40話 『兄は剣術小町似』

「お花ちゃんお花ちゃんお花ちゃんお花ちゃんお花」

「お、落ち着いてください……!」


 莉羅りらのクラスメイトである八女やめ茶菓子チャカこが、興奮して尻尾を振りつつテルミの顔を舐めている。


「莉羅、この女の子は一体……そうだ、あのテレビ番組の子に似ていますが」


 テルミはチャカ子の両脇を抱え上げ、顔から遠ざけながら妹に聞いた。


「うん、チャカ子ちゃん……百十一歳の妖怪、だって……さ」

「妖怪?」


 そんな話をしている間にも、チャカ子はテルミに迫り続けている。


「お花ちゃん何十年ぶりでありんしょワン! ニンゲンにしては全然老けてないワン!」

「勘違いです、僕はそのお花ちゃんという方では」

「キャンキャンキャウーン!」


 テルミは訂正しようとしたが、チャカ子は全く話を聞かない。

 見ている莉羅は渋い顔をして、


「……だめー……!」


 と、チャカ子を兄から無理矢理引き離した。


「何するでありんすか莉羅ちゃん」

「人違い……だから……花ちゃんじゃない……」

「ワンですと!?」


 チャカ子は尻尾をぴんと立て、「フンフン」とテルミの匂いを改めて嗅いでみた。


「……た、確かにちょっとニオイが違う気もするでありんすが……でもやっぱり、この顔は間違いないでありんすワン!」


 先程も「間違いない」と断言しながらカラテガールと伊吹こうを間違えていたのだが、チャカ子はまたもや自信満々に言い放った。


「髪型は違えど、小さな顔に大きな目、通った鼻筋、綺麗なお肌。剣術小町のお花ちゃんでありんすワン!」

「小町って……」


 小町。美人と評判であった小野小町から転じ、美しい娘であるという意味のあだ名。

 つまり女性の事であるのだが、


「……僕は男です」


 またもやこのような扱いをされ、テルミは男として複雑な気持ちになった。

 一方チャカ子は、


「嘘でありんすワン!」


 と聞く耳を持たない。

 自分の考えに固執してしまっているようだ。


「ホント、だよ……りらの、にーちゃん……だよ……」

「莉羅ちゃんのあにさん?」


 チャカ子は疑り深い顔で、テルミの腰に鼻をくっつけた。

 テルミは「やめてください」と身を捻ったが、チャカ子は遠慮なしに股間へ顔を突っ込んでくる。


 そしてひとしきり匂いを確認した後、首を捻り、


「ニンゲンの男女差はよー分かりんせん……」


 と呟いた。


「やっぱり嘘でありんすワン! お花ちゃんでござりんしょうワン!」

「おおお……中々食い下がる、ね……チャカ子ちゃん……」


 暴走するクラスメイトに、莉羅も戸惑っている。

 そしてテルミはキャンキャン騒ぐチャカ子を見ながら、顎に手を置き考えた。


「僕に似ている、お花ちゃんか……」


 その名前、そして剣術小町というあだ名がどうも気になり……母が海外渡航する前に言っていた台詞を、ふと思い出した。



「あたしも桜も美人だろ、莉羅も可愛いし。母さんの婆さんも剣術小町とか言われてたらしいんで、血を引いてんのね。でも輝実、あんたが一番その血を濃く受け継いじゃってるね。白黒写真に写ってる顔そっくりだ。オマケに主婦みたいな趣味……は、父さんの家系かもしれんが。とにかく男らしく鍛えてやるから、とりあえず町内千周な。無理? じゃあ二千周だ」



