第十二章 悪役、闘技、

95話 『弟は悪役らしい』

「あははっははははははっはっは! テルミー! どーん!」

「うぐっ」


 早朝の学校廊下。

 テルミの背中に、猛烈なタックルがぶちかまされた。

 急な攻撃に対応できず、テルミは胴をのけぞらせる。


「こ、コウさん。おはようございます」

「おはよう!」


 体当たりの正体は、テルミの同級生女子である伊吹こうだった。


「廊下を走るのはやめましょうね」

「わかった、もうやめる!」


 と、いつも素直に頷くのだが、このやめる宣言は何度目だっただろうか……

 どうせ数日経つと忘れてしまい、また廊下を走り回るのである。


「それより聞いたぞテルミ! カラテガールと戦ったんだってな!」

「戦ったわけではないですよ」


 着物美女をお姫様抱っこし、漆黒のヒーローから逃げる男子高校生。

 あの逃走劇はマスコミや一般人に撮影され、今やテレビやネットで注目の的だ。

 テルミは不本意ながら、その顔を世界中へ配信されてしまったのである。


「テルミの正体について、男装してる女説も流れてるぞ!」

「そ、そうですか。はぁ……」


 まこと、少年にとって不本意な流れである。


 その後テルミはコウと別れ、複雑な気持ちで教室へと向かった。

 扉を開けた瞬間、「噂のテルミがご登校だ!」とクラスメイト達が集まって来る。


「真奥くん、ニュース見たよ!」

「お前勇気あるな。いつもヤンキーに説教してるけど、まさかあの女ヒーローにまで説教するなんて」


 皆も早速、くだんの話題を口にする。

 テルミは「別に説教したわけではありません」と訂正したが、そんな細かい事はどうでも良いとばかりに友人達が押し寄せた。 


「カラテガールどうだった? やっぱおっぱい凄かった?」

「揉んだ? 柔らかかった?」

「も、揉んでませんよ……」


 と否定しつつ、多少言い淀んだ。

 揉んではいない……が昨晩、そのヒーローの胸を不可抗力で触ったり、顔を挟まれたりしたのだ。


 そういったインモラルな記憶を頭から振り払おうとするテルミに、クラスメイト達は質問を繰り返す。


「あの着物のお姉さん誰? 悪の怪人らしいって情報もあるけど」

「何で抱っこして逃げてたの?」

「カラテガールに歯向かったんで、ネットなんかではお前が悪人だって噂もあるぞ」

「えーテルミくんが悪人って~? 無い無い。それなら世界人類のほとんど悪人じゃん!」

「でもヒーローの敵ってなるとだな。個人単位の善悪は別として、大きな分類としては悪役になっちゃうのでは?」

「いやあ。優等生のテルミがまさか悪役ヴィラン、しかもあのカラテガールのライバルとして華々しくデビューするとは……友人の俺も鼻が高いよ」


 様々な言葉が行き交う。

 テルミが誰に返事をすれば良いものか迷っていると、


「よーし、テルミの活躍を祝して胴上げだー!」


 と、その場のノリと妙なハイテンションで、お祭り騒ぎになってしまった。


「待ってください僕は……」

「わーっしょい!」

「わーっしょい!」

「皆さん、降ろして……」

「わーっしょい!」

「わーっしょい!」




 ◇




 同日、昼休み。

 教室にて。


「輝実さま! ユーチューバーデビューおめでとうございます!」

「ユーチューバーデビューはしていませんよ」

「えっっ! 違うんですか!?」


 テルミの元へ、上級生女子数人が挨拶に来た。

 真奥桜親衛隊、および生徒会の面々である。


「びっくりびっくりびっくり! 輝実さま、どうしてカラテガールから逃げてたの?」

「それは色々ありまして」


 まさか「妖怪を庇っていた」とは言えず語尾を濁していると、女生徒集団の後方にいた柊木いずなが、もじもじしながらテルミの前に出て来た。


「て、テルミくん……その、昨日はすみませんん……」


 真っ赤な顔で謝罪をする。

 昨夜ニュースでテルミの姿を発見したいずなは、


「あ、あの、あのぉ……! 怪我は無いですかぁ!? 痛くないですかぁ!? その、私……こ、声を聞いて安心したいな……なぁんて……えへへ」


 と、すぐさまテルミに電話をかけたのである。

 ちなみにその通話中、テルミの隣に莉羅が密着しており、

 

「……めすぶた……男に媚びてる……ドジっ子のフリ……弱い女を、計算で演じている……」


 と、いずなへの不満をぶちぶち言っていた。

 妹の苛立ちはともかく、テルミとしては柊木いずなの気持ちはありがたい。

 そんな昨晩の様子を思い出しつつ、


「いえ。僕もいずなさんの声を聞いて、安心しましたよ」


 そう言って微笑むテルミ。

 いずなは「え、えへ……」と、ますます顔を赤くした。

 

