(ご当地)アイドルを探せ!

 朝の8時45分、コータとツムギは、「うみゃ~な」へと来ていた。う宮~なとは、富士宮市の外神とがみ地区にある、JA富士宮が経営するファーマーズマーケットだ。富士宮の特産品や、周辺農家が持ち込んだ野菜などの生鮮食料品がところ狭しと並べられている、産地直送の農民市場だ。


 野菜などの生鮮食料品の値付けや陳列は、全て地元の農家に一任されている。そのうえ、朝持ち込んだ野菜は、その日の営業が終了すると、すべて撤去され2度と陳列される事はないというシステムを採っている。つまりは、新鮮な野菜が常に並んでいるのが売りの直売所というわけだ。


 農家にとっては、手塩にかけた野菜が売れ残るのはとても辛い。そのため、値付けや食べ方の提案、品質などに工夫をこらす。そもそも、一定の基準を満たさない農家には出荷の許可が自体が下りない。結果として、おいしくて新鮮な野菜が、手ごろな価格で並ぶことになる人気の市場になっていた。特に、旬の野菜は人気があり、お昼になる前には完売してしまう事も珍しくない。


 また、野菜や果物の直売所だけというだけでなく、肉や乳製品や調味料、お惣菜やお弁当まで取り扱っている。富士宮周辺の食材に加え、菓子などの名産品の販売も兼ねているため、「富士宮ならではの食べもの」を探したいのならば、まずはここを訪れてぐるりと一周してみれば、ひととおりの事は把握できるという場所となっているのだ。


 ちなみに、名前の「う宮~な」というのは、富士宮地域でおいしい物を食べた時に発する方言にちなんだ名前だ。「おいしいね → うまいね → うみゃーね」といった具合であり、それに、野菜の「菜」を付け加えて「う宮~な」という店名にしたそうだ。地方によくある、ローカル駄洒落ネームの店舗なのだ。


 コータとツムギは、買い物かごを手に、意気揚々と店内へと入っていった。


「さて、富士宮ならではのご当地食材ってのを探してみるか。場合によっちゃあ、第4のメニューとしてフェスで出したいしな」

「そうですね。私はカクテル用のフルーツを見ておきたいです」


 トマト、いんげん、セロリ、パプリカ、にらにルッコラといった旬の野菜が並ぶ棚を覗きながら2人は歩く。


「フェスっぽい、華のある食材ってなんだろうな。アイドル的な食材って言うか。富士宮ローカルのアイドル食材を探せ! ってこったな」

「ふふ。『アイドルを探せ!』ですか。シルヴィ・バルタンですね」

「なんだそれ? ウルトラマン関係……じゃねーよな?」

「『アイドルを探せ!』っていう歌を歌っている歌手の方です。大将が店内BGMで流してますから、コータ君も知ってるはずですよ」


 大将はオールディーズあたりの洋楽を好んで聞いており、店内のBGMとして、いつも何かしらの曲をかけている。ツムギは、そのフレンチポップの一節を鼻歌で歌ってみせた。


「おーおー、聞いたことあるわ。あの曲、そんなタイトルなのか」

「はい。シルヴィ・バルタンって、何となくミナミさんに雰囲気似てますよね。ふわっとしたショートボブとか、タレ目で可愛らしいとことか」

「は? あのちんちくりんのタヌキに似てんの? 気の毒だなそりゃ」


 お茶や紅茶、トウガラシなどを利用した特産品のコーナーを歩きながら、コータが悪態をつく。


「もう、コータ君ったら。えーっと、ほら、この人です」


 ツムギがスマホで画像を検索してコータに見せる。60年代に映画へ出演した時のものらしく、妙な古めかしさがある白黒の画像だった。コータは一瞬頷きかけたが、すぐに首を振って否定する。


