111話 『姉を百八つ集めると願いが叶う(叶わない)』

「ちょっとー、何なのよもー!」


 桜は頭部だけになり、運転席シートに乗っかっている。

 突然身に降りかかった奇妙な現象に、気味悪がるよりも憤慨していた。


「姉さん、これはまた随分と……前衛的なお姿になられましたね」


 テルミが良く確認してみると、首が切断されているわけでは無いようだ。

 首の断面に、盆状の『何か』が張り付いている。

 その『何か』は白く光り輝いており、青い線で円やら星やらの幾何学的な模様が描かれている。


「……これは……転送陣……」


 光るお盆を見て、莉羅はそう呟いた。

 テルミと桜は同時に顔を上げ、妹の方へ振り向く。


「転送?」

「何よそれ莉羅ちゃん。言葉の響きから察するに、この光ってるヤツのせいで、あたしの首から下がどっかにワープしちゃってるって事?」

「鋭いね、ねーちゃん……まあ、そんな感じ……だよ」


 莉羅は桜の生首に近づき、陣に触れた。

 目を閉じ、『転送先』を確認する。


「ねーちゃんの、身体は……今……『別の宇宙』へと旅立っている……」

「別の宇宙、ですか」


 テルミは妹の台詞を反復した。

 別の宇宙。ここ最近何度も耳にした単語だ。


 莉羅は兄に頷き、更に意識を集中させる。


「……それも、ただの転送では……無い…………これは……」




 ◇



 其の一。



「これでトドメだ、堕天の魔術師!」

「ぐぎゃあああっ!」


 なんて、ありきたりな正義と悪の決戦。

 正義は勝つ。という言葉の通りになったらしい。

 堕天の魔術師は腹に剣を刺され、黄色い血が盛大に噴き出ている。


 ここはテルミ達が住んでいる所とは別の宇宙。

 偶然地球人に似ている生物が住む、とある惑星。

 ただし似ているとは言っても血は黄色いし、肌は虹色だし、足は七本、目は六つあるが。


 そして勇者達が戦っているこの場所は、堕天の魔術師(独身。男性)の城。その中にある、魔術研究室。

 七本足で幅を取る現地人達を、三十人は余裕を持って収容出来る程に広い部屋だ。


 堕天の魔術師とは、例によって世界征服を企む悪の親玉である。

 元々神様の一族だったのが悪の道に云々、という、やはりありきたりな経歴の持ち主。


「よくぞ我をここまで追い詰めたな、勇者よ……もう我のHPは3しか無い……だが、たとえ我の身が滅せようとも、暗黒の支配が終わりを告げる事は無い……!」

「負け惜しみを!」

「ぐぎゃっ。痛い痛いやめて! 残り2!」


 勇者は、堕天の魔術師に刺さっている剣をグリグリっと回した。


「いてて……ま……負け惜しみでは無い。我が術式は、死を持って完成するのだ……! バージャギアガカアエ痛いンェア! 間違えた、エインェア!」


 魔術師は瀕死の呼吸を整え、呪文を唱えた。

 すると床が光りを帯び、一面に幾何学模様が現れる。


「これは……? 一体何をした、堕天の魔術師! 答えろっ! 死ねっ! グリグリ」

「いでででで、答えを聞く前に殺そうとするのはやめろ! 残り1! ……この部屋自体が、機械仕掛けの召喚陣なのだ! そしてそこに、死の間際で膨れ上がった我が生命エネルギーを、注ぎ込む!」


