第百八十三話:歯止めのきかないブルー・ギャングⅡ



第百八十三話:歯止めのきかない荒くれ者ブルー・ギャング




――これは、雪花とルドルフが統括ギルドに到着する少し前の話。



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「魔王様にメッセージ送信、っと。よっし、送ったぜぇ。じゃ、正式な指示が来るまで待機だな……」


「なふー」

(そうだねー)


 変装はそのまま、器用にも喋り方の様子もそのままで、口調だけいつも通りのブラウニーはメニュー画面を閉じて言う。


 現在位置は『世界警察ヴァルカン、ユウリノ』ダッカス支部。2、3階部分の螺旋階段の中腹あたり。


 罠の可能性に思い至った結果、素直に『一発、戦っていいか?』とフベさんにお伺いを立てている真っ最中である。事前に話した作戦は潜入段階では穏便な手段だっため、勝手に戦って怒られるのは怖いね、という話になったのだ。


 魔王軍は仕事さえこなせばほぼ何をしていてもいいという自由さが魅力だが、反面、仕事が出来ない奴は物理的にも経済的にも首が飛ぶ。ほう、れん、そう、も勿論大事だ。決定権があるフベさんがゴーサインを出したら、そこでようやく本決まりとなる。


「にしても、意外と少ねぇんだな。もう少しこう、防衛戦力ってもんを意識した方がいいんじゃねぇの?」


 いや、襲う側が言うのも妙な話だけどよ、とブラウニーが言う通り、『世界警察ヴァルカン、ユウリノ』ダッカス支部の戦力はそう多くない。


 自分たちと同じ空間にいるのは、リリアン曰く雑魚ばかりらしいが職員が5人ほど。全員が〝従魔士テイマー〟らしく、それぞれ学習性AIではなく高性能AIによるEランクモンスター――意思のないモンスターを従えている。


 それとなくこちらを警戒しながらも、応対しているのが準幹部の位置にいるリリアンだからか、彼らもそこまで張りつめた様子ではない。


 ちらちらと自分を見る度にくるりと首を傾げてやるだけで、へにゃりと表情が緩むような奴らだ。甘い甘い。子犬の見た目といえども油断してはいけないものだ。


 対して、何となく中身も戦闘力も甘っちょろい感じの2、3階部分の職員と違い、1階部分にいた職員達は、なんというかその……堅気の雰囲気ではない。


 部外者が入ってきた瞬間に一斉に睨んできた様子や、非情に荒っぽい出迎えをしたさかきを見てもわかるように、手練れの戦闘要員しか配置していない感じだった。


 ちゃーりー事件のような愉快犯は入ってきた瞬間に武力で抑え、知能犯として潜り込む相手には周到に罠をはる、という二重構造になっているのかもしれない。


 それにしても入り込んだ後の防衛がお粗末なのは、やはり2、3階部分で問題が起きたとしても、1階部分にいる戦力が目と鼻の先にある教会で即復活、即戦線復帰の死に戻りアタックコンボが組めるからなのだろう。人件費削減というやつだ。


 しかし、死に戻りアタックコンボ……別名――〝ゾンビアタック〟。正直に言って、【あんぐら】最悪のシステムの1つである。


 内容的にも、実質的にも、実は人外しかいなかったせいで本当の意味で人外魔境と化していたテストプレイ時から、何度も問題にはなっていたのだ。


 何が問題かと聞かれれば、何もかもが問題――と言えるくらいには、プレイヤー間で問題を感じている問題である。んん、だんだん問題のゲシュタルト崩壊を起こしそうになっている……まあそれは置いておいて。


 勿論、感じた問題はテストプレイヤーの義務として全員がGMゲームマスターに報告した。


 例えば、死に戻りのタイミング。これについては、ほぼ全員のテストプレイヤーが今のままでは問題だ、と報告した。


 プレイヤーが、プレイヤーかNPCに殺された場合。現状の仕様では、まずは残HP1の〈瀕死〉状態に移行する。その後、任意で即死に戻るか、猶予時間がある間は仲間の助けを待つのかを選ぶことが出来る。


