ピアニスト
こうして足早に食事を済ませ、神木さんは一足先に会場へと戻っていった。
「・・・やっぱり凄い人なんだよね」
私は手持ち無沙汰になり、少しだけ神木さんについて調べてみることにした。
神木 凛(19歳)
幼い頃からピアノを始め、その類希な美しい音色を奏でる少女。
出場したコンクールではほぼ金賞や優秀賞を獲得しており、数々の最年少記録を作った。
最近では演奏活動の他にコンクールの審査員やピアニストの養成などに尽力している。
その極まった美貌も彼女の魅力の一つだろう。
うーん・・・やっぱり信じられない
そんな不安な気持ちの中で、私は会場へと戻った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
会場に戻ると、まだお昼休憩だというのに人がかなり入っていた。
休憩の後に神木さんの演奏があるから、それを見るためなのかな・・・
そう思いながら、私はまだ慣れない関係者席に腰を下ろした。
そうしてパンフレットに軽く目を通していると、会場が暗くなった。
『では午後の部に移らせていただきます。まずは審査員の神木様による演奏です』
会場が静まり舞台を見ていると、さっきとは違った衣装を身にまとった神木さんが出てきた。
いつもとは違ったお淑やかな笑みを浮かべながら、観客に軽く会釈をすると、椅子に座った。
「・・・・・・・・・・・・」
小さく高い音が会場に鳴った。
それからの演奏は圧巻だった。
初心者でも分かるような躍動感、会場を巻き込むような響き、そして情景を刻み込むようなリズム。
神木さんの演奏は、一つの作品だった。
文字に起こしたら、論文でも書けそうな情報量に、私はしばらく不思議な浮遊感に取り憑かれていた。
「・・きちゃん・・・環ちゃん?」
「・・・あっ、ごめん。演奏の余韻に浸ってた」
席に戻ってきた神木さんはニコニコしながら隣の席に座った。
「嬉しいこと言ってくれるね。連れてきてよかったよ」
そうして少しだけ喋ると、私も神木さんも演奏に集中していた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「いやぁ・・・疲れた、疲れた」
神木さんは背筋を伸ばしながら言った。
「演奏のレベルが、私の見てた小さい頃とは違ったね」
「そうかな?私は努力が一番でやすい小さい子の演奏も好きだけどなぁ」
「神木さんは着眼点が違うよね・・・。そういえば打ち上げみたいなのはないの?」
陸上でもよくある打ち上げに、神木さんは参加せずに私と帰っている。
「お酒飲めないから気まずいんだよね・・・」
そういうところは考えてるんだ、なんて私は少し思ってしまった。
「そういえば神木さんはどうしてピアノ始めたの?」
私は、ずっと聞いてみたかった質問をぶつけてみることにした。
「別に面白くもなんともないんだけどね」
彼女は、歩くペースw少し早めながら、話し始めた。
「私のお父さんが、私が生まれてすぐに死んじゃってさ。それでお母さんが女1人でも生きていけるように、ってちょっと無理やり始めさせられたんだ」
私は、想像以上の重たい話に押し黙った。
「でも始めているうちに好きになって、今ではこうやってプロになったの。はい!この話終わり!」
神木さんは私の方を一度振り返り、笑顔を見せると再び歩き出した。
「待って、神木さん」
私は彼女を呼び止めた。
「女1人で、って言ってたけど。今の神木さんには少なくとも私とあいつがいるんだから困ったら相談しなさいよ!」
私は少しキャラを見失いながらも、神木さんに言いたい事をハッキリと言った。
「今日は私もあいつのご飯食べくから。早く行くよ・・・凛」
「・・・うん!」
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