62話 『弟とバリア先輩』
盛況な駅前広場。
設置してある巨大オブジェの上に、長い金髪の褐色少女が、ビキニ水着姿で立っている。
その少女は目の上に手でひさしを作り、「サーチ中なの~! サーチ中なの~! なの~!」と、大袈裟に何かを探すポーズをしていた。
行き交う人々は皆、それを見上げている。
少女の正体に気付き、スマホで写真や動画を撮る者も出てきた。
少女は通りの向こうに、顔上半分を仮面で隠し、マントを着ている少し恥ずかしい恰好の男を発見した。
同時に男の方も少女を発見し、巨大オブジェへ向かって走り出す。
そして男の後ろには、スターダスト・バトル運営が用意した専用撮影部隊。
「スウィートなの! ヒーロー発見ヒーロー発見! でもアレはカラテガールじゃないから、ガールズ対決が出来ないの。まっいっか! いっか! こ! ろ! そ!」
少女は楽しそうに言って、十メートルはあろう高さのオブジェから飛び降りる。
「チョコちゃん参上なのー!」
両足で着地。周囲がどよめく。が、少女に怪我は全く無し。
「ちょ……」
写真を撮っていた者達は、降って来た少女の顔を改めて見て、その正体を確信する。
「チョコレートガールだああ!」
「うおおおおお!」
ギャラリーの男性達が叫ぶ。
少女はそれに手を振り、胸をわざと揺らした。少々小ぶりな胸であるため、水着がズレ落ちそうになる。
そのポロリの瞬間を、バトル運営撮影部隊は見逃さなかった。
「ヒーロー殺しは、このチョコちゃんにお任せなの! なの! 内蔵! 破裂!」
「うおおおおチョコレートガールぅぅ!」
彼女はスターダスト・バトルで有名になった人工超能力者――いや正確には、能力者になる前から有名だった少女だ。
そして彼女が指差す男もまた、人工超能力者である。
「チョコちゃんキミを知ってるの! の! 火事から子供を救ってた、分かりやすいくらいにヒーローな人だよね! 名前は忘れちゃったの!」
「俺はスカイフォースだ。そして俺もお前を知っているぞチョコレートガール。最近目立ちに目立ちまくっている
スカイやらチョコレートやらとは、ヒーローネーム及びヴィランネームだ。
各々ヒーローもしくは
「チョコレートガール。顔も隠さず堂々としているので、その素性もバレバレだ。本名、黒井
「わあチョコちゃんのこと良く知ってるね! ね! キミ気持ち悪いの! チョコちゃんの事好きなの? なの?」
そんなやり取りをしつつ、スカイフォースは腕時計に、チョコレートガールは右耳のピアスに触れた。
スカイフォースの腕時計に『33』とデジタル表記される。
そしてチョコレートガールのピアスから、「サン、ジュウ、サン」と本人にしか聞こえない小さな音声が流れた。
スターダスト・バトルに参加しているヒーローおよびヴィランが、残り三十三人だという意味だ。
人工超能力者は、常に『残り人数』を確認出来るようになっている。
この二人の場合は腕時計とピアス。
他にもイヤリングだったり、指輪だったり、携帯電話だったり、グローブだったり。
一人一人違う、コスチュームに合った確認用装置を与えられている。
装置が全員違う理由は簡単だ。もし同じものを使っていたら、カラテガールが参加者では無いとバレてしまうからである。
それにヒーローと
そして残りの参加者三十三人が誰なのか、人工超能力者達はお互いを全て把握しているわけではない。
このスカイフォースやチョコレートガールは積極的に『活動』し、スターダスト・バトル配信やその他メディアに露出している。そのため二人の存在は、一般人にも知れ渡っている。
しかし活動せず、身を潜め虎視眈々と漁夫の利を狙う者達、もしくはただ逃げている者達もいるのだ。
そういう輩は、運営がこっそり
とにかくこの残り人数。誰か死ぬと一つカウントダウンし、新たな能力者が増えると一つカウントアップするのである。
「さてさて! 残りサン、ジュー、ニー! にしちゃうのー!」
チョコレートガールが両手を挙げて叫んだ。
その台詞は、見物人達には意味が分からない。
スターダスト・バトルが『最後の一人になるまで殺し合う事』だと知っているのは、当のヒーローや
一般人は、あくまでも正義対悪の構図であると思っているのだ。
「倒されるのは貴様の方だがな、チョコレートガール。行くぞ! 我が空を征す技をとくと見」
「大声出さないで欲しいの! ツバ飛んだの! 気持ち悪いのー! のー!」
チョコレートガールの左腕、肩から下がどろりと溶け、粘着性のある茶色い液体に変わった。
そしてそれが、油断したスカイフォースの足へ飛び絡みつく。
「うっ、しまったこれは……」
液体は瞬時に固体となり、スカイフォースの下半身が地面に固定された。
「甘ぁーいチョコレートなのー!」
更に右腕も溶け、スカイフォースの口へ飛ぶ。
チョコレートガールの超能力は、ヴィランネームそのままである。
体がチョコレートになるのだ。
甘くはない。
「むうぐが……がぼがぼぼぼぼ」
