第九話:幼い頃の夢



第九話:幼い頃の夢




「ありゃあ、わかりませんかー。そうですよねー。ひっひっひっ」


「え、え? ……え」


「大丈夫。そういうキャラで遊んでるらしいから。話すとアレだけどメッセージだとしっかりしてるから。だからそんな後ずさらなくて大丈夫だよ」


「あ、そうですか」


 思わず後ずさってしまったところをルーさんに大丈夫と言われたが、本当に大丈夫なんだろうか。音声ネットでもたまにキャラクターになりきっている人はいるが、VRMMOにも実際に存在するとは知らなかった。


 灰色の髪は肩まで長く、頭にはどこかで買ったのか濃い灰色のとんがり帽子。そこだけみれば魔女のようだが、目深にかぶられた帽子のせいで目が見えないのが何より怖い。


「だぁいじょうぶです。一応、ちゃあんと稼ぎのある大人ですから、わきまえてます。ひっひっひっ、PKKギルドのギルマスさんが私に何の用でしょう?」


「アイテム拾いすら知らないド新人がこの子。ちょっと融通してもらえないかな?」


「ひっひっひっ。ではオマケはしますが対価は頂きます。何かアビリティや契約依存ではない【スキル】を取得していませんか? ド新人さん」


「〝狛犬〟です」


「意外としっかりしてますねこの子、狛犬さんどうです?」


「あ、ありますよ。一応2つ」


「ほほう、未確認なら高値で買い取りますよ。今一番ホットで高値がつくのはアビリティにも契約にも依存しない【スキル】情報です。ど真ん中です」


 その次に契約によるスキルの効果が売れますと言いながら、ごそごそとステータス画面を操作しているのだろうか。様子を見ていればポンと軽い音がして、ニコさんの手元に羊皮紙のような紙と羽根ペンが現れる。


 くすんだベージュの紙を羽根ペンの羽根の部分で辿って行き、では情報秘匿ですと言いながらにまりと笑って羽根ペンを持った手を宙に掲げる。


「【聞き取り部屋】」


 おそらくスキルであろうスペルをニコさんが唱えれば、途端にふわりと白い幕がニコさんとルーさんと自分を覆い、テーブル一つを覆っていいく。白い幕が閉じた、と思った瞬間に外界の音が全て消え、あれほどがやがやと騒がしかったはずのギルド内が途端に静寂に包まれた。


「うわ、すごい」


「これで外の音も聞こえないし、中の音も聞こえませんよぉ。そちらルーさんは良いですよねぇ? サポートするつもりみたいですし、ひっひっひっ」


「はい、いいです」


「では、初めにご確認です。こちら情報屋ニコニコに売られた情報は全てどのように扱うも、私の自由となりまぁす。転売されたからといって文句を言わないことぉ、いいですねぇ? 一応、情報を売り買いするのが目的ですから値段交渉の時は商品価値が落ちないように、こうしてブロックしているわけです、いいですかぁ? ひっひっひっ」


「あ……はい」


 その語尾ははたして一々つける時に面倒じゃないんだろうかと思いつつも、条件には納得できたので素直に頷いておく。

 満足そうに頷いたニコさん――ニコニコという読み方をするらしい――は、ではお願いしますとペンを手にして、妙な構えと共にこちらを向く。怖いです。


「えっと、まずは【瞑想】ってスキルは……」


「出てますね、では少し値は落ちますが新人さんなんで100フィート出しましょう。他は?」


「あ、ありがとうございます。えっと【遠吠え】のスキルは……」


「ありません! それですビンゴです! 詳細を! 珍しそうですから最低でも3000フィートは出しましょう!」


「そんなに!?」


「貴方――情報を舐めてますねぇ? 情報はVRMMOいえ、この【Under Ground Online】において最も欠かせない武器! 下剋上上等のこのシステムにおいて、大切なのはステータスじゃありません。自分と相手が何が出来て何が出来ないのかを正確に把握する事です」