「それでテルミくん、あ、あのぉ……もう一つ、昨日…………えっとぉ……」


 いずなは昨晩の電話で、聞きそびれた事があった。

 聞きそびれというよりは、勇気が無くて聞けなかったというか。


「あれれ! いずなちゃんは、『あの着物のお姉さんは輝実さまの何なのですか! カノジョ!?』って聞きたいんじゃ無かったんですか!?」

「えう!? わわわわわわ、こ、声が大きいよぉ……!」


 いずなを後押しするように、というか崖から突き落とすように女生徒が言ってしまった。


「でもでもでも! 私も気になる! あの人は輝実さまの恋人? 親戚? 実は女装の男性だったりします?」

「女装ではないですね」


 テルミは考える。

 何と説明すれば良いのだろうか。「はい親戚です」と嘘を言おうか?

 しかし彼の性格的に『曖昧に誤魔化す』ことは出来ても、『堂々と嘘をつく』のは苦手なのである。


 などと困っていると、助け舟ではないが、テルミのクラス担任である男性教師が声をかけてきた。


真奥まおく。ちょっと良いか?」

「はい。では皆さん、また後ほど」


 テルミは女生徒達と別れ、教師に連れられ職員室へと向かった。

 話題の渦中にいる少年が入室すると、学校職員達は騒ぎこそしなかったが、好奇の目で眺める。


 担任教師は自席へ座り、ちょうど留守中であった隣の席から椅子を引っ張り出し、テルミにも座るように勧めた。

 テルミが腰を落ち着かせると、教師は言い難そうな顔で口を開く。


「カラテガールの件なのだが」


 教師の言葉にテルミは頷く。予想通りの要件だ。

 成り行きとは言え、あのヒーローと対立した場面を全国公開されてしまった。

 先程クラスメイト達にも言われたように、『テルミがヒーローに仇する悪の者である』との噂も流れている。


 まあそれより、『カラテガールが乱心し一般人を襲う』とのゴシップネタの方が主流ではあるのだが。


 とにかく担任教師は、それら一連の噂を気にしているのだろう。


「真奥は……うん、とても良い生徒だ。面倒見が良く、勉強もスポーツもボランティアも頑張ってるし、友人関係は良好。おまけに姉はあの真奥桜」

「はぁ、ありがとうございます」

「しかしだな、お前に限って無いとは思うが……でも万一、アレだ。カラテガールに追いかけられてたって事は……何だ、つまり……『悪いことをしたから』……とかでは、ないだろうな?」


 教師がその可能性を疑うのも仕方ない。

 カラテガールことキルシュリーパーは、やりたい放題ではあるが、一応ヒーローという名目になっているのだ。


「それは……」


 テルミが何とか弁明しようとした、その時。


「先生。それは輝実だけでなく、家族であるわたくしへの侮辱にもなりますわよ」

「ま、真奥桜くん!?」

「姉さん?」


 突如、職員室の扉を開けて現れた桜。

 テルミと担任教師は不意打ちに驚き、目を見開いた。

 桜はつかつかと二人に近づき、胸を張って両腕を組む。

 そして、座っている教師を不遜な態度で見下ろした。

 

「わたくし、姉だから申しているのではありませんことよ。でも輝実は、悪に手を染める男子ではございません。そのキル……」


 桜はついキルシュリーパーと言いかけ、苦い顔で「コホン」と咳をした。

 悲しいかな、世間では未だにカラテガールの名で通っているのだ。


「そのカラテガールという女が、勘違いで暴れていただけではなくて? 輝実は被害者ですのよ」


 自分で暴れておきながら、まさに開き直りの言い草である。

 だが生徒会長真奥桜としては、ヒーロー否定派というキャラ・・・を作っているのだ。


「そ、そうだな……うん、いや俺もそれは承知しているよ。ただ一応……ね」


 教師はバツが悪そうに、姉弟の顔を交互に見る。


「だが確かに生徒会長の言う通りだ。あのカラテガールってヒーローは変態みたいな恰好しているし、ワガママそうだし、全体的にいかがわしいからな」

「……そ、そうですわね」


 桜は冷静な表情を崩さなかったが、こめかみの血管がピクピクと脈動している。

 一方、教師は桜の怒りには気付かず、テルミの両肩を強く掴んだ。


「分かった、悪かった真奥! 先生もお前も信じよう!」

「はい、ありがとうございます。それに心配もして頂き、嬉しいです」


 少女のような微笑みを返すテルミに、担当教師は少し呆ける。

 そして桜は、


「変態……ワガママ……いかがわしい……」


 と誰にも聞こえない小声で呟き、怒りを誤魔化すように拳を強く握りしめた。

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