 そして祖父に「それでも母親か!」と怒られていた。


 このような思い出を振り返り、もしやと思いテルミはチャカ子に尋ねてみる。


「お花ちゃんの本名は、真奥まおく花実はなみですか?」

「苗字は分かりんせんけど、確かに名前はハナミ。ってお花ちゃん、自分の名前を忘れたのでありんすワン?」


 やはりそうだ。お花ちゃんとは『母さんの婆さん』である。

 つまり、


「その方は、僕達のひいお婆さんですよ」

「ワンと!?」


 チャカ子はテルミの言葉に驚いた。


「……つまり、どーゆー事でありんすワン?」


 驚いただけで、分かってはいなかった。

 この後、テルミと莉羅が結構な時間をかけ説明し、チャカ子はようやく理解出来た。


「そっかそっかー。莉羅ちゃん達は、お花ちゃんのひ孫。どーりで懐かしいニオイだと思ったんでありんすワン!」

「うん……ひまごー……」


 チャカ子は莉羅の両手を取り、嬉しそうに小躍りしている。

 その様子を見ながら、テルミは再度チャカ子に尋ねた。


「チャカ子さんは、ひいお婆さんとはどのような関係だったのですか」

「ひーおばーさん? って誰でござりんしょうワン」

「……お花ちゃんとは、どのような関係だったのですか」

「ああ、お花ちゃんの事でありんすかワン」


 するとチャカ子は意味も無く跳ね、近くで一番高い塀の上に飛び乗った。

 胸を張り、両手を高らかに上げ、尻尾を振り回して叫ぶ。


「お花ちゃんはウチの元飼い主さんでありんすワン!」

「はぁ。飼い主ですか」


 テルミは、目の前の少女が妖怪である事は聞いていたが、どのような種類の妖怪なのかはまだ知らない。

 だがなんとなく分かった。この子は犬だ。間違いなく犬の妖怪だ。


「へー……飼い主……かー」

正確せーかくに言うと二番目の飼い主さん! 七十か八十か九十年かくらい前に可愛がって貰ったのでありワンす。そん後ウチは犬神のスーパーつえーセンス光るパワーを見込まれ、東海道妖怪のおん大将さんの元に……ああ、でもそうだワンワン!」


 チャカ子は身の上を語り出そうとしたが、それを気まぐれに途中で止め、嬉しそうに吠えた。


「二人に会えてちょーど良かった。今日はお引越しついでに、久しぶりにお花ちゃんに会いに行こうと思ってたのでありんすワン! 連れてっておくれなんしワン!」


 そんな犬神の言葉に、テルミと莉羅の兄妹二人は何とも気不味い顔になった。




 ◇




「お花ちゃんは、この中にいるのでありんすかワン?」

「……はい」


 テルミ達は帰路を遠回りし、真奥家が檀家になっている寺へとやって来た。

 そこには一族代々の墓があり、曾祖母である真奥花実はなみの骨も眠っている。


 チャカ子は墓石の前、拝石の上にぺたんと座り込んでいた。

 活発に動き回っていた白い尾も、今はしょぼくれている。


「そっか。ニンゲンってえのは、ちょっとしか生きられない……ウチの勉強不足でありんしたワン……」


 寂しそうに、ぽつりと呟いた。

 それからしばらして立ち上がり、テルミと莉羅にお辞儀をする。


「莉羅ちゃん、あにさん。ここまで案内してくれて、今日はどーもあんがとござりんしたワン」

「うん……」


 丁寧に礼を言うチャカ子に、兄妹二人はお辞儀を返した。

 先程までは元気が良かったのに、今はしょげこんでしまっているチャカ子を見て、テルミは「お世話してあげたい」という良くもあり悪くもある癖が顔を出し、


「チャカ子さん、良かったら夕食をご一緒しませんか?」


 と提案した。

 それに対し、チャカ子は一瞬目を輝かせたが、思い直したように首を横に振る。


「重ね重ねあんがとありんす。でもせっかくのお呼ばれだけど、ウチには今夜また別の用事がござりんすワン」

「そうですか。ではまたお暇がある時に、いつでも遊びに来てくださいね」


 そのテルミの言葉に、チャカ子は「うん」と短く返事をした。


「じゃあね莉羅ちゃん、また明日学校でお会いいたしんしょうワン」

「また、明日……ね……バイバイ」


 莉羅と手を振り合った後、チャカ子はとぼとぼと歩いて帰って行った。


「…………用事、か……」


 去りゆくチャカ子の背中を見送りながら、莉羅は胸騒ぎを覚えるのであった。

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