第百八十四話・序章:王者のヴィットヴィロウ




 ――〝迷宮都市、アルバレー〟。



 およそ三百万平方キロメートルと測定されたログノート大陸最北端。巨大な円形の壁に囲まれた北の最果て。何もない寒々とした海岸線にぽっかりと口を開ける、広大な迷宮ダンジョンへと続く異質な都市の名前である。


 広大な海岸線に突如として開いた穴は全部で6つ。イベント開催のアナウンスはそれはお粗末な出来ではあったが、起きた出来事自体は無視することのできない事件である。


 その名も、第一回公式イベント――『勇者の置き土産』。


 正規サービス開始以降、明確なメインストーリーを持たず、リアルで泥臭い世界を楽しんでくれとしかテーマを提示していない【あんぐら】で開催された、初めての大型イベントだ。


 雑なアナウンスでプレイヤーに提示された条件はただ1つ――6体の精霊王が持つ全ての〝要石かなめいし〟を破壊せよ――。


 そのアナウンスを受けて、まず真っ先に動いたのはフベだった。人喰いガルバンとの盟約がり、彼がプレイヤーの立場を捨て去る覚悟を決めた直後のことだ。


 イベントクリアのためには〝要石〟の破壊が必須――となれば。これは早い者勝ちの勝負であるとフベは考えた。


 意味不明でぐだぐだすぎるイベント解説だったことを考えれば、後からイベント内容への正確なアナウンスがあることは自明の理。あの頭のおかしい運営が後から何をいってくるかは全くわからないが、とりあえず善は急げだ、〝迷宮都市、アルバレー〟に向かおうと。


 その後、フベは道中に入手した情報から子犬状態となった狛犬が現地にいるらしいと聞き、雪花にそのアバターを引き渡したりもしたが、まあ無事に〝迷宮都市、アルバレー〟に到着した。


 ログノート大陸最北端に一番乗りで訪れたプレイヤーは誰か? といえば、狛犬と雪花だろう。だが、〝迷宮都市、アルバレー〟に一番に乗り込んだプレイヤーは誰か? と言えば、それはフベである。


 彼は誰よりも早くアルバレーに踏み込んだ。中に入り、統括ギルドを確認し、奥の受付でいつものお姉さんがにっこりと微笑んでいることに口の端を引きつらせながらも、街の隅々までざっと走り回って把握した。

 NPCは今までの街と同じく、ゼロ。しかし〝選定の日〟以降、未だに色褪せない住宅が軒を連ね、その数は膨大だった。


 〝迷宮都市、アルバレー〟――そこは、天然のセーフティーエリアを心臓部分として構築された、広大な地下世界だ。


 6つの階段のどれを下ろうとも、そこは巨大な地下都市、アルバレーの各所に繋がっていて、天然のセーフティーエリアの範囲内いっぱいに作られた大都市からは6本の道が蜘蛛の巣状にのびている。


 つるりとした鋼の壁が延々に続く道があれば、常に膝丈まで透明な水で満たされた道もある。

 あるいはあまりにも闇が深すぎて暗視スキルさえ役に立たない道があれば、逆に煌々こうこうと輝きを見せつける道もあった。

 極めつけには燃え盛る炎の道に、地下世界でありながらも常に爽やかな風が吹く道もある――とくればだ。


 イベントの趣旨からして誰にでも、その道の先に何があるかはわかるというもの。


 6色の精霊王――それぞれの〝要石〟を、その行く末を任された王の玉座へと続く道。


 フベは迷わず光に照らされた道を選んだ。自身の契約精霊が光属性の精霊だったからではない。彼は人喰いガルバンから言われていたからだ。〝……光の精霊王を頼れ。認めてもらえれば、力になってくれるだろう〟と。


 道中、どんなモンスターが出て来ようとも。どれだけの数のモンスターが出て来ようとも。全てを蹴散らす覚悟でフベは光り輝く道を進んだ。


 だが、どれだけ歩いてもモンスターなどは現れない。そもそも、通路自体が単調だった。ただひたすらに真っ直ぐと。曲がることもなく、下ることもなく。上ることさえもなく、ただ真っ直ぐに道は続いた。