元々の腕の体積より遥かに膨張した大量のチョコレートが、スカイフォースの口から胃に入り込む。
「ねーねーチョコちゃんのお手手、美味しーよね? よね?」
「ぐぼぼぼおえっごぼぼぼぼええ」
スカイフォースは顔を真っ赤にし、涙と鼻水と
「美味しそうでなによりなの!」
「ぐぼっ」
スカイフォースの腹が裂ける。
血、脂肪、胃、腸。それらが宙に舞い、周囲は赤く染まり生臭くなる。
見物人達は、
「うぷっ……」
と気分が悪く吐いてしまう者や、
「うおおおおおチョコレートガールううう! チョコちゃあああん好きだあああああ!」
と興奮する者。
多くが入り混じり、異様な熱気に包まれる。
「あー。ヒーローの能力見るの忘れてたの! まっいっか! 確か空を飛ぶとかそんなんだったの!」
スカイフォースだった肉塊から茶色い液体が這い出し、チョコレートガールの腕へと戻った。
元通りになった指でピアスを触り、人数を確認する。
「サン、ジュウ、ニ」
「やったーなのー!」
「……サン、ジュウ、サン」
「ええ~? やったーじゃないのー……」
チョコレートガールは、わざとらしくガックリうな垂れる。
カウントアップしたのはつまり、今まさに新しいヒーローか
「ノットグッドなの。の。これじゃあ、いつカラテガールと戦えるのか分かったもんじゃないのー! ねえ、そこのキミ!」
「……えっ、お、俺……いえ僕ですか!」
チョコレートガールは、ファンの一人に話しかけた。
スマホで撮影していた青年は、急に話しかけられ舞い上がる。
「チョコちゃんとカラテガール、どっちが可愛いと思うの? チョコちゃんだよね! チョコちゃんなの!」
「はっ、はい! チョコちゃんです!」
「ほらやっぱりそうなの! カラテガールは顔隠してるし、きっとすっごいブスなんだって思うの!」
バトル運営のカメラに向かって、あっかんべーをしながら言う。
カラテガールことキルシュリーパーが、この配信を見るかもしれない。そう思っての挑発である。
「よーしチョコちゃんファイトなの! くよくよ~んってしてても、しょうがないの! 今から金持ちの家に強盗するから、血を見たいファンの皆もついて来てくれなのー!」
その叫びに呼応するような丁度良いタイミングで、銃や盾を持った警官達がやっと駆け付ける。
チョコレートガールはそれを見て、心底嬉しそうな笑顔になった。
◇
そんなチョコレートまみれな戦いと、ほぼ同時刻。
「先輩。誰かに後をつけられています」
「えー。急にどうしたの
下校中のテルミと
鈴はわざと鞄を落とし、ちらりと背後を見る。
妙な男二人組が、慌てて顔を逸らした。
テルミは家業の武術で気配を読む
……という格好良い理由ではなく、単にあの男二人組の尾行がバレバレなだけである。どうやらプロの探偵などではなさそうだ。
「でもー、どうしてつけられてるんだろー。輝実さまのストーカーかなー? 美女だしー」
「美女ではありませんが……とりあえず走りましょう先輩」
「うんー、それが良いかもねー」
「失礼します」
テルミは鈴の手を握った。
それに対し鈴は微笑み、
「輝実さまって、こういうトコあるからー。柊木さんもヤキモチだねー」
と呟き、テルミの手を握り返す。
「せーの。さーん、にー、いちー」
そして駆け出した。
「あっしまった、バレたみたいです! だから隣の子がいなくなるまで待ったりせずに、さっさと話しかけましょうよって言ったんですよ!」
「うるさい。とにかく見失うな。まだあの子の超能力も確認していないんだぞ」
尾行していた男達も、慌てて追いかける。
「わー輝実さまー。足早いねー。私もう無理かもー……」
鈴は走るのが苦手であった。早々に速度が落ちる。
「失礼します」
「えっー、わー」
テルミは再び謝った後、鈴を抱え上げた。
俗に言うお姫様だっこである。
そのままの状態で走り続けた。
「なんだあの小僧、華奢な体なのに力つえーな!」
「どうします先輩!」
怪しい男二人組が焦っている。
彼らもまた走るのは苦手であった。つい最近まで、広告業のデスク仕事をやっていたからだ。
「仕方ねえな、こいつで脅かすか」
「ええっ、良いんですか先輩。相手は子供ですよ」
「脅すだけだってば」
そして男の一人が、内ポケットから金属製の何かを取り出し、身構えた。
テルミの首にしがみつき男達を見ていた鈴は、その『何か』にすぐ気付く。
あれは……小さな拳銃だ。
「あっ、危ない輝実さまー!」
「えっ!?」
鈴は叫んだが、しかし既に銃弾は発射されており……
カンッ、と軽い音がした。
「……あれー?」
銃弾はテルミ達まで届かず、ぽとりと地面へ落ちた。
「なにこれー……これってー……」
だっこされている鈴が、目を凝らして宙を見る。
テルミと鈴の前に、長方形で半透明な、まるでガラス窓のような物体が浮いていた。
「バリアかなー?」
「バリア……ですかね?」
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