第十二話:VRMMOと、人の心



第十二話:VRMMOと、人の心




 がやがやとざわめく〝始まりの街、エアリス〟の雑踏の中――NPCからもじろじろと横目に見られる奇妙な集団が、街にいくつもある食料屋の1つへと向かっていた。


 筋肉質ではないものの、大柄で荒っぽそうな見た目のPKプレイヤー志望の〝あんらく〟。未だに不機嫌オーラ全開でふて腐れたまま、腰に棒切れをたずさえたPKKギルドのギルマスである〝ルー〟。左頬の三角形の火傷の痕が目立つ中性的な顔立ちのド級の初心者プレイヤー〝狛犬〟。そして私。


 人目を引く我ら4人衆は果たして、無事に【Under Ground Online】攻略のための食料を買うことが出来るのか――――。






「何書いてるんですか? ニコさん」


「ひっひっひっ……ちょっとしたモノローグです」


「独白って声に出してこそなんじゃない? ニコさん。……それよりもどうしてニコさんまで」


 そう。何故にニコさんまでがここにいるのか。ルーさんの疑問はもっともである。


「ひっひっ、何故って。この【Under Ground Online】に唯一といってもいいド新人と、他のMMORPGでランカーやってるお二方がいるからですよ。ひっひっひっ――身の安全を確保するためです」


 最後の身の安全の部分でだけ声を潜め、もったいぶった言い方ではなくすっぱりと早口で言い切りニコさんが手を軽く振ってノートを消し去る。

 ルーさんが呆れたように眉を下げ、腰に取り付けられたポーチの中の残金を確認しながらニコさんを見る。


「ランカーっていうならはっきりいって、このゲームにいる100人中80人ぐらいが他のMMORPGでのランカーだよ。もう供給過多とか起こしてるよ」


「そうです。ですからランカーがいるのが大前提で、その次の条件として一番面白そうなグループを選んだんです」


「面白そう……」


 自分達は面白そうなグループらしい、ということはわかったものの、ニコさんの前提条件がまず問題だ。狙われていると言っていたが、いったい何からどれぐらい狙われているというのだろうか。


「狙われてるんですか? ニコさん」


「そぉなんです。助けてください白馬ならぬ犬に乗ったド新人さん」


「〝狛犬〟とギリーです」


「狛犬さん。お助け下さい。無法者に追われているんです。はっきりいって私の戦闘力はひっくいです。虫けらもかくやです」


「無法者?」


 ニコさんの戦闘力はさておいて、無法者とはと目を向ければ、ニコさんは再び手を振ってノートを取り出す。そこに書かれた一覧をずずいとこちらに押し付けてきた。


「えーっと、無法者一覧……これ、統括ギルドにいなかったほとんど……っていうか全部のPKプレイヤーじゃないですか!」


「彼等のハント構成やスキル情報、アビリティ情報、とっておきの布陣。今現在知っていることは全て売り尽くしましたぁ。完璧です」


「あー、ニコさんやり過ぎたね。そりゃ狙われ……ちょっとニコさん。他のグループ行ってよそれ」


「すでに他のグループでもその言葉を言われ続け、ついにここが最後の砦です。どうせ引っ付いて歩いていればいいんですぅ。寄生じゃありません。対価としてあるったけの情報を無料でお出しします」


「ありがたい……いやでも狛ちゃんもいるし……ああ、微妙に釣り合わないっ」


 何やら1人葛藤しているらしいルーさんを見ると、本当にあるったけの情報というのはこれだけの数のPKプレイヤーを敵に回してでも価値のあるものらしい。


 最悪、囮としてあんらく君がPKされれば――とかいう呟きも聞こえたから、そこの部分も個人的な換算の部分に入っているらしいが、それでも対価としては妥当なものなのだろう。

