34話 『妹とウサギの呪い』と-110話
「大魔王……!?」
テルミは眉をひそめた。
莉羅からテレパシーで送られて来た、ロンギゼタの記
そこには見知った顔が二つも出てきた。
まず一人目は、ロンギゼタを作った博士。
彼は、幸運の女神イディア・オルト・ハミの記憶映像でも観た。
イディアの宇宙が滅亡するきっかけを、知らず知らずのうちに作った男。
そして二人目。
大魔王。
あの大男も観たことがある。
桜が持つ強大な超能力……その、元々の主。
「ウサちゃんがロボットぉん? 別の宇宙ぅん? 大魔王ぉん!? もう、いきなり過ぎて意味が分かんないわよぁおん、リラリラぁん!」
昏い意識の闇の中。
ロンギゼタ601は、自分とウサギの過去を見せられ混乱している。
その間も草一の魂は『燃料』として、ゆっくり吸収されている。
「大魔王の、プレゼント……つまり、ロンギゼタにかけた呪いは……二つ」
莉羅は、ロンギゼタの意識に介入するため両目を閉じたまま、補足説明を始めた。
「一つ目の呪い。摂取エネルギーの、タイプ変更……」
本来ロンギゼタの燃料とは、『生物の
だが呪いにより、純粋な魂を補給出来なくなる。
「……『魂』と『大魔王の力』を馴染ませた、混合燃料……それしか、受け付けなくなった……。それに伴い、ロンに、新たな能力も植え付けられた……寄生主に、『大魔王の力』を供給する能力……大幅に劣化した力だけど……」
その説明を聞きテルミは得心した。
草一の能力を見た時に「姉に似ている」と感じたが、似ているどころかまさに同じ物だったのだ。
寄生主に強大な力を与え暴れさせ、魂と力が馴染んだ所で、やっと『燃料補給』が可能になる。
このような回りくどい方法を取る理由は、大魔王の奴隷人形が「その方が楽しい」と思ったから。ただそれだけ。
「そして、二つ目の呪い……寄生方法の、制限……」
本来ロンギゼタは寄生主と友情や信頼を
だが呪いにより、そのプロセスは取れなくなった。
「一度寄生したら、魂を『全て』食べるまで、離れられなくなる……そして……食べ終わる前に、寄生主が死ぬと……ロンギゼタも一緒に、死ぬ」
「し、死んじゃうのぉん!? ワタシ……いや、ワタシとウサちゃんがぁん!?」
「うん……」
莉羅は、白ウサギを撫でながら頷いた。
ロンギゼタ601は驚いているが、死ぬ事には薄々気付いていた。
誰に教えられたわけでも無いが、「草一の魂を全て喰らわないといけない」と感じていたのだ。
「このせいで、ロンは……寄生主を、殺さざる得なくなった……の」
当然、そこに友情や信頼、同意などが介入する余地は無くなった。
寄生したら最後、無理矢理にでも魂を喰らい尽くさないといけない。
「……でもぉん。それじゃあ……でもぉ……」
ロンギゼタ601はショックを隠し切れないようだ。
莉羅は構わず、説明を続けた。
「更に……大魔王の想定外である、副作用が……二つ」
莉羅は二本の指を立てた。
内一本を、すぐに折りたたむ。
「一つ目の副作用。人格変更の際……過去の記憶が、消える……」
ロンギゼタ109までは、生まれた時からの記憶をずっと持ち続けていたのだ。
しかし大魔王と遭い、その全てを失った。
それだけでは無い。
記憶消去を何百回も繰り返すうちに、いまや、別宇宙へ移動する方法まで忘れてしまっている。
「そして……二つ目の副作用。それは……」
莉羅は白ウサギからロンギゼタ601に目線を移し、指を差した。
「あなた自身の……存在」
「ワタシぃん!?」
驚く大柄なオカマに対し、莉羅は淡々と言葉を続ける。
「ロンにとって、一個丸ごとの魂は過剰……。余分なエネルギーは、行き場を求め……ロンの傍で、人格を形成した……それが、ロンギゼタ110以降の、あなた」
「わ、ワタシが余りモノだって言うのぉん……!?」
「……残念ながら……そうとも、言える……ね」
そう言って莉羅は、再び白ウサギに顔を向ける。
「そして代わりに……ロンが、無個性になってしまった……」
ウサギのロンは、黙って莉羅を見つめている。
ロンギゼタ601も絶句し、同様に莉羅を見ている。
「記憶も消え、人格も消え、宇宙間転移能力も消え……ロンは、目的を見失った……」
莉羅は話を元に戻す。
元々は、ロンギゼタの『生きる目的』について語っていたのだ。
「……ロンの本来の目的……それは……別宇宙を漂い、博士のおじさんに観測され続ける事……。あのおじさんが、別宇宙に転移する研究を……終わらせるまで……」
その妹の言葉を聞き、テルミは考えた。
「終わらせるまで……? でも確かそれは……」
そして、以前莉羅が言った台詞を思い出す。
『ついには他の宇宙にまで辿り付く、桁外れの天才博士』
――が存在して
その言葉が意味する所は、つまり……
「ロン……あなたの役目は……もう、終わっている……の」
◇
「ついに成功したっスよ所長……いや、今は自分が所長なんだから、前所長と呼ぶべきスかね」
初老の男が、若い頃の自身の口調を真似ながら、老人の遺影に向かって言った。
この男は、この宇宙で一番頭が良い博士。
その天才的な頭脳により、ついに別宇宙への移動を実現した。
今や自国の英雄である。
