・・・あいつに日常って通用しなくね?
「・・・行っちゃった」
私は彼が出ていった部屋をぐるっと見回すと、外出の支度を始めた。
「えーっと・・・ケータイと、お財布と、ティッシュと・・・あっ、ハンカチどこだっけ?」
私がハンカチを探してウロウロしていると、彼が家を出ていく前に置いていったであろう置き手紙があった。
神木へ
今日は夕方までに帰れると思います。
流石にお昼は外食でいいですが、あまり不健康な食事はダメです。
まぁそこら辺も含めてマネージャーさんに言ってあります。
夕ご飯までに帰ってくること。
PS、ハンカチは引き出しの2番目の奥です。
「・・・誰だこいつ」
私は文面と普段の彼との違いに、思わず声が漏れた。
しかもハンカチのことまで予期されてしまった・・・そんなにポンコツかな?
私がそう思いながら、引き出しからハンカチを取り出すと、ちょうどケータイが鳴った。
「・・・もしもし神木ですけど」
『あっ、神木さん?環だけど』
「環ちゃんが私に電話なんて珍しいね、どうしたの?」
『あなたの同居人がもう少し仲良くしろって口酸っぱくして言うから、だからその・・・どこか一緒に行かない?』
「あー・・・せっかくのお誘いなんだけど、今日は用事があって」
『そうなんだ・・・ごめんね、またかけ直すよ』
「待って、よかったらでいいんだけど、今日の用事っていうのがコンクールの審査員なんだけど、付き添いは無料だから来ない?」
『コンクールかぁ・・・神木さんも弾くの?』
「うん、一曲だけ」
しばらく環ちゃんは唸っていたが、承諾してくれた。
「なら車出してもらうから三十分くらいしたら家の前にいてね」
『うん、それじゃ』
そうして私は電話を切った。
「では途中で友達も乗せていく感じですね」
突然後ろから声が聞こえてきた。
「うわっ!ビックリした・・・なんだ如月さんか」
「合鍵は同居人さんから貰ってました。さて早いうちから出ましょうか」
私は言われるがまま、彼女について行った。
「・・・あっ、もしもし環ちゃん?今家の下に車止めてるから、うん・・・分かった待ってるから」
そうしてしばらく待っていると、スカートを翻しながら環ちゃんが降りてきた。
「お待たせ、今日はお誘いありがとね」
「ううん、こちらこそ一緒に来てくれてありがと」
そう言って楽しい団欒をしながら、車は会場へと着いた。
「ピアノのコンクールなんてあいつのを見に来て以来かな」
「彼のピアノですか、私も聞いてみたいです」
「神木さんにも聞かせてあげたいよ。あいつのピアノってすごい生き生きしてて躍動感があったんだよね・・・」
環は少し懐かしむような表情を浮かべた。
私は・・・
「神木さん?早くしないと遅れちゃうよ」
「あっ!そうだったね。ごめん環ちゃんこれ持ってチケット売り場の人に見せればいいから!それじゃ!」
私はそう言って、関係者入口に慌てて向かった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
私は神木さんと一旦別れ、指定された席に座っていた。
そうしているうちに会場にアナウンスが流れた。
『ではこれより全国ピアノコンクールを始めさせて頂きます』
そうして司会役の男の人は諸注意を述べ、コンクールのルールを説明した。
『では審査員の方々を審査員の神木様よりご紹介を』
すると神木さんと思われる人物が壇上に上がった。
「皆様この度は足を運んでいただき誠にありがとうございます」
・・・?・・・誰だあの人!?
私は何度もその女性を見た。
そこには鮮やかなドレスを身にまとい、上品そうな笑顔を見せる神木凛の姿があった。
「皆さんぜひコンクールを楽しんでいってください」
彼女の満面の美しい笑みに、会場にはとても上手い演奏が終わったあとのような拍手が響いた。
やっぱり神木さんって人気なんだ・・・
その整った容姿と、聞いたことはないがその演奏を考えれば納得だった。
『では早速演奏に移ります』
そうして演奏を聞いていると、隣に神木さんが座ってきた。
「審査員席行かなくていいの?」
私は出来るだけ小声で聞いた。
「別にここも関係者席だから大差ないよ」
「私には大ありなんだけど・・・」
それからはお互いに会話することなく、真剣に演奏に見入ってしまった。
『今よりお昼休憩とさせて頂きます』
会場にアナウンスが響いた。
「環ちゃん、どこか食べに行こ」
「うん、いいよ」
すると神木さんの隣に座っていたマネージャーの女性が声を掛けてきた。
「食べに行くのは構いませんが、午後からはあなたの演奏もあるので気をつけてくださいね」
「分かってるよ、それにどうせ如月さんも付いてくるでしょ」
そうして神木さんのマネージャーである神木さんと一緒にお昼を食べることになった。
「こっちが私のマネージャーの如月さん、えーっと歳は2・ぐふっ・・・」
「神木さん!?大丈夫?」
食事中、神木さんから如月さんの紹介を受けていると、何故か彼女が苦悶の声を上げながら倒れ込んだ。
「初めまして環さん、私は如月です。何かこれで困ったことがあったら何でも相談してね」
そう言いながら如月さんは名刺を渡してきた。
「ちょっと婚期逃しそうだからってそんなに・・・ぐふぇ・・・」
再び神木さんは倒れ込んだ。
「・・・こちらこそ何かあったら相談してくださいね」
「・・・ありがとうございます」
苦労してるなぁ・・・
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