 殺す側が強制的に死に戻りをさせたい場合は、野生のモンスターによる攻撃を誘発させるか、地形ダメージ――〈溺死〉とかでトドメをさすしかない。

 だが、このシステムはPKプレイヤー対策としても大して意味がないどころか、教会の近くでは任意で即死に戻り、からのゾンビアタックが可能なのだ。


 まあ、テストプレイの時はまだよかった。教会は〝始まりの街、エアリス〟の中心部に近い部分に建っていたし、全速力で走っても走れる距離には限度があった。

 現に、お礼参りツアーの時はエルミナ達がゾンビアタックを試みたが、結局戻ってこれたのは距離と時間的に1回だけ。


 問題が表面化したのは、プレイヤー達がエアリスから離れるようになってからのことだ。俗にいう、第一回、白虎さんブチ切れ事件。

 どういう事件だったかを端的に言えば、白虎さんが持つ特殊武器――〝細剣クルードニア〟を狙ってPKプレイヤー共が結託したのだ。


 教会のすぐ近くで白虎さんが1人になるタイミングを見計らい、逃げられないように足止めのローテーションを組み、30人ほどで延々とゾンビアタックを仕掛けたのである。


 今にして思えば、人外VSバーサス人外の泥沼の戦いだったのだろうとわかるが、VRゲーム初心者だった自分などは、単純にMMOって大変なんだなー、くらいの感想しか抱いていなかった。


 時期的には自分がルーさん達と一緒にポーションの材料を取りに大冒険をしていた時の事件だ。まあその後、エアリスの闘技場で白虎さんが〝細剣クルードニア〟を持っていたことからもわかるように、結果は白虎さんの耐久勝ち。


 部下が駆けつけるまで粘り続けた彼女のプレイヤー殺害数は、軽く200を超えたとか超えないとか。何かしらの変なスキルを習得するくらいの大事件だったようだが、相手が白虎さんじゃなかったらどうなっていたことか、ということでゾンビアタックが問題視されることになったのだ。


 ただ、そこは頭のおかしいテストプレイヤー達。問題視すると同時に彼らは思った。〝これはすごく問題だ。だがいい。すごくいい。何がいいって、これ格上もPK出来るし、PK活動の様子をスクショで撮らせて懸賞額を上げて、後で知り合いのPKKプレイヤーキラーキラーと癒着して、運営から懸賞金まで回収できるじゃん〟――と。


 後、彼らはこうも考えていた。〝どうせしぶとい奴しかいねぇんだし、テストプレイ中ならこれくらいやってもいいだろ〟――と。



 ――……第一次ゾンビアタックブームの到来である。



 結局、自分はその後も弥生ちゃんと一緒にアルカリ洞窟群に遠征したりして数多のゾンビアタック事件から遠ざかっていた上に、その後すぐに正規サービス開始となったため、実際にゾンビアタックを受けたことは無い。


 テストプレイヤー達もテストプレイ中はひゃっはーしていたが、一応正規サービスが始まって、一般人も入ってきた段階でゾンビアタックは自粛した。

 余談だがPKKと癒着して、運営から金を巻き上げる懸賞金詐欺は自粛しなかったため、その後のパッチでしっかりと対策された。


 こうしてゾンビアタック自粛により、問題は表面的には解決した。――目ざとい一般プレイヤー達が、テストプレイヤー達が狂ったように繰り返していたゾンビアタック事件を知るまでは。



 ――……第二次ゾンビアタックブームの到来である。



 これも、自分とはあまり関係の無いところで起きていた。ブームの発端は、正規サービス開始からおよそ3時間ほど経った頃。細かいことをはしょれば、色々と不幸な状況が重なった結果だった。