 しかしだ、問題は違う部分にあるのではないのだろうか。


「PKプレイヤー同士って、結託しないんですか?」


「……あー、するなぁ。こういうニコニコみてぇな奴は結託して先に潰しにかかるのは珍しくねぇな」


「今回はランカーが異様に多い。結託の仕方も小悪党じゃ済まないだろうね」


「〝フベ〟、〝どどんが〟辺りは序盤じゃ動かねぇぜ?」


「君のギルドメンバーなんて良いんだよ。問題起こしたら僕が仕留めに行くから、それはいいとしても……ニコさん。どこら辺が組んでくると思う?」


「では、そこら辺も含めてお話しますぅ。ここの食事兼、食料屋で良いですかね」


 食事兼、食料屋。ニコさんがふいに立ち止まり見上げるその看板には、やる気のなさそうな様子でそう書かれていて、はておかしいなと思い首を傾げる。


「5番通りにこんな店ありましたか? ここは空家だったと思いますけど」


「ひっひっひっ、そうですよぉ? 空家でしたけど、今は違います。狙われ仲間がいますから、お入りください」


「おじゃましまーす」


 更なる厄介ごとの予感に、嫌そうな顔をするあんらくさんとルーさんを尻目にして、ギリーの上から下りて扉を開く。

 軽い木の扉を開けばふわりと甘い香りが嗅覚を刺激して、思わず空腹を感じないはずのVRの中でお腹が空いたと思ってしまった。ルーシィも良い匂いですとご満悦だ。


「いらっしゃい。モンスターは店の前で待機」


 中から響く声に顔を上げれば、フライパンを手にした背の高いお姉さんがそう言って、ギリーが大人しく店の前でおすわりをする。深みのある赤い綺麗な髪が短く整えられ、白いエプロンが物凄く似合っていた。


 頷くお姉さんにぺこりと頭を下げながらぞろぞろと団体で店に入り、お姉さん以外に誰もいないのを確認して、ニコさんが店の看板を「close」へとひっくり返す。


「こんにちはぁ、レディ・アンナ」


「気色悪いから止めて。〝アンナ〟です。〝見習い料理人〟の店舗持ち」


「こんにちは」


 ニコさんに冷たい視線と共に止めろと言い放ち、冷静に自己紹介をするお姉さん――アンナさんは、手にしていたフライパンの中身を器用に手首を捻ってひっくり返す。

 見た事がないその物体に心惹かれて思わず寄っていけば、アンナさんがくすりと笑う。


「食べる?」


「良いんですか? それなんてお菓子ですか?」


「……え?」


 自分の質問に、ふと場が静まり返る。どうしたんだろうと思い顔を上げるも、みんなが困惑気味に自分を見ていてふと気がつく。もしかして、このお菓子はかなりメジャーなお菓子なのかと。


 それだったら確かにマズイ。自分がカップ麺を作っていて、同じ日本人にそれはいったい何ですか? と聞かれるようなものだろう。マズイ。非常にマズイ。音声ネットでは普段話題にもならない食べ物の話はあまり情報量が豊富ではなく、実際に見て、名前を知っていて、食べたことがあるのは一部の食材に限られている。


 特に我が家の食卓に並んでいたのは爺ちゃんが作った和食オンリーだったため、外国の食べ物やら、デザートのたぐいにはめっぽう弱い。


「あ、えー……」


「おい狛よぉ、お前〝ゲッター〟か?」


「え、げったー?」


 げったー。聞き覚えのない単語に、はてと首を傾げる。音声ネットでは一般ではないその単語は、果たしてどういう意味を持つのか。解説を求めるようにあんらくさんを見つめれば、さらりと肩をすくめて教えてくれる。


「ゲッター。つまり、家から出ねぇで飯も常にインスタント。学校も通信制でクリア。人付き合いゼロ。会話はネット環境でのみ。仕事しねぇで親の脛齧るひきこもりのことだ」


 何だそれは、と思ったが、自分で自分を振り返って急激に青ざめる。最後の仕事しないで親の脛齧るは微妙だが、大まかにはしっかりとあてはまる。

 青くなった自分を見て、あんらくさんが、んー? と自分の頭を小突いてくる。


「俺だって知ってる最近の社会問題だぜ? そうして家に引きこもって、それでも何でも必要最低限には手が届くから、全てを家からゲットするで〝ゲッター〟だそうだ。ネーミングセンス悪ぃよな」


