39話 『妹とワンコと魔王じゃない方の電気』
「ウチの正体は、どうか秘密にしておくれなんしワン!」
「うん……わかったー……」
「ありがとござりんすワン。
チャカ子は莉羅の首筋に鼻を当て、匂いを嗅いた。
「くすぐっ……たい……」
「ところで莉羅ちゃんは、カラテガールがどこにいるか知ってるワン? もし知ってるなら教えてくれなんしワン」
チャカ子の質問に、莉羅は少々困ってしまった。
どこにいるかは知っている。彼女が通っている高校だ。
それどころか正体まで知っている。自分の姉だ。
しかし目の前にいる
姉を心配しているのではなく、確実に返り討ちに遭うチャカ子を心配しているのだ。
なので、嘘をつくことにした。
「……知らない……よ」
「そっか! でも
すんなり納得してくれた。
莉羅の姉が例のヒーローだとは知られていないので、当然ではあるのだが。
「まあ何か分かったら協力してくれなんし! ウチが即クッキングに参上するでありんすワン!」
「うーん……やめといた方が、良いと思うけど……とりあえず、わかった……」
「よろしくおくれワンし!」
両手を上げ、尻尾を振り、元気良く声を張り上げるチャカ子。
その姿を見ながら莉羅は考える。
莉羅の前世である超魔王ライアクは、地球が誕生する以前に死を迎えたため、この星の神や悪魔や妖怪についてはあまり知らない。
それにチャカ子が力を駆使した所も、実際に見たわけではない。
が、それでも分かる。
目の前にいる妖怪犬は、姉の足元にも及ばない。
強大な力は、その持ち主の肉体と魂が滅んでも世界に残り、次の宿主を探す。
自分や姉はその『次の宿主』。言うなれば魔王達のお下がりを貰った形だ。
対して、チャカ子は誰かの力を受け継いだわけでは無い。つまり純粋な地球産の力というわけなのだが……死んだ後に、その力が世界に残ることは無いだろう。
地球上では多くの人間が超能力など持っていないので、妖怪や悪魔の力が突出して見えるだけ。
宇宙規模で見れば、チャカ子の力はごくごくありふれた凡庸な物なのである。
つまり、チャカ子は桜には勝てない。絶対に。
「……カラテガールに、勝つ算段は……あるの?」
莉羅は一応聞いてみた。
「サンダンって何でござりんしょうワン? あっ
「ああ……うん……」
やはりダメそうだ。
どうにか姉とは会わせないように、気を付けておこう。
莉羅は新しい友達を守るため、密かに決心したのであった。
その決心の直後、
「おお、ちびっこ! ちょうど良かった、今会いに行こうとしてたんだ!」
後ろから大きな声で話し掛けられた。
振り向くと、ジャージ姿の女子高生。
「めすぶた……三号……」
テルミの同級生、伊吹
ちなみに一号二号は、
「誰でありんすワン? このクソダサジャージ
浅葱裏とは、田舎侍をあざ笑う言葉。つまりは田舎者。
妖怪でありながら人間世界の子役俳優もやっていて、キッズファッションにも精通しているチャカ子としては、学校指定のジャージで外を一人うろついているコウは信じがたい存在なのである。
「この、クソダサジャージ女は……りらの、にーちゃんの……」
「恋人だ!」
「…………ただの、知り合い……だよ」
「へー。莉羅ちゃんには
チャカ子はコウへの興味を早々に無くし、次は莉羅の家族が気になったらしい。
だがコウの話はまだ終わっていない。というか始まってもいない。
「教えてくれちびっこ! 俺の電気、いつになったら治るんだよ!」
コウは莉羅の肩を掴み、揺すりながら言った。
電気とは、以前『冥夢神官ダイムの力』から催眠術を受けたコウが、副作用として得た超能力である。
「こないだも暴発して、俺んちのテレビぶっ壊れたんだよ! 困る!」
「あー……まだ消えてなかったんだ、電気……」
ダイムの力から解放された今、コウの能力も徐々に消えつつある。
が、それがいつ完全に消滅するのかは分からない。
