解禁したいと思います。」

「え、私? 剣、買うの?」

「服より先にする必要がありそうですからね。」

 芳香はとても嬉しそうだ。

「いっぱい狩って稼がないとね!」

「頑張ろう!」

「おーー!」

 歩きながら四人で叫び声をあげる。カナフォスが振り返り、何かを言いかけて、表情が固まる。

「敵だ! 全員構えろ!」

「こんな所に? まだ門を出たばかりですよ!」

 優喜は叫びながらも槍を構えて辺りを見回す。

「二、三匹見えた。」

 カナフォスが槍で畑を指して言う。

「呼んでみますか。」

「呼ぶ?」

 優喜は大きく息を吸い込むと、甲高い声を上げる。

「魔物おおお! こっちにきなさい!」

 畑の中で六つの影が動く。

「発見。」

「うん、見つけたよ。」

「畑はできるだけ荒らさないように、引き付けて狩りますよ。」


 魔導士の出番などなく、畑から飛び出てきた魚獣を優喜たちは難なく一掃した。『翠菖蒲』は第三級だけあって、相当に強い。一撃で倒せなかったのは優喜だけだ。屈強な者たちに並ぶと、優喜の非力さが目立つ。寧ろ、見劣りしない芳香が異常だ。

 それぞれ、自分が倒した敵の首を切り落として荷車に積み込む。

「どう動きましょう? こんな所まで来ているのは、正直想定外なのですが。」

「さっき、呼ぶって言ったな。あれはどういうことだ?」

「あいつら、悲鳴に寄ってくるんですよ。キャーキャー騒いでいれば近くにいるのは寄せ集められると思います。」

「よし、もっとやってみろ。」


『ヤマト』の四人が甲高い声を出して騒いでいると、いくつもの魚獣が近寄ってきた。

「おいおい随分と多いな。これは畑に被害を出さないってのは無理だぞ!」

 総勢二十八を超える魚獣を前に、カナフォスは呆れたように言う。

「多少は仕方がありません。寺島さん、山口さん、前言撤回です。射程内に入ったやつはビームで撃っていって下さい。まず、数を減らします。ガンガンいきますよ!」

「アイサー」

『翠菖蒲』の魔導士も加わって四条のビームが魚獣を貫き、戦いの口火が切られる。

 四匹の魚獣が一撃で倒れ、残った魚獣が一斉に優喜たちに向かって殺到する。

 さらに二条のビームが敵を貫き、それに遅れてさらに『翠菖蒲』の放つビームが続く。

 ギリギリまで引き付けた魚獣たちに、横から優喜の土の錐が襲いかかる。怯んだ隙に、『翠菖蒲』の近接組、そして芳香が突撃し、手前の敵から片っ端に槍を突き刺し、切りつけ、そして蹴り飛ばしていく。一呼吸遅れて優喜も飛び出し、ダメージを受けて動きの鈍った敵にとどめを刺していく。

 振り回される槍と斧から逃げ出すものには、ビーム魔法が容赦無く突き刺さり、あっという間に魚獣の群は全滅した。


「門を出たばかりなのに、もう三十六匹ですよ。一体どれだけいるんでしょう。これじゃあ、農民たちも畑作業なんかできませんよ。」

「全部ブッ殺す、それが俺たちの仕事だ。」

 うんざりしたように言う優喜の背中をカナフォスが叩く。

「畑の中を優先的に狩っていきましょうか。」

 その言葉に従って、『翠菖蒲』もヤマトと一緒に畦道に入っていく。

 先頭を行く優喜はレベル二の地均し魔法で道を綺麗に整えながら進む。地均し魔法で整えられた路面は、まるで舗装路のように平らで硬く、荷車の進みも早い。

「そういえば、そちらの荷車には何匹くらい詰めますか?」

「朝は六十くらい積んでたな。」

「こちらは三十くらいが限度なので、あと六十くらいですか。」

「なんか、すぐ終わりそうだぞ。それ。」

 そんなボリエイトの言葉を証明するかのように、芳香が声を上げた。

「左前方に何かいます。」

「ウサギですねえ。って、あれは、逃げてるんですか?」

 ウサギが数匹、南に向かって走っている。

「追われているな。いくぞ。」

 全員一斉に走り出す。

「ウサギに水と風を!」

 茜が広範囲に水の弾を撒き散らし、理恵の風魔法が土煙を巻きながらウサギに向かって突き進む。

 足の止まったウサギに追いついた魚獣が一斉にウサギに襲いかかる。

 魚獣の数は約三十。カナフォスを先頭に槍を構えて突っ込んでいく。

「奴らは食事の邪魔をされたら凶暴化します! 気を付けてください!」

『翠菖蒲』に遅れて走りながら優喜が叫ぶ。

『翠菖蒲』の魔導士、オノドエとチューブシアがビームを放ち、魚獣の何匹かを貫く。今更気付いたのか、魚獣は『翠菖蒲』に向き直ると激しく吼えながら一斉に飛び掛かってきた。