 いぶかしみながらもフベは進む。やがて、突き当りの大空洞に辿り着いたフベを待っていたのは美しい黄金こがねの玉座と、同色の台座だった。


 台の上には琥珀のように透き通る黄金の宝玉――光の〝要石〟が置かれ、玉座には輝く黄金の羽をゆったりと開く巨大な蝶々がとまっていた。


 そこでフベは――このイベントの本当の狙いと、その悪辣さを知ったのだ。




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 炎に水、光、闇、風に鋼と――計6つ。



 ――……全ての〝要石〟をせよ。



 握り拳大の宝石に似た、それぞれの要石。運営は意識してか、悪意からか、6つのそれを〝破壊せよ〟としか言わなかったものの、要石と呼ばれる宝玉の真価は破壊されて得られるものではない。


 それは力の塊だった。モンスター達が契約者に対して魂の欠片を差し出すのと同じように、精霊王達が契約者に差し出す〝約束の証〟でもある。


 もちろん、全ての精霊王達がプレイヤーと契約するつもりでいるわけではない。そのイベントには出たくない、と運営からの打診を拒否した精霊王達もいる。


 だが言い変えれば、今回のイベントに参加した精霊王達は、絶対というわけではないが、気に入る相手がいれば契約するのもやぶさかではない、と答えたものばかりということだ。


 初めから契約したい相手をひっそりと決めていた水の精霊王――『ワワルネック』。


 気に入る相手がいれば、と言いながらも。実際はプレイヤーと契約するつもりはなく、派手に戦闘がしたいという理由からイベントに参加した炎の精霊王――『ヌートラ』。


 その他にも、精霊王達はさまざまな理由でそれぞれの玉座についた。それは此処、〝迷宮都市、アルバレー〟の光り輝く通路の最奥部分。

 黄金こがねにとまり、ゆったりと羽を動かす黄金の蝶々――光の精霊王だとて変わらない。


 ――彼は契約者を探していたのだ。


 この世界で……【Under Ground Online】という箱庭の中で、彼はモンスター達のことを憐れんでいた。可哀そうに、可哀そうに――聖地シャルトンにて無明の闇に包まれて、彼らは果て無き苦痛に苛まれている。


 プレイヤー達に殺され、迫害されて、もはや数年の苦痛を耐えたとしても、彼らに帰る場所は無い。再び肉体を得て戻ったその先で、更なる強さを手に入れたプレイヤー達に、永遠に消費されるか管理されるだけの哀れな者達……。


 可哀そうに、可哀そうに――このままではいけないのだ。彼らに〝光〟を与えてやらねばならない。彼らに帰る場所を。せめて野生の彼らが再興を狙える程度に、安息を約束された土地を与えてやらねば――。


 そんな考えで〝迷宮都市、アルバレー〟で玉座についた時、男が堂々とやって来てこう言ったのだ。



 ――〝我らはもはや、プレイヤーにあらず〟と。



 ……銀の瞳の男だった。透けるような白いウルフカットの髪を揺らして、流星のように底光りする瞳で全てを睨んでいた。


 生意気な男だと思った。ちっぽけな人の身で、適応称号さえも持たず、何を言うかと思えば〝モンスターの名代としての魔王になる〟などと……。


 答えずとも別に良かった。他に適任の者がいたかもわからない。けれど、その時思ったのだ。



 ――悪くない、と。



「――――」


 ……足音が聞こえる。数十人の足音だった。軍靴を鳴らし、堂々と。まるでこの世の覇者のような面持ちで、人間達が光の精霊王の玉座にやってこようとしているようだった。


 男は動かない。膝を組み、そこだけは行儀よく手を膝に添えてみたりして――銀目の魔王は彼女達の到着を待っていた。


 足音は止まらない、怯まない。彼女は目指す先にいる者が、光の精霊王だと思っているのだろう。間違っているわけではない。けれど、それだけでは正しくない。


 ――……足音は、驚愕と共に止まった。


 光の満ちるその空間で、彼は白髪を揺らし、流星めいた銀の瞳で王の間に現れた彼女達のことを見定め、見下ろし、そっと優雅に微笑んで――、



「――……ようこそ。白虎さん、ルークさん。お久しぶりですね」




 ――そして何の躊躇もなく。



〝『世界警察ヴァルカン』を更地にしろ〟と。指先1つで命令を下していた。


 






 第百八十四話・序章:王者の宣戦布告ヴィットヴィロウ




 

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