「早くて、明日……遅くて、百年後……くらいに、消える……よ」
「百年後じゃ俺もう死んでるだろ!」
そんな騒がしい会話を聞き、チャカ子は、失ったはずのジャージ女に対する興味が蘇った。
「ねーねー莉羅ちゃん。電気がナオるナオらないとは何事でありんすワン? あー分かった料金滞納! この浅葱裏んちの電気が止められたんでありんしょうワン!」
「違うぞちびっこツー! 俺の電気ってのはこれだ!」
コウは右手の平を広げ、電気火花をばちりと発生させた。
その閃光を見たチャカ子は「ワオンッ!?」と鳴きしばらく唖然とした後、獲物を見つけた野生動物の目になり、
「俺はこの電気で困ってて」
「
牙を剥いて、コウに襲い掛かった。
「う、うわあっ!? なんだコイツ!」
コウは驚き、咄嗟に電気の力で迎え撃つ。
「キャインッ!」
その強めのスタンガン並の電力は、自称気高き妖怪にも効果があるようだ。
チャカ子はコウから一旦距離を置くべく、近くの塀の上に飛び乗った。
「……チャカ子、ちゃん……大丈夫……?」
「
動画で確認出来る桜の電気能力と比べれば、規模も威力もまるで違う。
だがチャカ子は自信満々に言い放ち、ビシッとコウを指差した。
「この浅葱裏こそカラテガール!」
「か、カラテガール……俺が!? おい待て」
「莉羅ちゃんも、そう思うでありんしょうワン?」
同意を求められ、莉羅は再度考えた。
伊吹
「うーん……そう、かも……?」
「おい何言ってるんだちびっこ!?」
「やっぱりそうでありんすかワン!」
チャカ子はますます目付きを険しくし、鋭い牙と爪をあらわにした。
「おいなんだコイツの牙、猿みたいだな!」
「ウチは犬でありんすガウゥウ!」
今にも食い殺さんばかりなチャカ子の様子を見て、莉羅は、
「逃げた方が……いいよー……」
と、テレパシーでコウに囁いた。
「そうか分かったちびっこ! なにやら分からんが逃げる!」
コウは、テレパシーではなく普通に話しかけられたものだと勘違いしている。
とにもかくにも、回れ右して駆け出した。
「待ちワンし! 逃げるとは卑怯でありんすワン! クッキーングッ!」
チャカ子は追いかけようと、四つん這いになり地面に爪を立てた。
その血走った
地鳴りがし、アスファルトにひびが入った。
その反動を味方にし、風のような速度で走り出し……
「莉羅。何を騒いでいるのですか?」
突如聞こえた声に、三歩も足を動かさずに停止した。
「あ……にーちゃん……」
「そちらは莉羅のお友達でしょうか……どうして地面に手を付いているんですか?」
「うん……えっと……あの……そうだ……お馬さんごっこ」
声の主は莉羅の兄、テルミであった。
本日姉達は生徒会活動が忙しく、夕食を作らないといけないテルミだけが、先に一人で帰宅中だ。
「何故このような所でお馬さんごっこを?」
「うーん……楽しい、から……かな」
そうこうしている隙に、コウは完全に去って行った。
だがもはやコウを忘れているチャカ子は、鼻をひくつかせ、ゆっくりと振り返り、
「あー! ああー! あああー!」
テルミの姿を見た途端に、大声で叫び出した。
「……どうかしましたか?」
と困惑するテルミに向かって、チャカ子は四つん這いのまま突進する。
テルミは「ええ!?」と驚きながらも、チャカ子の体を受け止めた。
「あの、君は」
「お花ちゃんお花ちゃんお花ちゃんでありんしょうワン!」
チャカ子は目を輝かせ、テルミの首筋を鼻息荒く嗅いだ。
「お花? いえ僕は」
「久しぶりでありんすワンワンワンワンワンキャオォォオン!」
「ちょ、ちょっと……」
莉羅が「あー……!」と慌て出す。
そしてチャカ子は、テルミの首筋、頬、そして唇までも、ペロペロと舐め始めたのであった。
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