「へ、へー」


「現にです。貴方方がPKKした彼等もまた、情報戦にて負けていたから負けたのです」


「え?」


 情報戦に負けていたから負けたとは、どういう意味なのか。理解していないのを見て取ったのか、ニコさんはぐるぐると羽根ペンの先を回しながら言い募る。


「そうです。彼等の構成は〝見習い剣士〟、〝見習い魔術師〟、〝見習い魔法使い〟の3人組です。彼等は常に【索敵:Ⅰ】のギリギリ効果範囲外から三角形に陣取る奇襲を必殺のパターンにしてまして、最初に剣士が不意打ちの一撃を入れて確実に1人を仕留め、仕留めきれずともタイミングをずらして魔法使いが魔法をぶちこみ、2人に対応しようとして残りの相手が動いた瞬間にまたタイミングをずらして魔術師が大技を叩き込む、というスタイルでした」


「へ、へー」


 純粋に知らなかった、そこまで考えなかったと反省しつつも話を聞くが、そういえばルーさんは彼等3人の接近を察知していた。人が近付いてきたのを察知したのはギリーだったが、ギリーも距離や位置までは正確に把握できないだろう。

 ルーさんをそっと見上げれば、静かな苦笑いが返ってくる。


「そうですよぉ、ルーさんが【索敵:Ⅰ】の効果範囲を底上げするスキルを持っていたことを、彼等は知らなかったんです。だから奇襲が成功せず、むしろ襲われた直後に敵を一撃で仕留めるカウンタースタイルを最も得意とするルーさんに、まんまとやられたってわけです」


「へぇー」


「そのうえ貴方のそのスキル。たしかに彼等がぎゃあぎゃあ馬鹿みたく騒いでました。吠えられて動きが止まった、と。【遠吠え】の効果ですね。それも彼等には誤算だった。まあ貴方に関してはまだ到着間もなかったみたいですから、彼等の根本的な運が悪かったんでしょう。間抜けですねぇ、ひっひっひっ」


 僕の情報はまだ売ってないんだけどなぁ、と苦笑いでぼやくルーさんは意外とすごかったらしい。他のVRMMOでも遊んでいたことがあるらしいし、こういう戦闘とかにも慣れているようだ。


「さて、では本題です。効果が良ければ更に追加。制限によっても追加。取得条件まで公開して下さるなら条件だけで最低でもプラス3000出しましょう!」


「え、えっと……効果は自身のステータス1%上昇。効果範囲内にいる相手に0.5秒間の硬直です。パーティーを組んでいる場合、その効果は味方にも反映される、とも」


「ふむふむ、ステータスはおまけでほとんど0.5秒間の硬直がメインの能力ですね。もしくは、派生した時に上位互換で使える物が出て来るのか……こういう書かれ方をしてるってことは味方に吠えても硬直効果はないでしょうね、範囲外でもステータス上昇はかかるのか……」


「えー、制限は効果範囲内に相手がいること。スキル発動後、1時間は同じ相手に効果がない。効果範囲はおおよそ前方に限られる、です」


「なるほど。発動制限がありますか。MP消費じゃないから当然でしょうね。でも使える能力ですねー。知らないで向かって来る猪突猛進の馬鹿に最適じゃないですか」


「はあ……そうですか」


 そうだろうか、どうなんだろうか。よくわからないが、まあ良かったらしいからいいのだろう。

 きらきらと興奮した様子で紙に情報を書き加えていくニコさんはとても楽しそうで、さあでは取得条件は! と迫ってくる。


 ルーさんが後ろからそっと助言をしてくれて、確かにまとまった大金になるけど、取得条件は特に貴重だから秘匿してもどっちでもいいとのことだった。でもまあ特段、今のところは色々と観光に使うお金が欲しいので、まあ良いかと取得条件を売ることにした。