 ちょうどそんな犯罪行為を抑止する『世界警察ヴァルカン、ユウリノ』とかいう御大層な組織があったにも関わらず、自分とニブルヘイムを相手に派手にやり合っていたせいで他の犯罪者への対策が手薄になっていた時期だった。仕事しろよ、『世界警察ヴァルカン』。


 結果、割を食ったのは攻略組のリーダーであり、公的にも犯罪行為を見過ごせない白虎さんだ。第四回、白虎さんブチ切れ事件である。


 初心者相手にゾンビアタックなんかして良いと思ってんの!? このクズどもがぁ! という叫びと共に、ロメオなどの攻略組お抱えのPK対策課を引き連れて、全力で第二次ゾンビアタックブームを鎮圧。


 適応称号解禁イベントの裏で、白虎さんは大活躍だったらしい。本人はかなり怒り狂っていたようだが、あの事件で彼女はかなりの支持率を得た。


 その後、一応はゾンビアタックブームは起きていない――というか、『世界警察ヴァルカン』と攻略組によるゾンビアタック対策が手厚すぎて、やりたくても誰も出来ないのが現状だ。


 しかし、逆に言えば完全に対策が出来ているせいで、運営が仕事をしてくれないともいえる。


 我らが悪辣な運営様は、一連の事件を見て来た結果、ゾンビアタック――もとい、死に戻りシステムを改善するかどうか結論を出した。


 結果はお察しの通りだ。理由は単純に、〝その方が面白そうだから〟。みんな、定期的に事件が起きたほうが面白いよね、と言い放ち、運営は意図的にゾンビアタックへの対策はしないことにしたのだ。


「……なっふ、わふっ」

(……ゾンビアタック前提で組んでるから、1階のプレイヤーのメインアビリティは〝魔法使い〟とか〝拳闘士〟とかの武器がいらない系なんだろうね)


「言われてみれば、そうかもしれないわね。1階常駐職員は此処では10人って決められてるんだけど、全員が武器を持たなくてもすぐに戦線に復帰できるって条件で配属されてるから」


 榊は〝魔法使い〟だし、私は〝魔道士〟。残りの8人もつらつらと名前とメインアビリティを上げていき、リリアンは、これは事前に伝えたから覚えてるでしょ? と可愛らしく首を傾げた。


 ふんわりとした淡い茶色のショートヘアをさらりと耳にかけながら、リリアンはそれにしても、とブラウニーの懐に収まる自分をじっと見る。


「……中身がわかってても可愛い。ね、こっち来ない? おいでおいで」


 ちょいちょい、と可愛らしく手招きし、髪と同色の瞳が笑う。もちろん、可愛い女の子に呼ばれて行かないわけはない。尻尾でびたびた、とブラウニーの腹筋を叩けば、はいはい、とブラウニーがひょい、とぬいぐるみみたいな自分をリリアンに手渡した。


「わーっ、ふわふわだー! 狛犬君だけど可愛いー」


 失礼なことを言いながら自分を膝に乗せ、ふわふわのもこもこを堪能するリリアン。やっぱり野郎よりも撫で方が丁寧ですごく良いと思う。それになんだろう、なんかいい匂いするし。


「あふ、あっふー!」

(そうだろ、可愛いだろー!)


「可愛いって言われ過ぎて調子に乗っちゃってるところが狛犬君よね……それにしても、まさかウチの大ボスがそこまでの罠を張ってるとは……まさか、と言えないのが嫌よね……」


「いやぁ、狛犬が気付いてくれなかったらヤバかった! 可能性はかなり高いんだろ? リリアン」


「うーん……うん、そう思う。ここの施工は上の幹部たちだけでやったのよ。大ボスと、代表のルークさんと、その秘書の椿さんね。皆さん頭の良い方たちばかりだし。狛犬君の言う通り、通路にさえも誰も入ってはいけないと言われているから」


 壁を辿るようにしつらえられた半月形のカウンターに座り、ブラウニーは如何にも情報提供をしていますという顔で。リリアンは如何にも組織のために情報を集めていますという顔で。両者互いに、表面だけを取り繕いながらの密談である。