「所長、ここにいたんですか。パーティーが始まっちゃいますよ。主役が遅れちゃダメでしょう」
「ギゼットくん。もうそんな時間かい」
博士を探しに、若き研究員がやってきた。
彼はその腕に、白いウサギ型のロボットを抱いている。
「おや、そのウサギは……」
「ええ。僕が赤ん坊の頃に所長から貰った、ロンですよ。博士の若い頃の発明品として、今日のパーティーに連れて来いってお偉いさんに命令されちゃって」
この青年は博士の隣人。
ロンの飼い主にして、ロンギゼタの最初の人格。
そして今は、博士の部下でもある。
抱いているウサギのロンは、新たな
「ロン……そうか、ロン……すまないギゼットくん。ワシもすぐ向かうので、先に会場へ行っててくれ」
「はい、分かりました。だけど早く来てくださいね」
青年は早足で去って行った。
博士は窓から外を眺めた。
大勢の人々が笑い合っている。
「あの頃の自分はまだ若かった。悠久の時を漂い続ける……その意味を、深く考えずにいた」
「ロンギゼタ。あの子はまだ、どこかの宇宙を彷徨っているのだろうか」
空を見上げる。
博士の目に、星々の輝きが映った。
「虚空の賢者よ……もし
まぶたを閉じ、亜空間に願う。
「もう、休んで良いのだと……」
◇
「……確かに、今……伝えた……」
莉羅からテレパシーで送られてきた、博士の映像。
それを観たウサギのロンは、耳を少しだけ動かし、真っ赤な目をまばたきした。
「ウサちゃぁん……」
ロンギゼタ601は、その屈強な体をくねらせ、泣きそうな顔でロンを見た。
しかしロンは、何も喋らない。
「う……あ、ああ…………い、痛え……?」
突如、それまで意識を失っていた草一が唸った。
テルミは警戒する……が、草一は動けない。
桜に蹴られた直後、ロンから死なない程度の治癒能力を与えられたが、それでも満身創痍のままだ。
その治癒能力も、既にロンは供給を断ってしまった。
草一は目覚めても何も出来ない。
「ウサちゃん、あなたぁん……それで、良いのぉん?」
ロンギゼタ601は、深刻な表情で白ウサギに問う。
それに返事をするように、ロンは莉羅の手から離れ、ぴょこんと一回飛び跳ねた。
ロンの魂は、『燃料補給』をやめてしまったのだ。
「魂を食べないと、大魔王の呪いってヤツで、ワタシ達死んじゃうのよぉん?」
ロンギゼタ601の言葉に、ロンはただ静かに目を閉じた。
構わない、と言いたげな態度。
今のロンには、博士や元飼い主についての記憶は残っていない。
しかし、自分の役目が終わった事を、心で理解した。
これ以上働く必要は無い。
もう、ゆっくり休みたい。
今の寄生主である
果てしない時を生きてきたロンの命も、共に尽きるのだ。
「そうねぇん……分かったわぁん。ワタシも付き合ってあげるぅん。元々ワタシは、ウサちゃんのオマケみたいなモンらしいしねぇん。でもソーっぴってば馬鹿なヤクザだしぃ、若頭まで殺しちゃってるしぃ、両手両足折れてるしぃん。きっと明日にでも報復されて死んじゃうわよぉん?」
ロンギゼタ601はそう言って、笑いながらロンを抱え上げた。
「莉羅」
今まで成り行きを見守っていたテルミが、ここで初めて口を出した。
「彼らの呪いを解いてあげられないのですか? 同じ大魔王の呪いだと言うのなら、姉さんに頼めば」
「ううん……同じ、力だからこそ……ねーちゃんじゃ、無理……反発して、危険……でも」
莉羅は両目を開け、兄に近づきながら言う。
「……りらが、解呪……出来ない事も、無い……」
「えぇ~ん!? それ本当、リラリラぁん!?」
莉羅の言葉に、ロンギゼタ601が食いつく。
「お願いお願いお願いぃ~ん! ウサちゃんの呪い、解いてあげてぇ~ん!」
「莉羅、僕からも頼みます」
「うん……おっけー……」
深刻な二人に対し、莉羅は気軽に頷いた。
「じゃあ……にーちゃん、だっこ……お姫様のヤツ……」
「お、お姫様抱っこですか?」
「うん……解呪には、気合いが必要……なの……。気合い入れるため、だっこ……」
「そういうものですか……?」
テルミは半信半疑で妹を抱え上げる。
「わーい……くふふ」
莉羅は両手を兄の首に回し、嬉しそうに頬と頬をすり合わせた。
妹の甘えた仕草に、テルミもつい笑みを浮かべる。
「ってちょっとちょっとぉん! 兄妹でイチャイチャするのは良いけどぉん、ワタシ達はぁん?」
「……もう、呪い、解けてるよ……」
「あ、あらぁん!?」
莉羅に言われやっと気付く。
ロンギゼタ601とロンは、草一の意識から抜け出し、今は莉羅の意識の中にいるのであった。
「ホントだわぁ~ん! なにこれすんごい開放
莉羅の意識内を喜び駆け回るロンギゼタ601。
その近くでロンは、静かに座っている。
テレパシーでロン達を確認した後、テルミは再度莉羅を見た。
抱きかかえているため、鼻先が触れる程近くで対面する。
「もう呪いが解けたのですか……凄いですね莉羅」
「うん……褒めてー……」
「はい。とても偉いですよ」
「くふふ……」
褒められながらも莉羅は再び目を閉じ、自分の中にいるロンの魂と会う。
ロンは莉羅の足元に近づき、甘えるように鼻をこすりつけた。
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