「取得条件は【遠吠え】のスキルに対し、【遠吠え】の効果を受けた上で、敵の攻撃を躱し少しでもダメージを与える。(5秒以内)です」


「……」


「……」


「あ、この敵の攻撃を躱し、の部分は別に反撃でもいいんですよ? 反撃だけでダメージ扱いになるみたいですから」


「ド新人がよくこんなキッツイ条件のスキル手に入れましたねぇ、偶然でしょうけど面白いです、ひっひっひっ」


「ありがとうございます?」


「条件キツそうだとは思ってたけど、結構キツイね」


「そうですか?」


 うんうん、と頷くルーさんが言うには、ここらで【遠吠え】のスキルを使って来るモンスターは確かに多数存在する。存在するが、そのモンスターは大体が群れで行動する犬系モンスターであり、群れを相手にしながらその条件をこなすのが意外とキツイということらしい。


 何回も挑めばそう難しくはないだろうが、犬系モンスターは特定部位に噛みついた時の即死スキルが存在するらしく、真正面から挑みたくないとのこと。


「でも、契約してる人は? 犬系モンスターと契約してるなら楽じゃないですか?」


「ああ、契約したモンスターは自動的にパーティーを組んでる事になるんだよ。すでに契約を結んでいる時点で、モンスターとプレイヤーは味方だから意味がないんだ」


「あ、そうか……」


 そうだ。味方からの【遠吠え】の効果はステータス上昇だけで、それでは取得条件を満たすことが不可能である。


 なるほど色々と考えてあるんだなと思いながらニコさんを見れば、何やらぶつぶつと計算をしているらしい。答えが出たのか、嬉々としてぶんぶんと羽根ペンを振りまわす。


「ではでは! 予想以上にレアだったので最低額の6000フィートに上乗せして、おまけも含めて破格の10000フィートです! まいどありぃ!」


「うん。おまけも入れて正当価格だ。よかったね狛ちゃん。ぼったくりの情報屋もいるから気を付けてね?」


「あ、はい。ありがとうございます」


「では、私はこれで失礼しますよぉ。あ、これフレンドコードです登録してメールを送って頂ければこちらも登録して送り返します。ひっひっひっ……まだ開発途中ですが〝見習い記者〟のスキルで用語辞典とか作りますんで、それはお客様なら全員無料で配布いたしますよぉ?」


「え、あ、どうも」


 不気味な笑いを響かせながらもスキルを解除したニコさんは、使いやすいようにと白金貨ではなく、金貨8枚と銀貨20枚に分けてくれた。これで色々と面白そうなものが買えるかもとわくわくしていれば、ルーさんが序盤じゃ大金だから半分くらいは統括ギルドに預けて、ついでに袋も貰ってきたらどうだと言うので素直に金貨5枚を預け、リュック型の袋を貰ってくる。


 受付の人の良さそうなお兄さんが言うには、袋は破れてしまったらもう一枚もらえるらしい。そのうえ、もらったものを持って来れば他の型のと交換してもいいのだとか。


 統括ギルドに預けられるアイテムは全部で5個のロッカーに納まれば数は関係ないらしく、食品や水については腐るというシステムが存在するから、預けることは出来ないらしい。


 普通の剣くらいなら入りそうな縦150センチ、横30センチ、高さ20センチほどの大きな引き出しが1つ。縦、横、高さ20センチほどの小さな引き出しが4つ。

 それが1人が好きに使えるスペースで、番号が振ってあり1番が1番大きな引き出し、2番から5番までが小さな引き出しらしい。


「おおー……」


 アイテム管理所と書かれた看板の下に20個ほどずらりと引き出しの取っ手が並んでいて、部屋の反対側にも同じだけ、計40個もの引き出しが存在する。


 引き出しの目の前に立ち、自分の名前を打ち込むだけでどの番号の引き出しを引くかをシステムに尋ねられ、番号を指定することで表面上は1個の引き出しで事足りるんだとか。


 武器や防具などは流石に隠せないものの、あまりにも巨大なアイテムじゃなければ袋に入れて隠したまま引き出しに入れられるらしく、そこはプレイヤーの工夫次第らしい。


「貰ってきました。リュックにしたんですけど、これ便利ですね」


「そうかな? 他のゲームで万能アイテムボックスに慣れてると、もうげんなりだよ」


「そうですか? サバイバルみたいな感じで楽しいですよ、これ」


 どうやら他のMMORPGに慣れている人からすると、この徹底した現実感は辟易へきえきとするらしい。ファンタジーをうたっておきながら何故ここまでリアルなアイテム工面をしなきゃならん、という意見がぞくぞくらしかった。