「あんらく君、それ人をけなす言葉だから。気軽に言わないように。狛ちゃんがそんな悪い子なわけないでしょ?」


「あ、うー……」


「ひっひっひっ。ド直球じゃありませんが心当たりあるみたいですねぇ」


「……いやでも、一応自分で稼いでるし、そりゃ外出てないし、友達いないけど」


「〝ゲッター〟の亜種だな、一昔前のフリーターってやつだ!」


 ニコさんに心当たりという部分でしっかりと看破され、しぶしぶルーシィを盾にしながら言い訳めいた呟きをしてみるも、あんらくさんが本質をがっつりと射抜いて心に右ストレートを打ってきた。


「……」


「あんらく君。フリーターはひきこもりまで定義してなかったでしょ。簡単に人をおとしめない! ほら狛ちゃんこっちおいで。事情あるんでしょ? いくらひきこもりでもそこまで無知ってそういないし」


「最近のゲッターがドーナツまで知らねぇで、ニュースで騒いでたじゃねぇか」


 ――どーなつ。


 どーなつとは一体なんだ。何者だ、どーなつ。食い物か。生き物か。それとも家電か、いや玩具か? まさかの果物か? ダメだ知りたい。大穴で人か? 人なのか? 何者だどーなつ。


「どーなつて、なんですか」


「……」


「……」


「……」


 抑えきれない好奇心に突き動かされ、思わず口にした疑問は寒々しい空気と沈黙によって迎えられた。盾にしているルーシィは気まずそうに羽根をふらふらさせているだけだし、あんらくさんは面白い玩具を見つけたような顔でこちらを見る。


「ドーナツっつーのは鳥だ。こう肥満体の鳥でな? ふらふらと崖か……」


「あんらく君!」


「んだよ、るっせーなぁジジイは。じゃあテメェ教えてやれよ」


 ルーさんが怒った、ということは嘘か。嘘なのか。小さいルーシィの影から恨みがましい目でじっと睨めば、うっ、と気まずそうな顔であんらくさんが目を逸らす。

 とりあえず座りましょおと言うニコさんに従って、バーのような内装のカウンターに4人で並んで腰掛ける。


 あんらくさんからちょっと離れ、ルーさんとニコさんの間に入った自分をよしよしとルーさんが宥めてくれる中、静かに事態を見守っていたアンナさんがおもむろに口を開く。


「ドーナツっていうのは菓子。穴の開いた丸い菓子。甘くて種類がある。チョコがかかっているものとか、クリーム添えたりもする」


 どーなつとはドーナツ。穴の開いた丸い菓子? というものを想像しながら、甘いと言われて更に興味がわく。チョコは知っているが、クリームは知らない。クリームとは何だろう。流れからすると菓子の一部だろうが、添えるということは……なんだろう。


「ほぅ……クリームって何ですか?」


「牛乳は知ってる?」


「はい! 牛乳、チーズ、バターは知ってます! チョコも」


「クリームは牛乳を加工して出来た、わかりやすく言うなら乳脂肪。コクがあって、砂糖を入れて甘くする。ふわふわした特別に濃い牛乳みたいなもの」


「なるほど。それなら何となく想像つきます。白いんですね」


「そう。正解」


 頭は悪くないみたいね、と冗談を言いながら。アンナさんが手元のフライパンで焼いていた謎の物体をベージュ色のお皿に移す。平たい何だろう……何か、何とも言えない綺麗な焼き色がついたそれからは甘い匂いが立ち上り、焼き立てで熱々だ。最近のVRは料理まで凝ってるのかと思いながら見ていれば、そこに色とりどりのフルーツが添えられていく。


 木苺やブルーベリー、図鑑で見て、食べたい……と思っていた果物がふんだんに乗せられて、そこに最後にきらきら光る茶色い液体がかけられる。最後に四角く切ったバターが乗せられて、光ってる……! 光ってるよ、芸術品みたいに光ってる!


