第五十九話:モーニングスター襲来

 


第五十九話:モーニングスター襲来




「お帰り、お客さん」


 がやがやとした喧騒の中迎えてくれたベイツに引きつった笑みを浮かべ、それなりの料金の晩御飯を頼む。店の中は満員で、席も全部埋まっていたがベイツは容赦なく手近な位置に座っていた男の首根っこを掴んで椅子から立たせ、無理やりに席をあけて見せた。


「どうぞ」


「何しやがるベイツ!」


「金があるやつが席に座れる……そうだろ?」


 言い含めるように男の目を見てそう言い切ったベイツに、男は肩を竦めて自分達に席を譲る。どうやら最近ギャンブルですったらしく、ベイツを黙らせるだけの金が払えないらしい。

 生々しい現場を見たと思いながら席に座り、疲れ切った身体を脱力させる。宿に帰る前に統括ギルドに寄り、預けてある竜の卵に魔力をやったのも、疲労感と無関係ではないだろう。


「身体が重たい」


「スタミナの値によって疲労感を再現してくれるらしいね。俺は主に営みで知った」


「ベッドの上で知りました、ってか。走り回って知れよ」


 馬鹿が、と罵れば、罵倒すらご褒美らしい。痛くないのはわかっているが、嬉しそうにニヤニヤする雪花の足を踏み抜けば、いやらしい笑みも引っ込んだ。


「ボスって手が早い」


「お前が言うと違う意味に聞こえる……それってだいぶ不味いぞ? 自覚してるの?」


 雪花はそのまま黙り、肩を竦めて周りを見回す。時刻は夜の10時頃、宿屋兼飯屋として成り立っているらしいこの場所は、酒を飲みながら歓談する街の人やプレイヤーで溢れていた。

 違いは様子を見れば何となく判断がつく。街の人達の目には楽観的な光が。プレイヤーの目には剣呑な光がある。


「軟膏の材料調達の時にPKギルドが張ってなければ、陸鰐だって氷漬けのまま持って帰れたのに」


「まあまあ、でもあの氷はもっさんが解除するか、もっさん以上のモンスターの炎でもない限り融けないから、ほっとけば泣きついてくるって言ってるじゃん」


「いつ泣きついてくるって?」


「金に困れば」


「困らないだろう、あれだけ蜂の素材があれば」


「うーん……まあ、とりあえず俺等も金に困ってるわけじゃないし、とりあえずはいいんじゃない?」


 宥めるように背を撫でてくる雪花の手を叩き落としながら考えるが、確かに陸鰐よりもアドルフの武器の方が、値段が高いことは確かだ。

 そういえば、デザートウルフの強化の話もまだ煮詰めていない。メッセージ機能でやり取りはしているものの、とりあえずアドルフの骨で基礎部分を作り変えることしか決まってない。


 アドルフの牙を放り込んでみることにはなっているのだが、その牙だけではつなぎにしかならないと言うし、じゃあ何を放り込むかといえば店員は気楽なもので、竜種の素材があれば最高とかほざきだすし。


「ギリーの知り合いに竜がいるって言っても、素材を分けてくれるほど穏やかな気性じゃないらしいし。それにナイフの鞘だ、鞘」


 何の問題も解決していない、と重い溜息と共にそう呟けば、突然左隣の男が椅子から引きずりおろされる。

 また金を払わないで座っていた輩がいるのかと目を向ければ、ベイツに引きずりおろされた男の後ろに立つ少女が優雅に椅子の位置を直してから、荒々しくテーブルにジョッキを置いた。


「失礼、隣……いいかしら」


「……どうぞ」


 疑問形ではない響きではあったが、形だけはきかれたのでそう答える。金髪に、桃色の瞳の少女、いや、よく見れば雰囲気は少女ではなく大人の女性の片鱗があるため、違うのだろうが。