 その横手から優喜が土魔法の飛礫を放ち魚獣の群れをを打ち付けるも、魚獣はダメージを無視して『翠菖蒲』に向かって飛び掛かっていく。槍や斧が振るわれて、最初の数匹は一撃で絶命するも、次々と襲い来る魚獣に慌てて後ずさる。

『翠菖蒲』を取り囲むように広がる魚獣の横手から茜の土の錐が撃ち出されその進路を止めると、そこに理恵のファイヤービームが奔り数匹を貫く。さらに優喜が土の錐を放ち、魚獣の群を分断した。

『翠菖蒲』は半減した敵に一気に畳み掛けるように攻勢に出るが、足の一本や二本を失っても襲い掛かってくる魚獣に手こずっている。

 土の錐で分断された魚獣の後ろ側は、標的を理恵と茜に変更していた。一気に距離を詰めてくる魚獣に向かって二人は魔法を放つが、その数は減らない。

 その時、優喜が悲鳴に似た甲高い叫び声をあげた。一斉に振り向く魚獣。そして、その大半が優喜に向かって殺到する。

 優喜は魚獣の群れを睨み、先頭の一匹に槍を突きたてると同時に魔法を発動すした。半径一メートルほどの地面が一気に隆起し、その側面から無数の土の錐が飛び、魚獣を貫く。

「二人とも落ち着いて狙ってください! 確実に数を減らしていきますよ!」

 恐怖に凍り付いていた理恵と茜は弾けたように魚獣に向き直ると、素早く詠唱してビーム魔法を放つ。それは狙い違わず魚獣の頭部を貫き絶命させ、さらに何匹かの魚獣の胴を抉っていく。間を置かず、『翠菖蒲』の魔導士達が放った魔法が魚獣たちを切り裂き、抉り、打ち据えていく。彼らはもはや、畑の被害とか考えるのは止めたようだ。畑に植えられた植物ごと魔物を蹴散らしていく。危うく巻き込まれそうになった優喜が飛び降りて土の錐に身を隠してやり過ごす。

「ちょっと! 私まで巻き込む気ですか!」

 苦情を訴えつつも、優喜はまだ動いている敵に止めを刺していく。


「飯の邪魔をされたら凶暴化って、しすぎだろ。何だこいつらは。」

「知りませんよ。全部が全部この調子だったら、この前の戦いで私たちは全滅していますよ。」

 ボヤくペリギュルに優喜はヤケクソ気味に答える。

「マズくないかこれ。」

「畑もメチャクチャだよ。気にする余裕無いってこれ。」

「他の五級の人たち、勝てるのかな?」

 第三級パーティーが思わず押されてしまう相手である。不安に思うのは当然だろう。

「とにかく、怪我の治療を!」

 優喜が言うまでも無く、オノドエが治癒魔法をかけて回っている。


「お前たちは大丈夫か?」

「私は平気です。」

「こっちも怪我は大丈夫。」

 優喜は疲れてはいるものの、割と平気そうだ。それに対して、理恵と茜の顔色は悪い。

「初めてか?」

 カナフォスが問う。

「もうだめだ。そう思ったのはこれが初めてか?」

 理恵と芳香は無言で頷く。

「別に責めてるんじゃねえ。ハンターなんてやっていれば誰だって通る道だ。そうやって苦しむ間もなく逝っちまう奴もいるがな。そりゃあ、怖えよな。泣いて逃げ出しちまいたいよな。何でこんなところに来ちまったんだろうってな。」

 二人とも黙ったまま項垂れている。

「でもな、ちゃんと顔を上げて前を見ろ。仲間を見ろ。そうしないと、大切なものを失っちまうぞ。」

 顔を上げた二人に芳香が手を差し出す。

「一緒に頑張ろう。みんなで頑張ろう。何とかして行こう。ねえ、碓氷も、そうでしょう?」

 振り向くと、優喜は一人で周囲の警戒に当たっていた。

「ん? 何ですか? 今のところ、敵は見当たりません。さっさと死体を処理してしまいましょう。」

 何でこいつはこう空気を読まないのだろう。もしかして、照れてるの?

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