 小さなミントの葉っぱと、白いふわふわした滑らかそうな何かが乗せられて、完成と呟いたアンナさんが1人1皿ずつ出してくれる。


「うまそーだな! いただきます!」


 真っ先にあんらくさんがかぶりつき、それを無視してアンナさんがこちらをじっと見つめてくる。

 薄い紅色の瞳と目が合って、アンナさんがぽそりと言う。


「これはホットケーキ。白いのがクリームで、後はわかる?」


「茶色いのは……」


「メープルシロップ。……ああ、シロップってのは甘い液体のこと。メープルっていう木の樹液から作られるから、メープルシロップ」


「なるほど……食べてもいいんですか?」


「どうぞ。1人気にしてないのいるし、召し上がれ」


「いただきます!」


 謎の物体の正体はホットケーキというらしい。なるほど確かに温かいと思いながら、一緒に並べられたナイフを使って一口に切り、どきどきしながらぱくりと食べればもう堪らない。


「おいしい……」


「それは重畳」


 思わずほうっと感動しながら呟けば、アンナさんがはじめて嬉しそうに笑みを浮かべる。ルーさん達もぱくぱくと食べながらVRで食べた中で一番美味しいと評していて、ニコさんは無言のまま瞬く間に平らげてしまう。


「ふはぁ、やっぱり【Under Ground Online】での食事は格別ですね。どれだけコストかかってるんでしょうかぁ。ひっひけぷっ」


 含み笑いの途中で満足そうな吐息が漏れ、ニコさんがごちそうさまでした、と締めくくる。

 このメープルシロップというのは現実でも手に入る物なのだろうかと思いながらも、あっという間に自分のホットケーキは減っていく。

 美味しくて、甘い。ふかふかしていて、クリームもコクがあってすごく美味しい。


「で、狛は何でこんなことも知らねぇんだ?」


 ニコさんと同じように食べ終えたあんらくさんが、げふりと満足そうにしながらこちらを見る。ホットケーキの最後の一切れをもごもごと味わってから、まあいいかと正直に盲目であることを告げ、皿に残っているクリームと木苺をフォークで強襲する。


 美味い、美味すぎる。和菓子以外の甘いものがこんなにも美味しいなんて、と感動しながら必死になって皿をさらっていれば、ひょいとアンナさんがクリームとホットケーキのおかわりをしてくれる。


「おいひぃでふ、ほへも」


「狛よ。理由はわかった。お前がゲッター亜……」


「あんらく君ッ!」


「わぁったよジジイ! うるせぇよ! ……狛、お前どうしてフルーツとかは知ってて菓子とか知らねぇんだよ」


「もごむ……お菓子図鑑って、ないじゃないですか」


「は?」


 不思議そうな顔をする他4名に、素直にわけを説明する。


「植物図鑑とか、魚とか、動物はあるけど。お菓子図鑑って、ないじゃないですか。食べ物図鑑とか」


「……図鑑で覚えてるの?」


「そうです。ウチは爺ちゃんが作る和食一本だったんで、お菓子も和菓子以外は知りません」


 ケーキとか知ってても、見た事もないと言いながら、大きく一切れホットケーキを切りわけてルーシィにもわけてあげる。最高ですー、とか言いながら頬張るので、ルーシィにも美味しいのだろう。


「ウチはいくら中堅層って言ってもそんなに裕福ではなかったんで、ゴーグルはそうしょっちゅう使えなかったんです。たまに図鑑とかは見ましたけど、基本はよほどじゃないと使いませんし」


「お前、じゃあハンバーグとか知らねぇの?」


「ハンバーグ! 流れからいくとそれも食べ物ですか!」


「肉だな。ジューシィな」


「おお、見てみたいです」


 よかった、みんな大人だから変な同情とか少なくて。と安心しながら最後の一切れをぐっと飲み込む。ごちそうさまでした、と言いながらお皿を戻せば、アンナさんが満足そうに皿を回収する。