 魔術師は、残った全ての力を部屋へ与えた。


「神に伝わる召喚術。最強で最狂で最凶の破壊神を、呼び寄せる……!」

「なんだとっ!?」

「いでよ、破壊神!」


 機械仕掛けの召喚陣から、白い光の柱が立つ。

 爆発。

 そして、光の中からそれ・・が現れる。


「これは……こ、これが破壊神!?」

「え!? これ!?」


 勇者、そして呼び出した堕天の魔術師本人も、口をポカンと開けた。

 というのも、召喚された破壊神とやらが……



「……手首……だけ?」


 そして、魔術師の残りHPは0になった。




 ◇



 其の二。



「これでトドメだ、光彩の勇者よ!」

「いやあああっ!」


 なんて、ありきたりな正義と悪の決戦。

 正義は勝つ。という言葉の通りにはならなかったらしい。


 光彩の勇者は腹に剣を刺され、水色の血が盛大に噴き出ている。


 ここはテルミ達が住んでいる所とは別の宇宙。

 偶然地球人に似ている生物が住む、とある惑星。

 ただし似ているとは言っても血は水色だし、肌は半透明で緑の骨格が丸見えだし、足は一本、目は一つだが。


 そして勇者達が戦っているこの場所は、光彩の勇者(独身。女性。彼氏有り)の拠点。

 敵の親玉が直々に勇者を倒すため奇襲をかけて来た、という、もし冒険モノなら少々セコイ展開中。


「ぐっ……やるわね、薄汚いモンスターのクセに……私のHPは残り3よ……だけど、たとえ私が破れようとも世界は汚らわしいモンスターごときには」

「その差別的な物言いをやめろ!」

「うきゃあっ! 痛い痛いやめて! 残り2!」


 魔物の親玉は勇者の腹に刺さった剣をグリグリと回した。


「クソったれ! こちとら勇者。モンスターなんかに屈する訳にはいかないのよ! 今、禁術を解き放つ……!」

「禁術だと!? させるか、死ね!」

「ぎゃあっ! 残り1! ちょっとちょっとちょっとタンマ! こういう時は普通、余裕しゃくしゃくで『ならばやってみよ!』とか言う場面でしょ!?」

「ならばやってみよ!」

「やってやらあ!」


 光彩の勇者は、戸棚から箱を取り出し蓋を開いた。中にはボタンが一つだけのリモコン。

 早速そのボタンを押すと、床一面に幾何学模様と白い光が……以下略。


「この光はなんだ!?」

「これは勇者一族、秘伝中の秘伝……異世界の『荒神』を召喚する奥義。まあ何千年もの間、成功した御先祖様は一人もいないけど……でも今ならやれる気がする。何となく!」

「根拠が希薄だが……面白い。ならばやってみよ!」

「やってやらあ!」


 召喚陣から、白い光の柱が立つ。

 爆発。

 そして、光の中からそれ・・が現れる……


「……何だこれは?」

「……何これ?」


 それは何とも奇妙な……というか意味が分からないものだった。


 青い幾何学模様が描かれている、光るお盆が二枚。

 その二枚が、肌色の物質を挟んでいる。

 このお盆は、今地球で桜の首に張り付いている転送陣と同じ物。


 つまり光彩の勇者が召喚した『荒神』を正確に説明するならば、『桜の二の腕を約三センチメートルの長さで輪切りにし、二枚の転送陣で挟んだ物』である。



 そして、勇者のHPは0になった。




 ◇



 其の三。



「てえへんだ、てえへんだアニキ!」

「おうおう、そんなに慌ててどうしたんでえ。弟分!」


 別の宇宙。

 地球人とは似ても似つかぬ、丸いボールに目と口だけがあるような生命体が支配する惑星。

 兄弟のように仲良くしている男性二人が、会話している。


「質屋のデンスケが、オバケを呼び寄せやがったんでさあ!」

「オバケだあ!? それってえと、空気が抜けたボールの幽霊……」


 この惑星の価値観では、オバケは潰れたボールのイメージなのである。


「そいつが違うんでさあアニキ! なんでもそのオバケってえのは……」


 その時、突如として鳴り響く爆発音。


「おおうっ!? どうしたい、今のは!」

「火事でさあアニキ! しかもあれは、デンスケが住んでる長屋でさあ! ああ、噂をすればデンスケの野郎。命からがら転がって・・・・きやすぜい!」

「けほっ、ごほっ。まったく、何て災難だわさ!」


 デンスケは部屋から脱出し、男達の前に辿り着いた。


「おう、どうしたいデンスケ!」

「どうしたもこうしたも無いさねえ! ちょいとまったく。聞いておくれよあんた達。お偉い学者さんが、ヘンテコな機械からくりを質に入れて来たのだけれどねえ。それは、磁石が無い羅針盤に、青い変な模様が描かれてる……なーんて意味が分からない機械からくりさあ」


 デンスケは丸い体に空気を出し入れしながら、憤慨している。


「そんなワケわかんねえもん、良く受け入れたな」

「それがねえ……高級なのか安いのかさえ分からない代物だけど、学者様の持ち物って事で、良く考えずに質札貸しちまったんだよぉ。でも期日になっても取り戻しに来ないので、結局質流れ。とは言え何の道具かさえも分かんねえってんじゃあ、売りにも出せない。それで色々弄っている内に、機械からくりの端で指切って血を出して。その血が羅針盤に付いちまったら、急に白い光が……」


 つまり、偶然この惑星でも『召喚術』が行われたのである。


「そんでグニグニ動く変な化け物が現れたのさ! あたしゃもう恐ろしくて恐ろしくて」

「そうか! それがつまり噂のオバケってワケかい!」

「そうさねオバケなのさね!」


 ちなみにそのオバケとは、桜の左ひざ関節部分。

 もちろん断面には転送陣が張り付いている。


「そのオバケが急に暴れ出してね。壁を打ち壊すわ、かまどの火を燃え広がらせるわで、ついに花火師のケンパっつぁんの部屋に炎が移って……」




 ◇




「……ちょっとちょっと莉羅ちゃん。何よこの次々に現れる映像は!?」

「今、ねーちゃんの身体が……『召喚』されている、場所の……リアルタイム配信……でーす」


 莉羅のテレパシーで送られて来た映像に、桜は頭を抱え……たかったが今は手が無いので、とりあえず眉だけ潜めた。


 自分の体が、意味の分からない理由で異世界に召喚されている。

 しかも、プラモデル並の細かいパーツに分かれているのだ。


「つまり姉さんの身体は三つに……いや、四つ……ええと五つ、六つ、七つ……」


 テルミがそう言う最中も、映像は――桜の召喚先は、どんどん増えていく。

 莉羅は首を横に振り、小さな声で、


「百七つ」


 と呟いた。


「ひゃ、ひゃくなな……!?」

「ねーちゃんの、身体は……百七つに分離して……それぞれが、別の宇宙で……偶然『同時に』『召喚』……されている」

「ええ……はああー!?」


 意味が分からなすぎる状況に、桜は立ちくらみを起こす。足は無いので立っていないのだが。

 そして莉羅は、桜の顔を指差した。


「ここにある生首を、合わせれば……百八つだ……ね」

「煩悩の数!?」

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