「いやいやいや、似てるの髪型だけだろ。あのタヌキと比べるだけでも失礼な美人じゃねーか。百歩譲ってあのが奇跡の可愛さを持ったとしてもだぞ? 中身はやっぱり猛獣だ。畑を荒らしてカボチャだのオレンジだのですら皮ごと食いちぎる油断のならねえ農家の敵だ。全然可愛くなんかねえよ」

「もう、そんなことないですよ。ミナミさんはいい子で可愛いじゃないですか」

「そうか? わっかんねーなあ。ひょっとしたら俺は普段からツムギを見慣れて過ぎてて、『おいしい』だけじゃなくて『可愛い』の基準もバカになってんのかもな」

「えっ……」


 思わず足を止めるツムギを残して、コータは、まったくやっかいな環境だぜ、などとブツブツ言いながら、首をひねりひねりお肉コーナーへとスタスタ歩いていく。ほんのり頬を赤く染めたツムギが、その頬を膨らませて追い付くころには、パックに切り分けた肉を並べている売り場責任者の市野いちのへと声をかけていた。


「市野さん、おはやーす! アイドル食材を探しに来ました!」


 市野は振り返って2人の姿を確認すると、嬉しそうに手を挙げた。


「よう、コータ君じゃないか。ツムギちゃんも一緒か。いつもお世話になってるね。そういや親父さん、骨折したってね。大丈夫なのかい?」

「はい。しばらく店は開けられませんけど、大したことはないみたいです。市野さんとこの肉を仕入れられなくてご迷惑をおかけしますけど、親父は大丈夫です」

「そうか、大したことないならよかった。なあに、治ったらまたウチからどんどん買ってくれればいいから。それで今日はなんだい? アイドルとか言ってたけど。たまに浅間せんげんさんで歌ってる子のことかい?」

「いや、そんな子いるんすか? そうじゃなくて実は……」


 コータが事情を話すと、市野は腕組みをして顎に手を当てた。


「なるほどねえ。フェス飯の目玉になるような華のあるご当地食材ねえ。まあ、やっぱ一番は富士宮やきそばだろなあ。センターっていうのかい? そこだろうねえ」

「やっぱりそうですよね……やきそばは、同じ並びに『はなさく亭』さんがあるんですよ」

「ああ、そりゃあ使ね。そうだなあ、肉で言ったらご当地で名前が売れてるのっていうと、やっぱり3大ブランド豚かねえ」


 3大ブランド豚とは、朝霧高原で育てられている、「ヨーグルとん」「LYB豚ルイビとん」「萬幻豚まんげんとん」の3品種の豚の事だ。


 ヨーグル豚は、独自の発酵技術によって作成された、ヨーグルト状の特殊な飼料を与えて育てる「リキッドフーディング」によって育てられたブランド豚だ。豚の品種としては、一般的なLWD(ランドレース種・大ヨークシャー種・デュロック種の交配)と同じであるが、リキッドフーディングを行っている為、疾病に強く、そのため、抗生物質を打つ必要がない事もあり、健康で質の良い豚に育つ。臭みもなくやわらかな肉質で、特に、匂いが敬遠されがちな脂部分も美味しいという特徴がある。


 LYB豚は、ランドレース種・ヨークシャー種・バークシャー種という3原種の豚を交配して生まれた品種だ。LYBの頭文字を取って、ルイビ豚と名付けられている。黒豚の血が濃く肉のうまみが強く、肉質は柔らかく、そして、脂の融点が他品種よりも頭一つ低い。そのため、濃いうまみの割に食べ終わった後の食感は軽く、バラ肉のスライスを軽く湯がいて食べる豚しゃぶ等にもよく合う品種となっている。


 萬幻豚は、ヨーグル豚と同じくLWDの三元交配種であるが、じっくりと長い期間をかけて育成し、飼料として、さつまいも、麦、きな粉などのでんぷん質を多く含んだものを中心に据えて与えている。そのため、特に香りが良く、肉や脂身にも独特の甘みを持つという特徴がある。