「美味いでしょ。【Under Ground Online】では、調理は他の料理系VRと同じような基盤でやってるから、手間と知識が必要な分、現実で上手く作れるならVRでも上手く作れる」


「へぇー」


「狛ちゃん……お兄さんが色々教えてあげるから」


「ジジイ、ロリコンか?」


「うるさいよ、あんらく君」


 全然知らなかったと思いながら頷けば、ルーさんがよしよしと頭を撫でながら片っ端から教えてあげると、何やら妙な執念を燃やしている。


 そういえば何だか成り行きで一緒にいるが、他のギルドメンバーは良いのかと聞けば、事情を話して一時解散という形をとったという。結局、犬系モンスター達を従えたPKプレイヤーの討伐も有耶無耶になったし、攻略部隊の一員として活動するのも悪くないだろうと。


 元々テストプレイ中盤までという約束だったから、気にしなくていいと言われたがお礼はしっかり言っておかなくては。


「ありがとうございます」


「いやいや、与太話とかも聞いてもらったし。別に構わないよ。初心者補助も目的だしね」


「ひっひっ、【Under Ground Online】の中で他のVRMMO未経験は貴方くらいです。ド新人さん」


「〝狛犬〟です」


「やっぱりこの子、しっかりしてます。さて――お腹も膨れて満足しました。では食事料金の代わりに皆さんに請け負ってほしいことがあるのです」


 食事料金の代わりと言いながら、最初からそれが目的だろと突っ込まれつつ。ニコさんがふわりと手を振って注目を集めて話し出す。


「PKプレイヤーは総勢37名。その全てが私こと〝ニコニコ〟とぉ、彼女――〝アンナ〟を狙っております。目的は恐らく嫌がらせとログアウトに追い込むための精神的負荷。勿論、私達も手伝いますがぁ、3人にはこの37名の再起不の……いいえぇ、これ以上喧嘩売るなよーっていう警告をしていただきたいのです」


 力でもって、と言い含めるニコさんは、再び手を振って今度は1枚の紙を取り出す。


「37名うち、32名が余所のゲームでの有名どころですぅ。勿論そこのランカーお二方が知っている人もおりましてぇ、〝エルミナ〟、〝喰う〟、〝みるあ〟とかは特に有名でしょうかぁ」


「その3人ね……有名だとも」


 ――悪質なプレイヤーとしてだけど、と苦々しく呟くルーさんに、あんらくさんも肩をすくめて同意する。というかPKプレイヤー37名って、攻略部隊と数が合わない。しれっと兼任している人達もいるんだろうか。


「俺等は手応え求めて中堅以上しかPKしねぇがな。奴ら弱いのしか狩らねぇから」


「君も十分悪質だけど、群を抜いてる奴等がいるんじゃ霞むね。あんらく君も」


「あんなちっせぇのと一緒にすんなよ、ロリコンジジイ」


「……僕には孫までいるんだけどね」


「新しき恋か? すげぇなジジイ。流石テクニシャン」


「……ちょっと表出るかい?」


「ダメですよぉ、その苛々はPKプレイヤー共にぶつけてください。同士討ちは最悪です」


 静かに散る火花の間に割り込んで、ニコさんがちっちっち、と指を振る。敵は存分にいますからそっち相手にやってくださいと言うニコさんに、ルーさんが思い出したように顔をしかめて、苛立ち紛れに歯噛みする。


「数が多すぎる。無茶だよ、ニコさん」


 言い含めるように、諭すようにそう言うルーさんに、あんらくさんも黙っている。やはり数が多すぎるし、どのプレイヤーもかなりゲーム慣れしているらしい。

 しかしニコさんは諦めず、逆に胸を張ってルーさんを見上げにかかる。


「では、PKKギルドのギルマスであるルーさんは、女性2人を見捨てると? 本当に男の子ですかぁ?」


「……そこを言われると歳とった今、逃げられないんだけど」


 止めてくれる? 男の子でしょとか言うの。トラウマなの、とかぶつぶつ言っているルーさんはともかく、あんらくさんはふいと首を横に振り、


「俺はパス。勝算がねぇ」


 と遠慮なく拒否の意を示してくる。

 すると今度はアンナさんがあんらくさんの目の前に、何やらじゅーじゅーと肉汁が弾ける音を立てながら、肉の塊? に見えるような何かを置いて、あんらくさんのフォークがぐさりといく寸前にそのお皿を引っ込める。