「単刀直入に言うわ」


 少女に見える背丈の女性は隣に座ると素早くジョッキを引き寄せながら、細く長い指でこつり、とテーブルを叩く。


「貴方と私の利害は一致すると思うの。短期間のパーティーを組まない? 狂犬さん」


 彼女の髪型を表現するボキャブラリーが自分の中に存在しないことに歯痒い思いをしながら、自分は言われた意味を反芻してその、どこかで見たような顔を凝視する。

 何度か反芻して考えるも、互いに一致する利害。その内容の確認より先に結論を言い渡されたらしい。

 断らないわよね? みたいな鬼気迫る表情に見覚えがあることに唸れば、雪花が恐々と囁いた。


「……まさか、“弥生”?」


「弥生様でしょ? 下僕に呼び捨てにされる謂れは無いわ」


 どうやらベイツに雪花は下僕だと紹介されたらしい。蔑むような目で雪花を見下ろす弥生、というプレイヤーは、つんと顎を上げてそう言い放つ。


「ああ、あのモーニングスター!」


 アリオールさんも言っていた噂のプレイヤー、モーニングスターを振り回し、行く手を阻むPKプレイヤー達をぶちぶちと潰しているあの女性だった。


「モーニングスターじゃない。や、よ、い」


 そう言いながらぐっとこちらを睨む彼女に弥生さん、と呼びなおせば、貴方は呼び捨てで良いわとありがたいお言葉を貰う。

 掲示板の情報によれば“見習いハンマー使い”だという彼女をよく見れば、確かにその腰には凶悪な形の鈍器が括り付けられていた。

 相当な重さであろうそれをするりと撫で、それでお返事は? と彼女は言う。


「利害の一致とは?」


「貴方は切れ味が良すぎるナイフの鞘を探している。私はドルーウが住む小砂漠に用があって、よく地理を知っている案内が欲しい」


「要するに、ギリーの力を貸してほしいと?」


「そうね。通訳として貴方も必要だし、鞘の材料は同じく小砂漠にあるわ」


 一石二鳥だと思うのだけど、と人差し指を立てる彼女はにっこりと微笑んで見せる。確かに鞘は探している。道案内も吝かではないし、この時期、PKギルドが網を張っているエアリス周辺での探索はしたくない。

 小砂漠まで離れてしまえば流石にPKギルドもいない、もしくはほとんど出没しないだろう。数日かけての泊りがけの旅になるだろうが、そこそこの手練れである彼女がいれば心強い。


「それに砂漠なら少々派手に魔術をぶっぱなして実験しても咎められない……」


「ね、ね? どう?」


「やりましょう」


「よっしゃあ!」


 メリットだらけのその提案に飛びつけば、彼女も嬉しそうにガッツポーズを決める。お淑やかに見えて、行動が妙に男らしいのだが、どっちが素なのだろう。

 大声で叫んだので視線が一気にこちらを向くが、彼女が一瞥すれば皆そそくさと視線を逸らす。どうやら街の人達にまでその名は知れ渡っているらしい。


「じゃあ改めてよろしく! 私は弥生、貴方は狛犬よね? 狛ちゃんって呼んでいい?」


「いいですよ、原型残ってればもう好きに呼んでください」


「やった! 私ね、なんか怖がられちゃってあんまり友達出来なくって……ほら、私、顔がぶりっ子だから男といると嫌なこと言われやすいのよ、女性率意外と少ないし、もうチーム決まってる人がほとんどだったから――」


「よく喋る人だね」


「そっすね」


 聞いていなくても相槌をうたなくても話し続けている彼女を見ながらそう言えば、雪花がげんなりした様子でそう返す。

 眼中にない、という扱いをされているが、雪花的には顔はものすごく好みらしい。お近づきになりたいようだが、彼女の気性を考えると雪花のようなタイプは話しかけることすらままならないだろう。

 自分よりも下僕として雪花をこき使いそうな雰囲気を醸し出している彼女は、自分の事は是非、是非弥生ちゃんと呼んでくれと何度も言うので、結局呼び名は弥生ちゃんになった。


「弥生ちゃん、あのね――」


「――っきゃー! 弥生ちゃんって初めて呼んでもらった! 身内以外に! 身内以外に!」


「あー、うん。良かったね。それでいつ出発するの?」


「今すぐ」


「うん?」


 嬉しさに身悶えしていた弥生ちゃんは、自分の質問にすぐふざけた空気を消し去り、さっくりとそう言い切った。


「だから、今日、今すぐ」


 準備して行きましょう、という彼女の目は本気も本気で、既に自分の準備は終わっているとリュックをがっちりと掴んで掲げて見せる。

 椅子に片足を叩きつけるように乗せ、腰に手を当てて彼女は言った。


「超特急で準備して」


 捲れ上がったスカートの下にしっかりと短パンを穿いているのを確認し、雪花が重苦しい溜息を吐く中、自分はベイツが持ってきた弁当を見て逃げられないことを悟ったのだった。












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