「マジか……すげぇな『世界警察ヴァルカン』、規模がヤベェ。まさかメッセージ送受信機能も誰かのスキルなわけ?」


「セーフティーエリア外で土地と建物の権利を有している場合のみ、一定容積毎に1つメッセージ送受信エリアを設置できるのよ。防音は私のスキルだけど、流石にそんなスキル無いわよ」


 家を買った人や店舗を買った人。ウチみたいに組織の出張所として建物を所有している人が家の中でメッセージを送りたい時のための機能だから、知らない人もけっこういるかも、とリリアンは言う。


 確かに、いくらセーフティーエリア外だからといって、自分の家でメッセージが送れないのは不便だろう。店舗を構えているなら仕入れとか注文とか色々あるだろうし、一々教会まで走らなければいけないのはちょっと問題だ。


「狛犬君、知らなかったの? 〝ランナーズハイ〟ってお家持ってなかった?」


「なっふ、あっふふーん」

(あそこ、セーフティーエリア内だもーん)


「まぁ……お金持ちっていいわね。合同出資でもかなりかかったでしょうに」


 悩ましげに薄い茶色の瞳を瞬かせ、リリアンは溜息と共に細い指先で自分の頭をよしよしと撫でてくる。

 うむ、やっぱり野郎の膝は硬くていけない。女の子の膝ってどうしてこんなに柔らかいんだろう。やましい気持ちゼロで幸せな気分だ。


「んー、牙はまだ小さいのね。クッキー無理そうだし、お砂糖舐める?」


「あっふー」

(舐めるー)


 リリアンは〝従魔士テイマー〟持ちなので【魔獣語】スキルも保有している。そのおかげで普通に会話が出来てとても楽だ。

 茶色い角砂糖を砕いてティーカップの受け皿に乗せてくれたリリアンは、興味深そうな目で自分を見つめながら溜息を一つ。


「……あふ、なふっ?」

(……やっぱり内通者は複雑?)


「え? ああ、ううん。そこは別。だってあの件はウチが悪いもの。〝どどんが〟さんが可哀そうだったし、魔王さんへの大ボスの嫌がらせだったらしいし」


 あの日現場にいたけれど、まるで獲物に群がるピラニアのごとく毟りつくしていた。あれはよくない。流石に悪さが過ぎる、とはリリアンの談だ。


「大きな組織だもの……真っ白であれ、とは言わないし。悪を倒すためなら不正もアリだとは思うけれど、そういうのはひっそりとやるべきよ」


 こんなにあからさまにやるのは賛成できないとリリアンは言い、そんなことで溜息をついたわけではないのだという。


 悪を正すため、ひっそりなら良いんじゃない? という部分に良い感じでリリちゃんのファジーさが現れていて、自分はとてもイイと思うと伝えたら、全力で微妙そうな顔をされた。


「会った時から思ってたけど、狛犬君ってなんか……アレよね」


「なふ、あふっ!?」

(なに、アレってなに!?)


「――でね。溜息をついたのはね、鎧熊のあの子がいるっていう聖地シャルトンの情報がほとんどなくってね……あ、いけない。そういう話じゃないわよね。で、応援が来たらどうするの?」


「あっふ……」

(スルー……)


 スルーされたよ、とリリアンを責めるように見上げる自分を無視し、ブラウニーがあっけらかんと質問に答える。


「即戦争」


 そしてその瞬間、運命の足音。公式設定のままの通知音が響き、メニュー画面からメッセージを開いたブラウニーがニヤリと笑う。


 ――〝銀目の魔王フベが、更地にしろってよ〟


 彼は笑いながらそう言って、小さな螺旋階段の向こう――響き渡る怒声と悲鳴と轟音を聞きながら、こう言った。



「〝もはや、我らはプレイヤーにあらず〟」



 ――人の姿の、モンスターだと。そう言って、ブラウニーは走り出していた。



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