 よほど瞬発力の数値が高いのか、残像すら残さない早業に呆気にとられたあんらくさんの顔。机に突き立つフォークが勢いの余り、その余波でびーんと震えている。


「俺のハンバーグ!」


「そう。受けるんなら、これは貴方のハンバーグ」


 おお、あれがハンバーグというものかと目に焼き付け、自分も食べてみたいとあんらくさんを突つけば、究極の選択を迫られていたらしい彼は諦めたようにがっくりとうなだれる。


「わぁった。くれ。あと皿も」


「毎度あり」


 アンナさんの弾んだ声と共にフォークを貰い、皿を貰ってあんらくさんにハンバーグをわけてもらう。


 じゅわじゅわと肉汁が弾けるそれ見れば、細かくされた肉を固めたもののように見えた。ほろほろと崩れる肉の間から小さな玉ねぎが転がり出て、かかっている赤いソースは少し酸っぱい匂いがする。


 フォークを刺せば更に肉汁が溢れ、はくりと食べれば甘い肉の旨味が溢れ出す。少し油でべたつく唇を舌で舐め上げ、ぱくぱくと食べていればあっという間に無くなっていく。


「美味しかったー」


「だろう!? だろうが、ハンバーグ最高だな!」


「最高でした、おいしい」


 ハンバーグという食べ物も記憶にしっかりと焼き付けて、大満足だ。

 ふと脇を見ればいつの間にかニコさんに丸め込まれていたルーさんと、ハンバーグに負けたあんらくさんが互いを罵り、ニコさんが含み笑いをしながら無表情のアンナさんとハイタッチをする。ルーシィもあんらくさんにハンバーグをわけてもらったようで、お皿の隅でもぐもぐしていた。


 どうりで静かだと思いながらも罵倒の間に割り込んで、じゃあどうするんですか? と問えば2人してびしりと固まる。ノープランだったらしい。


「……あんらく君、君が威圧かけてきなよ」


「……テメェだってそれなりに名が知れてるんだから、行けよジジイ」


「全員で行くんですぅ。網にかかったやつから、地道に潰すしかありません」


「「無茶だ!」」


 珍しくあんらくさんとルーさんの声がハモり、同時にその作戦の無謀さを指摘する。

 37名中32名が他ゲームでの有名どころである以上、正面切っての戦いでは地力の面で負けている。いくらプレイに慣れている2人がいても、10人以上は捌ききれないという2人の意見はごもっともだ。


「あの、一体何をしたらそこまで集中的に狙われるんですか?」


 そもそも、そこがおかしい。

 PKが目的であるならば、いつ街から出て来るかわからないたった2人のプレイヤーより、攻略のために奔走しているプレイヤーを叩いた方が楽ではないかと、そう思うのに。

 しかし答えはあっけなく、ニコさんは疲れたようにこう言った。


「価値が、ですねぇ。なくなってしまったんですよぉ」


「価値?」


「情報の価値だよ、狛ちゃん。昨日の会議で、ニコさんが知ってる情報は全て出し尽くしたと言ってもいい。だからこそ、攻略組がニコさんを助ける意味がないんだ」


「え、どうして……」


 ニコさんは情報屋だ。様子を見るにとても腕がいいと思うのだが、それがこの先なんの役にも立たないというのだろうか。

 納得いかないと顔をしかめれば、あんらくさんが行儀悪くぐだぐだと頬杖をつきながらぼそりと呟く。


「人身御供だろ、けっ」


「有り体に言えばそうですぅ。切り捨てごめーんってやつですねぇ」


「え、なんで? え?」


「攻略組はね、PKなんかに構っていて攻略が遅れるのを嫌がっているんだ。だからこそニコさんは格好の餌だった。攻略組の大半はニコさんのPKプレイヤーの情報収集を積極的に手伝い、纏めてもらい、利用するだけ利用して。PKプレイヤー達の恨みの対象に祭り上げてから、切り捨てたんだ。――――抜かったね、ニコさん」