 その他にも朝霧高原では様々な品種の豚の飼育・研究が為されているが、この3品種が特に名前が売れている人気の豚肉銘柄となっている。


「やっぱその3つですか。ウチではヨーグル豚でやらせてもらってるんすよね」

「ああ。そうだったね。というか、はなさく亭さんが出すなら、あそこの焼きそばには萬幻豚のバラ肉いれるんじゃないかな」

「えっ! 本当っすか。まずいな、じゃあ使いにくいっすね」

「そうだねえ。たぶん、ぐるぐるウィンナーも萬幻豚だと思うよ」


 コータが、市野の言葉を確認するようにツムギの方を向くと、ツムギはこくんと頷いて応じた。それを見たコータは頭に手をやる。


「はー、マジかー。やきそばに萬幻豚って、エース級 2がはなさく亭さんのとこかー。ツムギ、ひょっとしてLYB豚使う所もあったりするのか?」

「はい。たぶん、『お食事処 あさかすみ』さんのとこが、焼き串と豚丼にLYB豚を使ってたと思います」

「ああ、そうだねえ。確か、朝かすみさんとこはLYB豚だったと思うよ」


 ツムギの言葉に、市野が太鼓判を押す。


「そうなんですか。はー、じゃあウチでは使えないな。豚に関してはヨーグル豚頼みになりそうだなあ」


 フェス飯を提供する場合、「他の店舗と被らないご当地食材を使う」というようなルールは明言されていない。もちろん、まったく同じ食事を提供しても構わない。しかし、ご当地店舗間には暗黙のルールのようなものが存在し、できるだけ被らないようにするのがお約束となっている。


 アイドルグループとコアなファンの関係ではないが、各ご当地食材ごとに「担当」のような物が存在し、「あのご当地食材は○○さん担当」と、いうような空気があるのだ。


 店舗ごとに扱う食材が変わるという事は、フェス飯を楽しみに来ているお客さんにとっても、バラエティに富んだメニューが提供できる事にもなるため、各店舗の間では、「担当が決まっている食材には手を出さない」ような形でメニューを考案しているのだ。


 がっくりと肩を落としたコータの背中を、市野はバンバンと叩いて励ます。


「まあまあ、絶対に使っちゃあいけないってわけでもないだろうし、まずは試しにいろいろ作ってみな。ほれ、LYB豚なら今日は肩ロースが安いから、とりあえずトンテキにでもして味を確かめてご覧。黒豚由来のうまみと、爽やかさすら感じる油を堪能できるはずだよ。

 それに、この時間なら萬幻豚もまだあそこのコーナーに切り落としがあるはずだよ。そうだなあ、回鍋肉にでもして食ってご覧。味噌の辛味に負けないくらいのうまみと甘みがじゅわっと広がるから。時期的にもパプリカやピーマンとぴったりじゃないか。さあさあ、買ってきな!」

「そうっすね。まずはいろいろ作ってみます。ありがとうございました」


 コータは市野に頭を下げると、LYB豚の肩ロースに万元豚の切り落としに鳥のもも肉と胸肉、それと、朝霧牛乳やチーズに生クリームと言った、乳製品素材を一通りカゴに入れて購入することにした。


 店を出て車に乗り込み、あらためて、う宮~なの看板を振り返る。


「それにしてもよ、『う宮~な』に『ヨーグル豚』に『LYB豚』だぜ? なんでこう富士宮の農林畜産関係者はダジャレが好きなんだろうな」


 呆れたように言うコータにツムギが指摘する。


「コータ君だって人の事言えないですよ。タラコナーラとか」

「うっ」

「オミソナーラとか」

「わかった! 俺が悪かったツムギ! つか今朝はなんか怒ってない?」

「別に怒ってませんけど?」

「そうかあ? まあいいけど、んじゃ、帰るか。さっそく特訓と新メニュー作りだ」


 兄妹2人とアイドル候補生を乗せた軽トラは、富士山方面を目指して軽快に走りだした。

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