 個人的にはリュックの性能はかなりいいと思う。何より楽しい。リアルで。

 現実世界で目が見えない分、こういうピクニックみたいなことはしたくてもさせてもらえなかったし、爺ちゃんも盲目の自分をサポートしながらレジャーに出られるほど元気ではなかった。ましてや自分は声も出ないので、もし何か起こっても大声で助けを呼べないだろうと怒られてしまったほどだ。


 だからこそVRの中でこうやって泥臭い部分があるのは非常に嬉しいし、楽しい。リュックは典型的な膝に乗せて抱えるほどの大きさで、側面や前の部分に小さなポケットが沢山ある。側面に4つ、前の部分に大きいのと小さいのと2つあり、かさばらないものをいれるのだろうかと試行錯誤。


 早速PKKで貰えたアイテムやお金を詰め込もうとして開けようとすれば、ジッパーではなく紐で閉めてから、さらに上に上蓋を被せてボタンで留める形式のようだ。


 ボタンを外してぺろりと上蓋を退かし、紐を緩めて上からギリーと一緒に中を覗き込めば、中には布で小さな仕切りが作られていて、所々に小さな巾着型の袋が入っている。


「すごい! すごいすごい!」


「ど、どしたの狛ちゃん。まあ楽しいなら良いけど……」


「本物みたいですよ! すごい! やったぁ」


 テンションは最高潮。もう楽しくて堪らないというメーターが振り切れた状態でわくわくしながらアイテムを手に取っていく。


 最初から袋に入っているお金は、ルーさんのアドバイスがあったのでひったくり防止にいくらかのお金を分けて、首から紐で下げて服の中に。残りのお金はリュックの中に入っていた小さな袋に入れて仕切りの中へ。


 中くらいのしきりにすっぽり収まる林檎2つを詰め込んで、ライン草とトラッド種の羽根は纏めて小さな袋に入れる。アミラ茸だけは別の袋に詰め込んで、晶石はルーさんがくれた大きめのガラス瓶にころりと入れて、一番大きな仕切りのところにすっぽりと納めた。


 何だか全体の配置が気に入らないと一度全部取り出して、もう一度詰め直すということを3回ほど繰り返してようやく納得のいく冒険リュックが完成する。


「出来た!」


「……なんか遠足の準備をしてる孫を思い出した」


「ルーさんお孫さんいるんですか、すごいですね!」


「いや、うん。楽しそうで良かった。めんどくさい死ね運営とか思ってたのが少しだけ癒されたよ」


「やったー、やったー……綺麗に入ったぁ」


『良かったですね相棒!』


「あ、ルーシィ復活したの? うん見てよこれ! 見て見て! 完璧! これぞ完璧!」


『おお……独創的なセンスを感じますね』


『ここからじゃ見えんが、ナイスセンスだ。主』


「楽しそうだね君達」


 きゃいきゃいとルーシィとギリーに誉めてもらい、ひとしきりレジャー感覚を満喫したところでふとギルド内の空気が変わり、皆さん注目してくださーいと声がかかる。


 静寂が支配する部屋の中央、一番目立つところに立つ女の人は綺麗な金色の髪をした、凹凸の激しい美人だった。前髪だけ後ろに撫でつけられた金色の髪は獅子のようなイメージを抱く。このゲームは顔が弄れないから、リアルでもよほどの美人なのだろう。


 同じように透き通る金色の瞳でもってギルド内を睥睨へいげいし、美人なお姉さんは王者のような風格でこう言い放った。


「ではこれより――【Under Ground Online】に宣戦布告をするべく。第一回攻略会議を始めようと思います!」


 静寂は、その声に応える歓喜の声で呆気なく破られた。


 ――――PKプレイヤーを除く総勢70名による【Under Ground Online】、攻略へのときの声であった。



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