「はいぃ……それはもう油断大敵ぃ。ルーさんは察しがよいです」


 抜かった。油断したと言うニコさんは、先程まで気がつかなかったが少し憔悴しているのだろうか。まさかと思うが聞いてみれば、すでに一度外に出て思い切りのいいPKにあったばかりだと言う。集団は凶器ですねぇ、と軽く言いながらも震えているのは、流石に怖かったのだろう。


 含み笑いや動作を軽くしてはいるものの、彼女の中身だってただの女性なのだ。集団でのPKは、そのリアルさを追求する【Under Ground Online】の中でモンスターよりも恐怖だろう。


 ましてや、その場に居合わせた他の攻略組のグループは、彼女と目を合わせようとすらせずに無視して行ってしまったらしい。含み笑いを混ぜながらも、不覚です、歯痒いですと震え声で言うニコさんに、あんらくさんとルーさんが複雑な表情で黙り込む。


 カウンターの向こうで片づけをしていたアンナさんもやってきて、アンナさんまで狙われるようになった経緯を簡単に教えてくれた。


「私はその子が瀕死状態なのを見つけて、モンスターの群れにぽいされる前にスキルと速さだけで抱えて、〝エアリス〟まで走ったから多分すでに目をつけられてる」


「危機一髪だなぁ、ニコニコよぉ。テメェ日和過ぎだろ馬鹿だろ、馬鹿。奴ら雑なPKはしねぇが報復は忘れねぇからなぁ」


「……返す言葉もございませんねぇ。アンナさんがいなければ折角の帽子も消えてしまう所でした。ですから――」


 恩返しをしたかったが、恩返し以前に自分を助けた事で負ってしまった不利益をなんとしても排除したかったんです、とニコさんは言う。


 見捨てて去った彼等は言ったのだと。これはただのゲームなんだから、仕方ないんだと言って去ったのだという。

 涙混じりのニコさんを、アンナさんがそっと宥める。VRでも涙は出るのだと、この時自分は初めて知った。


「……VRだから、何だってんです。VRの中でだって、裏切られれば傷つくし、助けられれば嬉しいんです。当たり前じゃないですか。AIだって人だって、心あるものはみんな簡単に傷つくんです……っ。見捨てられてゲームだからって、納得できるわけないじゃないですか!」


「ニコさん……」


 虚勢が崩れたニコさんが泣き崩れる。慰めるアンナさんが、私は別に大丈夫だけど、それじゃあニコの顔が立たないと言う。

 私のためでもあるし、ニコのためにも。金は払うし今後の食料も融通するから、助けてほしいとルーさんとあんらくさんに頭を下げる。


 弱くて、何も知らなくて、ちょっと運がよかっただけの自分にはどうしようも出来ない事態。初めて、ゲームの中で力が欲しいと思った瞬間。

 その瞬間に、今の自分にとっては力の象徴と言っても正しい、ルーさんとあんらくさんが覚悟を決めるように、まったく同時に深く息を吐く。


「――あんらく君。休戦だ」


「たりめぇだ。テメェみたいな雑魚は後回しだ。もっとヘボい雑魚狩りしねぇといけないんでな」


「37。内、32は特に厄介な奴らだ。どうやって潰す。女の子泣かせた罪は重いよ」


「そりゃ頭捻るしかねぇだろうよ。心がある俺達でな」


 ごつ、と拳を突き合わせ、目は合わせずに2人が言う。ルーシィがおー、と拍手を投げかける中、ニコさんが泣きながらありがとうを繰り返す。

 あんらくさんが獰猛な狼のような唸りを上げ、その爪が腰に差した刀剣の鞘に痕を残す。


「さぁ――――雑魚狩りだぜ」



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